第5回【東宝映画スタア☆パレード】酒井和歌子&内藤洋子 ☆東宝スタア最後の‶両輪の花〟
今でもスタジオ入口に『七人の侍』と『ゴジラ』の壁画を掲げる東宝。〝明るく楽しいみんなの東宝〟を標榜し、都会的で洗練されたカラーを持つこの映画会社は、プロデューサー・システムによる映画作りを行っていた。スター・システムを採る他社は多くの人気俳優を抱えていたが、東宝にもそれに劣らぬ、個性豊かな役者たちが揃っていた。これにより東宝は、サラリーマン喜劇、文芸作品から時代劇、アクション、戦争もの、怪獣・特撮もの、青春映画に至る様々なジャンルに対応できたのだ。本連載では新たな視点から、東宝のスクリーンを彩ったスタアたちの魅力に迫る。
現在シルバー世代に属し、青春時代に東宝映画をご覧になっていた殿方なら、〝ワコちゃん〟派、あるいは〝デコスケ〟派のどちらかに属していたはずだ。六十年代末の東宝のスクリーンでは、司葉子や星由里子、浜美枝といった、かつての〝東宝ビューティーズ〟は人妻や激しい恋愛に身をやつす役など、大人の女優の位置にシフト。我々ティーンエイジャーが熱い視線を浴びせたのは、等身大の東宝ニュー・ヒロイン、酒井和歌子と内藤洋子の二人であった。
東宝には、原節子~高峰秀子~八千草薫~司葉子~星由里子と続く、上品で都会的な雰囲気を醸すスタア女優の系譜がある。1959年から東宝映画に接した筆者は、戦前・戦後の原と高峰は知らずとも、『日本誕生』、『無法松の一生』などで見る当時の二大東宝女優(※1)の高貴なお姿に、子供心にもひれ伏すような思い(憧れとも少し違う不思議な感情)を抱いたものだった。天照大神や吉岡夫人なら当たり前だが……。
その系譜・歴史を継ぐ者として、まず黒澤明が『赤ひげ』(65)で、酒井和歌子を含む候補者の中から内藤洋子を重要な役(加山雄三扮する保本登の結婚相手)に抜擢。その可憐さが認知され、すぐにテレビの「氷点」(66)に大きな役で使われた内藤は、木下惠介原作、山田太一脚色による純愛映画『あこがれ』(66/監督:恩地日出夫)で映画初主演を果す。
これが高く評価され、加山の妹を演じた『お嫁においで』(同/監督:本多猪四郎)で初めて〝デコスケ〟の愛称で呼ばれると、内藤は『育ちざかり』(67/監督:森谷司郎)以降も陽子=デコスケとして、広いおでこを武器に東宝青春映画の王道を歩んでいく。
これに対し、なかなか大きな役に恵まれなかったのが酒井和歌子だ。劇団や少女モデルなどで芸能活動を始め、内藤より一年早く東宝で女優デビューしていたものの、どこか翳りが見られる酒井に、東宝はB級喜劇『落語野郎』や若大将、クレージー映画などでささやかな役を与えるくらいの扱いしかしてこなかったのである。
内藤が主役の踊り子を演じた恩地日出夫監督作『伊豆の踊子』(67)でも、ちっぽけな脇役=東京の男に捨てられた気の毒な娘役に甘んじた酒井(※2)に、少しはマシな役が振られるようになったのは、ザ・ドリフターズの初主演作『ドリフターズですよ! 前進前進また前進』(同)や夏木陽介の青春もの『燃えろ!太陽』(同)あたりから。
すでに内藤とは相当な差をつけられていた酒井。それがゆえにシンパシーを覚えた向きも多かろうが、その魅力が一気に開花したのが恩地の傑作『めぐりあい』(68)だった。
東宝カラーとはいささかかけ離れた、ブルーカラー系の若き男女が織り成すこの青春映画に、中学生にもかかわらず強い共感を覚えた筆者。汗みどろ、雨まみれで、まるで東宝映画らしくない設定(舞台は川崎の工場街)なのに、何とも爽やかな風が吹きぬけるのは、ワコちゃんの清楚さと武満徹の音楽(荒木一郎歌唱の主題歌が輪をかけて心を震わす)があればこそ。この映画で感じた風は、同時代で見た我々の心に今も吹き続けている。
同じく黒沢年男(現年雄)とコンビを組んだ『街に泉があった』(同/監督:浅野正雄)でのワコちゃんもまた、我々少年たちのハートを鷲づかみにした。三田明の同名主題歌(吉田正作曲。実に良い曲だ)に加え、佐藤允、黒沢年男、三田明らの兄弟たちが乙羽信子の母親や其々の幸せを模索するシチュエーション(貧しくも明るく生きる下町もの)はさながら日活映画だが、どこから見ても清純そのものの酒井和歌子には、これを東宝印に変えてしまう魔法の力があった。
重要なポイントは『めぐりあい』同様、この二作(及び翌69年の『俺たちの荒野』)に黒沢との激しいキス・シーンがあることだ。そう、酒井は内藤の演技からは決して感じられないパッションを、全身からほとばしらせていたのである。
かくして、『めぐりあい』でヒロイン・典子を演じた瞬間、当時の若者のミューズに祭り上げられたワコちゃん。誠に遺憾なことだが、以降、東宝という健全なスクリーン上で、これを超える役柄にめぐりあうことは決してなかった。
▲『兄貴の恋人』は、加山雄三を挟んで展開される酒井と内藤のライバル物語(イラスト:Produce any Colour TaIZ/岡本和泉)
『めぐりあい』の半年後に公開された『兄貴の恋人』監督:森谷司郎)で、酒井と内藤の二人は本格的な共演を果たす。この作品は、内藤が加山雄三の妹役であったのに対し、酒井はその恋人役を演じるという、二人のポジション=立場の違いがよく分かる作品となっている。 以降も、女を武器にしたようなキャラが回ってくることはなかった内藤。『華麗なる闘い』(69/これも浅野正雄監督)では、ちょっとだけ大胆なシャワー・シーン(ベッドシーンは吹き替え)にも挑戦しているが、これが大きな話題になるということはなく、何となく見過ごしてしまった方も多いだろう。
このあと内藤は、ザ・ランチャーズの喜多嶋修との結婚=渡米を期に女優業をきっぱりと引退。これで内藤は〈伝説の女優〉の地位を得たわけだから、その決断は間違っていなかったことになる。
一方、若大将シリーズで新ヒロイン・節子に扮した酒井は、『妻よ薔薇のやうに』のリメイク『恋にめざめる頃』(69)や森谷監督作『二人の恋人』(同)などで難しい役柄に挑んだり、曽野綾子のエッセイをもとにした『誰のために愛するか』(71:ささやかだがベッド・シーンもあった)で大人の女性の愛の苦悩を表現したりもするが、瀕死(?)の「東宝青春映画」で新境地を開くことは至難の業。
特筆すべきは、観客を挑発するかのような大胆なヒロイン(強姦未遂シーンまである)に扮した『俺たちの荒野』(監督:出目昌伸)くらいのもので、小林正樹監督『日本の青春』(68)で演じた黒沢の相手役も新味はゼロ。映画女優の道を続けるのはあまりにも前途多難だったか、ここでワコちゃんが選んだ道はテレビドラマへのシフトであった(※3)。
ところで、二人に共通するウィークポイントと言えば、何といっても〝歌〟である。映画で酒井の歌声を聞くことなど『グアム島珍道中』の主題歌(73/井上順とのデュエット)以外になく、レコードも数枚のリリースにとどまる。歌唱力の優劣はともかく「白馬のルンナ」(※4)という大ヒット曲を持つ内藤に、酒井は歌の面でも結局勝てずじまいに終わる。
いずれにせよ酒井和歌子と内藤洋子の時代は短く、また、それがゆえに圧倒的に輝いた二人。この両輪の花は、まこと「最後の東宝プリンセス」と呼ぶに相応しい存在であった。
あなたはいったい、どちら派だったろうか?
※1 この当時、高峰秀子は東宝専属ではなかったが、木下惠介作品の他は東宝映画を中心に出演していた。
※2 この図式は、山口百恵が主役を演じた『伊豆の踊子』(74)における、百恵と石川さゆりの役柄の格差に通じる。
※3 残念ながら酒井は、テレビでは映画ほどの実績を残せておらず、「氷点」に出た内藤のほうが伝説的存在となる。
※4 舟木一夫との共演作『その人は昔』(67)で披露。舟木と内藤のコンビは、いかにメルヘン風な作りであっても、大きな違和感を覚えたものだ。
高田 雅彦(たかだ まさひこ)
1955年1月、山形市生まれ。生家が東宝映画封切館の株主だったことから、幼少時より東宝作品に親しむ。黒澤映画、クレージー映画、特撮作品には特に熱中。三船敏郎と植木等、ゴジラが三大アイドルとなる。東宝撮影所が近いという理由で選んだ成城大卒業後は、成城学園に勤務。ライフワークとして、東宝を中心とした日本映画研究を続ける。現在は、成城近辺の「ロケ地巡りツアー」講師や映画講座、映画文筆を中心に活動、クレージー・ソングの再現に注力するバンドマンでもある。著書に『成城映画散歩』(白桃書房)、『三船敏郎、この10本』(同)、『七人の侍 ロケ地の謎を探る』(アルファベータブックス)、近著として『今だから! 植木等』(同2022年1月刊)がある。