【ツインギャラリー蔵の「明日と泳ぐ 乾久子『ことばのまわり10年目を歩く』刊行記念展」】 新聞紙を活用したアート。「記憶がものになっている」
静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は浜松市中央区のツインギャラリー蔵で3月8日に開幕した「明日と泳ぐ 乾久子『ことばのまわり10年目を歩く 』刊行記念展」を題材に。
美術家乾久子さん(浜松市)は「ことばのまわり 10年目を歩く」(荒蝦夷)を1月に発刊した。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故の発生から10年目の2021年に計7回福島県を旅した乾さんの、「旅日記」である。
刊行記念展は、書籍に収録した作品を展示している。乾さんが常磐線や磐越西線、会津鉄道の車窓から撮影した動画もあって、水田が続く美しい風景に見入ってしまう。展示全体で2011年の震災、そして乾さんの2021年の旅路を同時に追体験するような仕掛けになっている。
階段を上ると2011年の新聞が月別に積んである。12カ所の新聞の山の上には、ところどころ新聞で整形した小さな器が。今年2月に実施したワークショップ「その日の器をつくる」の成果物だという。
参加者一人一人にとって大きな意味を持つ日の新聞を選び、記事を読みながら自分の経験と照らし合わせて言葉を紡ぎつつ、水に浸したその新聞紙で器を作る。すでに14年が経過してしまった「あの時」が、自分ごととして立ち上がる。
乾さんは東日本大震災の翌日、2011年3月12日付の新聞1面を鉛筆で真っ黒に塗りつぶした。翌日も、その翌日も同じ行為を繰り返し、それは「作品」となった。今回展には約1カ月分の「かつて新聞だったもの」がずらりと並んでいる。
新聞の作り手の一人として、「新聞紙の生産」について考えさせられた。「報道」「情報の伝達」とは別の議論にはなるだろう。先輩諸氏からは「新聞には未来のために出来事を記録するという役目がある」と教えられた。それに近いかもしれないが、ちょっと違う気もする。
乾さんは新聞紙について「記憶がものになっている」と言った。紙でなくては果たせない役割はまだまだありそうだ。
(は)
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■ツインギャラリー蔵「明日と泳ぐ 乾久子『ことばのまわり10年目を歩く 』刊行記念展」
住所:浜松市中央区入野町1104
開廊時間:午前11時~午後5時 ※会期中無休、観覧無料
会期:3月23日(日)まで