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第16回『東宝映画スタア☆パレード』谷 啓 恥ずかしがり屋のエンタテイナー&ミュージシャン

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第16回『東宝映画スタア☆パレード』谷 啓 恥ずかしがり屋のエンタテイナー&ミュージシャン

今でもスタジオ入口に『七人の侍』と『ゴジラ』の壁画を掲げる東宝。〝明るく楽しいみんなの東宝〟を標榜し、都会的で洗練されたカラーを持つこの映画会社は、プロデューサー・システムによる映画作りを行っていた。スター・システムを採る他社は多くの人気俳優を抱えていたが、東宝にもそれに劣らぬ、個性豊かな役者たちが揃っていた。これにより東宝は、サラリーマン喜劇、文芸作品から時代劇、アクション、戦争もの、怪獣・特撮もの、青春映画に至る様々なジャンルに対応できたのだ。本連載では新たな視点から、東宝のスクリーンを彩ったスタアたちの魅力に迫る。

 面白いこと好きの、根っからのミュージシャン。これが谷啓という人物を表すに最も相応しい言葉である。

 筆者が植木等&クレージーキャッツにオマージュを捧げる自主映画を、それも8ミリで撮っていた1984年。出演者の一人、世良譲さんが紹介してくれたのが谷啓さんだった。出演を即断してくださった谷さんとは、渋谷の某スタジオで待ち合わせをし、撮影場所の代々木公園へと向かった。
 この映画『刑事あいうえ音頭』の監督を務めたのは小中千昭。〝小中理論〟を掲げ、今やホラー界では知らぬ者とてないレジェンド=シナリオライターだが、当時は弟の小中和哉氏や河崎実氏などと共に8ミリ映画を撮る若手作家に過ぎなかった。

 脚本(※1)に谷さんに相応しい役が見つからなかったことから、監督の小中は谷さんを、夜の通りでいきなり「ガチョン」をする通行人に配役。それも「〝ガ〟と‶チョン〟の間に、少し間を取っていただきたい」などと、注文までつけて。
 これに「僕は長年〝ガチョン〟をやっていますが、注文をつけたのはあなたが初めてです」と返しつつも、余裕で〝変則ガチョン〟をこなした谷さん――。

 
 自主映画監督の不躾な求めに、かくも柔軟な対応が取れるのは、同じく特別出演して下さった植木等さんも含め、面白いことなら何でもやってしまうエンタテイナーの精神が宿っているからに他ならない。いやむしろ、谷啓さんには俳優というより、ミュージシャンとしての意識を強く感じた、と言うべきか。
 
 撮影終了後、喫茶店で交わした一時間ほどの会話でも、クレージー映画の昔話はさておき、音楽とギャグの話がほとんど。音楽コントは、例えば『香港クレージー作戦』(63)では譜面にしてメンバーに伝えたとのことだし、あのお年(当時52歳)で新しい楽器や録音方法に挑戦する姿勢からは、谷さんが音楽を愛し、シャレの分かる人であることが強く伝わってきた。

▲谷啓さんと筆者の嬉しいツーショット 撮影:葉狩哲哉

『足にさわった女』(60/大映)出演時、植木等より谷啓に着目した監督の増村保造は、本人に「あなたは役者の方が向いていますよ」と告げたそうだが、映画の中の谷はどことなく恥ずかしそうで、俳優などやる人ではないことが透けて見えてくる。
 照れ屋と目立ちたがり屋のはざまに揺れる、繊細な演技=表現力が谷啓の最大の魅力であることは言うまでもなく、方や植木等が〈加害者ムード〉の作品ばかりなのに対し、谷啓はどうしても〈被害者ムード〉の役が多くなる傾向にあった。

 ということで今回は、谷啓が演じた役の傾向について振り返ってみることにしたい。

 まず、クレージーキャッツ(ほぼ)全員で出演した作品には、放浪の画家・山下清を取り上げた『裸の大将』(58)をはじめ、『ああ女難』(60)『腰抜け女兵(ニュイピン)騒動』(61)がある。まだ夫々のキャラクターが確立されているわけではないが、先の大映映画『足にさわった女』もこの時期の作品であり、演技の方は「おとなの漫画」(CX)の寸劇で少しは鍛えられていたのだろう。『腰抜け』では全員での演奏シーンもあり、谷啓の果たした役割は大きかったはずだ。

 
 松竹、大映でのグループ出演作を経て、遂に東宝映画『ニッポン無責任時代』(62)で大ブレイクした植木等並びにクレージーキャッツ。テレビドラマの映画版『若い季節』(62)やスパーク三人娘の主演作『ハイハイ三人娘』(63)などに助演の後、グループ全員が活躍する『クレージー作戦 先手必勝』(同)を皮切りに、いわゆる〝作戦〟シリーズがスタートする。

 渡辺プロの戦略により、ハナ肇は松竹、犬塚弘は大映、そして谷啓は東映で主演作を持つこととなったクレージー。谷は63年に『宮本武蔵』シリーズの三作目『二刀流開眼』に〝コメディリリーフ〟として出演。その後も東映で『図々しい奴』正続篇(64)や『喜劇 競馬必勝法』シリーズなどで主演を重ねる。しかし、そのテイストは極めて東映調というべきもので、筆者は洗練=都会派ムードの東宝作品での谷に、より強いシンパシーを覚えた。
 植木等主演の〝日本一(の男)〟シリーズ(※2)や〝作戦〟シリーズでかなりアクの強い役を演じても、谷啓にはどこか育ちの良さや、ミュージシャンとしてのスマートさを感じたものだ。

▲顔を見ただけ、声を聴いただけで、気持ちが明るくなってくる谷啓 鈴木啓之氏提供

 ご存知のように谷がこれらの映画で演じたのは、内向的で自虐的な人物が多い。先に述べた〈被害者ムード〉の役ばかりで、これは恥ずかしがり屋で、トイレに行くのを知られるのも嫌った(ハナ肇の証言による)谷啓の性格をそのまま取り入れたものだ。
 自宅が火事で全焼したときは、動揺を隠すため(?)焼け跡で雀卓を囲んだという奇天烈な逸話も持つ谷。『日本一のホラ吹き男』(64)の冷暖電球開発技師や『大冒険』(65)、『だまされて貰います』(71)における発明家などは、〈内向き〉だが〈目立ちたがり屋〉でもある谷のキャラを最大限に生かした役柄と言える。

 そんな谷啓が加害者側に転じたのが、東宝では初の主演作『クレージーだよ 奇想天外』(66)。α星からやってきた宇宙人・ミステイクセブン=谷啓が、戦争をやめない地球人の行動に戸惑いながらも、平和工作を試みるというファンタジー風刺喜劇で、喜劇のスタイルをとって「反戦」や「愛」を語ることなど、坪島孝監督にしかできない技である。ラストで歌われる「虹を渡って来た男」のほろ苦さは、六十年近く経っても心に染みついて離れない。

▲シングルB面に収められた「虹を渡って来た男」 鈴木啓之氏提供

 

 次いで谷は、植木等との〝バディもの〟『クレージーだよ 天下無敵』(67)に挑む。すでに『無責任清水港』(66)という、植木等=追分三五郎と谷啓=森の石松のコンビで活躍する作品はあったが、これはハナ肇=清水次郎長をはじめとするグループ全員の枠組み内でのタッグに過ぎなかった。
 ちなみに、これらの作品の監督も坪島孝。エノケンやロッパのP.C.L.喜劇に多大な影響を受けた監督である。坪島は『奇想天外』のほか、戦争映画の『蟻地獄作戦』(64)でも谷のキャラ(ここでは中国人軍医役!)を十分に生かしていただけあって、植木等とのライバル・ストーリーは予想以上の相乗効果を生む。

『天下無敵』では、遠い神代の昔から宿敵関係にあった植木と谷がライバル会社(トヨトミ電機と徳川ムセン)に入社し、新製品「立体テレビ」をめぐって熾烈なスパイ合戦を展開する。それも同じアパート「関ケ原荘」(※3)の住人同士という設定なので、〈攻め〉の植木と〈守り〉の谷の図式がますます際立つ仕組みだ。

 坪島は、ハナ肇・植木等とのトリオによる『クレージー黄金作戦』(67)や『クレージー メキシコ大作戦』(68)でも谷の持ち味をいかんなく発揮させていたが、谷啓が大のお気に入りだったことは、念願の企画『奇々怪々 俺は誰だ?!』(69:シュールでブラックな大人のコメディ)や『喜劇 負けてたまるか!』(70:CM業界を描く風刺喜劇)に谷を登用したことでも明らか。坪島は、谷の面白みが〈巻き込まれ型〉にあったことをよく理解していた監督であった。

 ミュージシャンとしての谷啓の魅力は、トロンボーンの実力はもちろん、そのカン高い歌声にある。グループで歌を吹き込むときは谷だけキーを上げていたり、ワンオクターブ上で歌っていたりする曲もあり、そこにトボけた味わいを感じた方も多いだろう。

▲『プンプン野郎』の歌唱場面はぜひ映画でご堪能いただきたい イラスト:Produce any Colour TaIZ/岡本和泉

 筆者が挙げる谷の楽曲の最高傑作は、「虹を渡ってきた男」とのカップリング曲「プンプン野郎」(66) (※4)。『天下無敵』の劇中、山本直純作のこの〈ぼやきソング〉が「関ケ原荘」に帰る道すがら歌われるシーンからは、サラリーマンの悲哀とともに、谷にしか出せないペーソスと可笑しみが滲み出てくる。
 谷啓、こんなヘンテコリンで愛おしい俳優&ミュージシャンは、二度と現れないだろう。

※1 脚本と音楽を担当したのは、ポール・マッカートニーと植木等をこよなく愛する斎藤誠。桑田佳祐が青学の先輩にあたることから、現在でもSASのサポートメンバーを務める。

※2 『日本一のゴマすり男』にはノンクレジット(ラストの白バイ警官役)で出演。

※3 「関ケ原荘」は、今や暗渠(緑道)化された烏山川に架かる「中村橋」のたもと(経堂5丁目31番地)に建つアパート。

※4 ヘンリー・ドレナン作のほのぼのソング「ヘンチョコリンなヘンテコリンな娘」と「小指ちゃん」のカップリング盤(65)も大のお気に入りだった。のちにフォーク・シンガーの加川良が『やぁ。』(URC)で「小指ちゃん」をカバーしたときは、密かに歓喜したものだ。

高田 雅彦(たかだ まさひこ)
1955年1月、山形市生まれ。生家が東宝映画封切館の株主だったことから、幼少時より東宝作品に親しむ。黒澤映画、クレージー映画、特撮作品には特に熱中。三船敏郎と植木等、ゴジラが三大アイドルとなる。東宝撮影所が近いという理由で選んだ成城大卒業後は、成城学園に勤務。ライフワークとして、東宝を中心とした日本映画研究を続ける。現在は、成城近辺の「ロケ地巡りツアー」講師や映画講座、映画文筆を中心に活動、クレージー・ソングの再現に注力するバンドマンでもある。著書に『成城映画散歩』(白桃書房)、『三船敏郎、この10本』(同)、『七人の侍 ロケ地の謎を探る』(アルファベータブックス)、近著として『今だから! 植木等』(同2022年1月刊)がある。

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