日替わり銘柄が20種以上!“日本酒黎明期”を支えた福岡・三角市場の人気居酒屋
今回は、開業以来16年、多彩な日本酒を取り揃えて左党を喜ばせてきた「酒肆 ちろり」を訪ねました。この居酒屋が登場した2008年は、まだ焼酎に勢いがあり、日本酒がさほど根付いてなかった頃。銘柄ではなく、単に「日本酒」とだけメニューに書いた店も多かったですよね。そんな黎明期から、地道に日本酒のうまさを伝え続けたのが「ちろり」です。
そんなニッチな立ち位置から始まった「ちろり」に、独自の味わいを与えたのが三角市場という立地でした。すでに市場本来の機能はないものの、1950年から残る木造アーケードの古風な趣は唯一無二で、現在は約20軒の飲食店が営業中。いずれ劣らぬ“クセ強”な店が集まるディープな人気エリアです。
その暗い通路をドキドキしながら進むと、突き当たりに看板と杉玉を発見。扉の先には、ジャズが流れる4坪弱の空間がありました。なんの衒(てら)いもないカウンター7席の店内は、「ただいま」と言いたくなる温かみが漂います。
「ここは偶然知人に紹介してもらった場所なんです」と、気さくな笑顔で語るのは小吉唯幸さん。32歳で脱サラ後、いくつかの飲食店で料理を学び、大好きな日本酒を主役に据えて「ちろり」を構えた55歳の店主です。
気になる日本酒は20~25種類を日替わりで用意。九州・山口と、その他の産地の銘柄が半々です。「蔵元の方も来てくれますし、やっぱり地元の酒は応援したいですよね」。銘柄ごとの特徴をしっかり記したメニューにも小吉さんの愛情を感じます。
創業当初は各地の酒蔵を訪れ、時には冬場の仕込みを手伝うこともあったとか。「仕込み体験がしたいというお客さんを連れて行ったこともありますね。そういう方は今でも良い常連さんです」。こうした店内外での活動を通じ、日本酒の奥深さや付き合い方を教えてくれたことも「ちろり」の功績の一つだと僕は思います。
一方、料理も酒と響き合う小粋なものばかり。的確なひと手間を加え、食材の持ち味を活かした品々が振る舞われます。なお現在は、お通しがわりの酒肴中心4品「お酒の友達セット」(1100円。21時まで)を最初に出しており、21時以降は通常のお通し(440~550円)となります。
さて、最初に注文したのは「カニ味噌貝焼き」(880円)。蟹の身、蟹味噌、調味料を混ぜ、熱々に焼いた開業以来の名物です。香ばしさと濃厚な風味が鮮烈で、酒の種類を問わないまさに無敵のアテでしょう。
糸島の豆腐を用いた「ザル豆腐の揚げたて厚揚げ」(660円)は、表面パリパリ、中身しっとりのギャップが楽しい一品。一見シンプルですが、揚げる温度や時間を的確に見極めてこその完成度です。
「野菜2種の酒盗オイル蒸し」(660円)は口直しにも適したサッパリめの料理。今宵の食材はズッキーニとブロッコリーでした。洋食店のアンチョビソースにヒントを得たという酒盗のソースを絡めると、凛とした塩味が野菜の味をグッと引き締めます。
旬を映して毎日書き換えるフードメニューには、他にも肉、魚、チーズ、麺類などがズラリ。これなら前菜からシメまでここ一軒で完結できそうですね。
「今でも新しい銘柄と出合うのが楽しみで」と目を細める小吉さん。新入荷の酒はそのつどInstagramに上げるそうなので、気になる方はぜひチェックを!
さて、いつしか満席になったカウンターを見渡すと、日本酒愛に満ちた店主の“同志”らしく、誰もが平和に盃を傾けていました。「僕は必要以上にお客さんに話しかけないのですが、代わりにお客さん同士が仲良くなるんです。そうした光景を見るのも僕の幸せですね」
いつだってそうした自然体で過ごせるから、客たちもまた「ちろり」を慕うのでしょう。皆さんも酒と楽しく戯れたいときは、三角市場に潜む小さな隠れ家のことを思い出してください。
酒肆(しゅし) ちろり
福岡市中央区渡辺通2-3-32三角市場内
092-771-1339