【異形の怪物たち】神話を彩る恐ろしい合成獣の伝承 ~地中海編
合成獣とは、2種類以上の異なる生物が融合した怪物であり、古くから神話や伝説の中で語られてきた。
特に西洋の神話や伝承においては、ポピュラーな存在といえる。
今回は、その中でも代表的な合成獣を紹介し、その特徴や物語を探っていきたい。
1. キマイラ
ベストオブ合成獣といえば、やはりこのキマイラ(Chimaira)が挙げられるだろう。
ギリシャ神話を代表する怪物の一つであり、生物学におけるキメラ(複数の異なる遺伝情報を持つ事象・個体)の語源となった存在である。
伝承によれば、キマイラは嵐の神テュポーンと蛇の女神エキドナの子供とされる。
ライオンの頭、ヤギの胴体、蛇の尻尾を持ち、さらにヤギの頭が追加される姿で描かれることが多い。
また、ライオンの頭には雄特有の立派な鬣(たてがみ)が生えているが、意外にもキマイラの性別は雌である。
口から炎を吐く獰猛で恐ろしい怪物であったが、最後は有翼の馬ペガサスを駆る英雄ベレロフォンによって退治されたという。
討伐の方法には諸説あり、弓矢で射殺されたとも、火を吐く瞬間に口に投げ込まれた鉛が熱で溶け、喉を焼かれて窒息死したとも言われている。
2. クノパストン
クノパストン(Kunopaston)またはクノペゴス(Kunopegos)は、海に棲む悪魔として伝承されている。
その存在は、イギリスの学者フレデリック・コーンウォリス・コニベアが翻訳した「ソロモンの遺訓」などの文献にて言及されている。
ギリシャ神話に登場するヒッポカンポスという、馬の上半身と魚の下半身を持つ怪物に似ているが、ヒッポカンポスが神の乗る馬車を引く神聖な生物であるのに対し、クノパストンは神に逆らう邪悪な悪魔であるとされる。
クノパストンは強欲で、船を転覆させて乗組員を殺害し、金銀財宝を奪うことを好む。
また、姿形を自由に変える能力を持ち、大波や人間の姿に変身して陸に上がることもあるが、水気のない陸地には長時間滞在できないという。
最終的に、古代イスラエルの王・ソロモンによって封印され、その悪行に終止符が打たれた。
3. ル・カルコル
ル・カルコル(Lou Carcolh)は、フランスの伝承に登場するカタツムリに似たドラゴンである。
蛇の体に巨大な殻を持ち、全身が毛で覆われ、さらにヌルヌルとした粘液で覆われた恐ろしい姿が特徴だ。
フランスのランド県アスタング村の地下には、巨大な空洞があるとされており、ル・カルコルはそこに住んでいると信じられていた。洞窟に侵入した者は、ル・カルコルの長い触手で捕らえられ、丸飲みにされてしまうという。
アスタングの住民は、盗賊や侵略者から大事な物を守るため、財宝を地下に隠す習慣があった。
スペイン人の侵略時、欲に駆られた侵略者たちは、隠された財宝を手に入れようと次々とル・カルコルの住む洞窟に足を踏み入れたが、誰一人として生還する者はいなかったと言われている。
4. ペリュトン
ペリュトン(Peryton)は、かつてアトランティス大陸に生息していたとされる恐ろしい怪物である。
作家ホルヘ・ルイス・ボルヘスが執筆した『幻獣辞典』で、その姿が描かれている。
※幻獣辞典とは、古今東西様々な怪物を収録した百科辞典のような文学作品。ボルヘスの創作したオリジナル怪物も多数収録されている。
ペリュトンは牡鹿の頭部と脚、鳥の体を持つ怪鳥であり、光を浴びたときに現れる影が人間の姿に似ているという不思議な特徴を持つ。この怪物は人類にとって天敵であり、人間を見つけると集団で襲い掛かり、殺そうとする。
ペリュトンが人間を殺すことに成功すると、本来の自分の影を取り戻すことができると伝えられている。
ペリュトンは地中海地域でも度々目撃され、例えば、ローマ軍がカルタゴ征服の航海中にペリュトンの群れに襲撃されたという。
しかし、ペリュトンに関する多くの記録はアレキサンドリア大図書館の焼失によって失われてしまった。
残された少数の記録も、ドイツのドレスデン大学に保管されていたが、第二次世界大戦中の連合国による爆撃やナチスの焚書によって再び失われたとされる。
5. アメミット
アメミット(Ammit)またはアーマーンは、エジプト神話に登場する女神である。
彼女は、ワニの頭、ライオンの鬣と上半身、カバの下半身を合わせ持ち、これらの動物はいずれも古代エジプトで最も恐れられていた。これらの要素を兼ね備えたアミメットは、深い畏敬の念を以って信仰されていたと考えられている。
古代エジプトでは、死者は冥界で審判を受けるとされ、死者の心臓が天秤にかけられた。天秤の一方には心臓、もう一方には正義の象徴であるダチョウの羽が乗せられる。もし心臓が羽よりも重ければ、その死者は罪深い者とされ、アメミットがその心臓を食らう運命にあった。
心臓を食われた者は、魂が消滅し、生まれ変わることも叶わず、存在そのものが無に帰すと考えられていた。
これらの合成獣は、古来より人々の恐怖や畏敬の念を象徴する存在として語り継がれてきた。その伝承は、現代においてもなお、神秘と想像力の源泉として人々を惹きつけている。
参考 : 『幻獣辞典』『神魔精妖名辞典』他
文 / 草の実堂編集部
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