「凡事徹底」で掴む箱根駅伝制覇への道。駒澤大学陸上競技部 藤田敦史監督の指導哲学に迫る
今回のゲストは、駒澤大学陸上競技部監督の藤田敦史氏。現役時代には日本記録を持つなど輝かしい成績を残した経験を活かし、「自立する選手育成」を重視して学生たちを指導しています。高校時代は無名だった選手からトップアスリートとなった"シンデレラストーリー"を歩んだ藤田氏だからこそ語れる努力の価値と人間的成長の哲学について伺いました。
復路優勝から総合優勝へ―箱根駅伝リベンジへの決意
―― まずは、箱根駅伝の第101回大会を振り返っていかがでしたか?
藤田 昨年度の出雲駅伝、全日本大学駅伝がどちらも2位という結果だったので、箱根駅伝は頂点に立ちたいという思いがありました。それに加え、前回大会では2位という悔しい思いをしたので、リベンジする立場で優勝を目指して走りました。
結果は前回と同じく総合2位ということで、前回大会のリベンジは叶わなかったのですが、復路では青山学院さんに勝って優勝できたので、そこはチームとしては非常に良かった部分かなと思います。
やはり総合優勝を目指した中での2位なので満足する結果とは言えないですが、次回大会につながるような復路新記録での優勝だったのではないかと感じています。次回は総合優勝できるよう、今年度もしっかり頑張っていきたいなという思いですね。
―― 今年度のチーム目標を教えていただけますか?
藤田 2025年度も引き続き、三大駅伝の3冠を意識しながらチームとして戦っていきたいと思っています。
前任の監督を務めていた大八木の時代に3冠を達成していますが、その際はヘッドコーチとして見ておりましたので、自分が監督となってからも目指していきたいという思いは常々持っています。
ここ数年は「箱根駅伝=青山学院が強い」というイメージが定着していますが、その青山学院さんを超えたいという思いを私たちは常に持って取り組んでいます。
―― 世代交代もすると思いますが、チーム体制はいかがでしょうか?
藤田 箱根を走った10名の中から引退したのは1名だけですので、戦力としては十分残っているかなと思います。ただ、その中でも一人ひとりが力をもっと付けていかないと、駅伝で優勝を狙うことはできないと考えています。
まずは、3大駅伝を迎えるまでに個々がどれだけレベルアップできるかが1番のポイントになると思っています。
これからはトラックシーズン(トラック種目の競技会が開催される時期)となり、短い距離のレースが入ってきますので、各レースで個人の自己記録や順位にしっかりこだわって、自分の力を1段2段引き上げる努力をすることが大事だと思っています。
「指示待ち」から「自立」へ―チーム駒澤の選手育成哲学
―― 各レースで輝かしい成績を残していますが、選手育成において大切にされていることを教えてください。
藤田 常々学生に話しているのは、「指示待ちではなくて、自分の判断で動けるようになること」です。
私たちと一緒にいる時は結果は出るけど、離れたら結果が出ないのでは何の意味もありません。一人ひとりが自立していくことで、選手としての価値も上がっていくと考えています。
―― 自立を重視されるのですね。駅伝はチーム競技ですが、個人の主体性はどのように結果を左右すると考えていますか?
藤田 駅伝というのはチーム競技なので、「駒澤にいれば強くしてもらえる」という受け身ではなく、「駒澤の人間だから強くならなきゃいけない」という意識も必要です。
ある意味、そういったプライドを持っておくべきだと伝えていますし、個々が自立して考えることで人間的にも成長できると考えています。
―― 選手の自主性を尊重するということで言えば、目標設定や日々のトレーニングについても選手自身に考えさせるようにしているのでしょうか?
藤田 そうですね。こちらから「こうしなさい」「ああしなさい」と指示するだけでは、なかなか本気で頑張れません。でも、自分で決めたことは学生でも最後まで責任を持ってやりきるものです。
目標設定もそうですし、目標達成までのアプローチについても、ある程度は私たちが道筋を立てますが、「自分の意見をきちんと持ってきなさい」と伝えるようにしています。
―― 自分の意思を示すことで、発現した内容に対して責任が生まれますね。
藤田 学生たちにしっかり責任を持たせるためにも、「自分がどうしたいのかをまず言いなさい」と促します。それに対して私の意見も出して、「ここはこうした方がいいんじゃないかな」と提案しています。
選手が「でも僕はこういう風にしたい」という意見をさらに示してきたら、お互いの考えを擦り合わせて、「じゃあここはこうして、この案で進めていこうか」という形で提案すると、納得して取り組んでくれますね。そういった対話を通じたコミュニケーションが一番大事だと思います。
「感謝の心」と「謙虚な姿勢」―藤田監督が大切にする人生哲学
―― 藤田監督ご自身の経験は、どのように選手育成に活かしていますか?
藤田 感謝の心や謙虚でいることの大切さを学生に伝えるようにしています。
私は比較的長い現役時代を過ごしましたが、元々は卓越した能力があったわけではありませんでした。高校生ぐらいまではほとんど全国大会に出た経験もなかったくらいで……。
そのような競技人生のスタートでしたが、縁あって駒澤大学に進学して大八木総監督と出会い、いろいろな方々に導かれるように今の場所まで来られたという思いがあるんですね。
それはもちろん自分自身が努力してきた結果という側面もありますが、人に対して感謝の心を持ったり、謙虚な姿勢を身に付けていないと、トップレベルまで上り詰めることは難しいと思っています。
努力することが一番大事であることに変わりはありませんが、人を思いやる気持ちがあることでその努力が生きてくるのかなと。常々私はそう思っておりますので、学生たちにも同じような姿勢を持つように伝え続けています。
―― 大八木総監督の話もありましたが、監督就任とともに受け継いだものはありますか?
藤田 一言で言えば情熱でしょうね。
大八木総監督は、学生たちを絶対強くしたいんだという情熱が滲み出ている方なので、やはり学生からの信頼も非常に厚いです。選手もその思いに応えようと、全員が情熱を持って取り組んできた結果が今の駒澤大学の勢いとなっています。
ですから、指導者に転身した私も、大八木総監督のように情熱を持った指導者になりたいと思っています。そして、ゆくゆくは今の学生が指導者になって、次世代の選手を育てていってほしいですね。
それが、駒澤の受け継がれていく伝統ではないかなと感じているところもあります。
ゼロからの挑戦―藤田監督のシンデレラストーリー
―― 話は変わりますが、藤田監督が陸上競技の道に進まれた経緯を伺えますか?
藤田 本格的に陸上を始めたのは高校に入ってからです。中学時代はテニス部に所属していましたが、駅伝大会には時々駆り出されることがあったりと、走ること自体はもともと好きでしたね。
小さい頃から書道を習っていて、実は高校時代に書道の道に進むか陸上の道に進むか悩んでいたんです。結果的に陸上を選びましたが、今振り返ると陸上競技を選んで本当に良かったと純粋に思います。
―― 陸上競技を選んで良かったと思う理由は何ですか?
藤田 理由は大きく2つあります。1つは、陸上競技を通じて多くの方々と出会えたこと。自分を導いてくれた恩師との出会いもそうですし、本当にたくさんの方々と知り合うことができました。
もう1つは、スポーツから学ぶ人生の厳しさです。書道のように自分の努力がある程度そのまま結果に結びつくものとは違い、スポーツは違います。
私はオリンピックまであと一歩というところでしたが、結果的には出場できませんでした。どれだけ努力しても成果が出るかどうかは運やさまざまな要素が絡み合って決まるものです。
そうした悔しい経験を通じて人間的に鍛えられたと感じていますし、今でも指導者として陸上に関わることができているので、結果論かもしれませんが本当に良かったと思います。
これからは自分が指導者として選手を育てて恩返ししていく番だと思っています。
―― 先ほど、学生時代は目立った成績を残せなかったとおっしゃっていましたが、オリンピックを狙える選手となったのは現役時代にどんな転機があったからなのでしょうか。
藤田 大学に進学し、当時コーチをしていた大八木との出会いが大きかったと思います。先ほども申し上げましたが、高校時代では目立った成績を残せなかった私が、大八木から努力を継続する重要性を学び、それまで見ることができなかったような景色を見せてもらいました。
徐々に結果も出るようになり、ひたむきに努力を続ければ次のステージに上がれるというのが練習のモチベーションとなっていきましたね。
現役時代にはマラソンで日本記録を出したり、日本一になったこともありましたが、そのレベルになっても努力することをやめてしまったら、力がなかった頃の自分に戻ってしまうんじゃないかという怖さが常にありました。
逆に、努力することを止めなければ着実にステップアップできることを教えてくれたのが大八木でした。その教えは指導者になった今でも私の中に印象深く残っています。
―― 好きだからこそ努力できるという面もありますよね。
藤田 そうですね。高校の時は結果が出ませんでしたが、当時から長い距離を走ることに関しては好きでした。
それに、トラック競技ではなかなか結果が出なかったものの、大学1年生で箱根駅伝を走った後、「あ、これなら自分でも大学で勝負できそう」と感じたことはよく覚えていますね。
―― 箱根駅伝で言えば、大学時代には区間賞も取られていますよね。
藤田 4年生の時は4区で区間新記録で区間賞を取ることができました。箱根駅伝では4年間で4回連続で走らせていただきましたし、2~3年生は華の2区という各大学のエースが走る区間も任せてもらいました。
あと、大学生の最後には初マラソンにチャレンジをしたのですが、当時の学生新記録を更新できました。高校の時に全然実績がなかった人間からすると、もう本当にシンデレラストーリーみたいでしたね(笑)
社会人になってからも好タイムを残すことができ、人間誰しもが秘められたものを持っているものなのだと、私自身の経験からすごく感じます。それを引き出してくれたのが大八木でしたので、本当に出会いに助けられたなと今振り返っても思います。
―― 努力を継続することで結果がついてきたのだと思いますが、実際に努力し続けられる人は限られていると感じます。
藤田 生まれつき能力がある子はたくさんいると思います。でも、努力を続けられる才能を持っている子は非常に少ないんです。その才能を持っている子は、今はまだ力がなくても、いずれ強くなれます。
今年春に卒業した篠原という選手は、入学した時はチームの中でも下から数えた方が早いほどでした。それが卒業する時には超一流の結果を出して卒業していきました。彼もモチベーションが落ちることがなかったんです。
自分が弱かった時期を知っているからこそ、「努力をやめたらそこに戻ってしまう」という思いがあり、どんな状況でも「自分は努力を絶対にやめない」という強い心を持っていました。だからこそあそこまで成長できたのだと思います。
「凡事徹底」の精神―規則正しい生活と時間の有効活用
―― 大八木総監督のインタビューでは、規則正しく生活することの重要性を伺いました。藤田監督も同様にお考えですか?
藤田 規則正しい生活リズムを整えることは私も重要だと思っていますが、最近よく学生に伝えているのが「凡事徹底」という言葉です。
―― 「凡事徹底」の精神ですか。具体的にはどのようなことでしょうか?
藤田 特に学生はさまざまな誘惑があります。
例えば春休みなどは、朝練習と午前中の練習が終われば午後は自由時間になります。その時間をただTVゲームやスマホをいじって過ごすのではなく、身体のケアをしたり、本を読んで教養を身につけたりといった、自分自身が成長できる時間の使い方ができる選手が理想です。
「時間があるからもう休んでいい」という考え方になってしまうと、生活に乱れが出てきて、本来やるべき練習の時に身が入らなくなってしまいます。
3冠を狙うのであれば、日々の練習だけでなく、オフの時間も有効活用できるかどうかが非常に大事です。
当たり前のことを徹底的にやる。凡事徹底という考え方は常に意識して日々過ごしていってもらいたいですね。
―― 選手のモチベーションを高めるためにどのようなことを実践されていますか?
藤田 大学生は成長途上で未熟な部分も多く、心理状態の変化がとても速いです。モチベーションが高ければ練習や試合でも結果が出ますが、逆に下がってしまうと練習にも身が入らず、怪我や体調不良にもつながります。いかに選手のモチベーションを維持できるかが非常に重要です。
私たちの時代は厳しく叱咤されて奮起するような気質がありましたが、今の学生は違います。上から厳しいことを言うよりも、同じ目線に立って「どうやっていこうか」「どこを目指していこうか」という方向性をコミュニケーションを取りながら決めていくことで、モチベーションの維持・向上につながると感じています。
―― 日常的なコミュニケーションは関係性構築に不可欠ですよね。
藤田 ただ、できる限り一対一で接する時間を作るようにしていますが、何十人もの選手がいると現実的に難しさもあります。
寮の廊下でばったり会った時に「今日の体調はどう?」とか「今日の練習、よく頑張ったね」といった何気ない一言が、選手たちのモチベーションにつながることをすごく感じるので、そういった日常的なコミュニケーションは非常に大切にしています。
―― 現役時代の経験は指導者としての活動に影響していますか?
藤田 大学時代は順調でしたが、社会人になってからは日本最高記録を出す瞬間もあれば、怪我でオリンピックを断念しなければならない時もありました。振り返るとさまざまな経験をした現役時代でしたが、後悔はしていません。
私はオリンピックに出ることではなく、オリンピックで金メダルを取ることが目標でしたので、練習においても妥協はしたくありませんでした。それが結果的にオーバーワークにつながり、怪我で選考会のスタートラインにすら立てないことが多くなった原因でもあります。
しかし今、指導者になって思うのは、そういった経験が自分の中の財産になっているということです。良い時も悪い時も経験したことで、学生たちへのアドバイスにすべてが生きています。当時は辛かった経験も、今では指導者としての幅を広げる貴重な財産になっていると感じています。
―― 悔しい思いや経験もプラスに変わっていったんですね。
藤田 当時はそんな風に考えられませんでしたが、時間が経って「あの時は悔しかったけど、良い経験ができた」と思えるようになりました。
それは自分自身の成長だと思いますし、立場が変わって指導者になった時に、そういった経験も必要なことだったと感じられるようになりました。それこそが自分の中での大きな成長だと思います。
高齢者と介護者へのアドバイス―ランニングによるリラックス効果
―― 「みんなの介護」のインタビューということで、高齢者の運動についてもお伺いさせてください。高齢者の方々にとっての運動の重要性や日常的に取り入れやすい運動について教えてください。
藤田 高齢になると足腰が弱くなって、歩いている時に躓いて転倒してしまうことがよくあります。転倒の危険性が高まる足腰の筋肉の衰えを防ぐための運動は非常に大切です。
例えば、食事をする時に座る椅子から立ち上がる動作だけでも、太ももの筋肉(大腿四頭筋)を使います。そういった椅子からの立ち上がり運動を何回か繰り返すだけでも効果があります。
あとはウォーキングですね。ウォーキングは体力維持にも足腰を鍛えるにも非常に有効な運動になりますので、そういった簡単なことから始めていただくと、健康を維持できるのではないかと思います。
―― 運動を続けるにはどのような意識を持つと良いでしょうか。
藤田 私たちは本当にトップを目指してチームで厳しいトレーニングを日々行っていますが、高齢者の方が運動を継続するコツとして一番大切なのは、無理をしないことだと思います。張り切ってスタートするのは良いのですが、三日坊主になってしまっては何の効果もありません。
無理のない範囲で長く継続できる運動を選ぶことが一番大事です。例えば、「今日はウォーキングしようと思っていたけど雨だからやめておこう」といった柔軟に考えることも必要です。
無理して雨の中を歩いて風邪をひいてしまったら、かえって運動から遠ざかってしまいますから。無理をしないということが一番の継続するコツだと思います。
―― 在宅介護者にとっては、体を動かすことでリフレッシュにもなりそうですね。
藤田 もちろんそういった側面はあると思います。私たちの世代は、今まさに介護に直面している年代ですよね。介護を続けていると、どうしても気持ちが張り詰めてしまったり、自分の時間がなくて精神的に落ち込んでしまうこともあるのではないでしょうか。
そんな時は、少し走りに行く時間を作るとか、走ることに限らず何か気分転換できるものを見つけていただきたいです。人と会って話を聞いてもらうだけでも気持ちが楽になることもありますし、ランニングで頭を整理する時間を作るなど、自分の時間を持つことが大事です。
―― ランニングにはリラックス効果もあるとお考えですか?
藤田 ランニングにはリラックス効果があると思います。私も今でも時々走りますが、走っている時にいろいろなことを考えるんです。次の練習をどうしようとか、あの選手をどう指導すれば結果が出るかなど、走っている間に頭の中の絡まった糸がだんだん解けていくような感覚があります。
何もしていない時は頭の中がごちゃごちゃになっている感じがするのですが、走っている時はその絡まった糸が綺麗に解けていく感覚があるんです。
―― 自分に合ったリラックス方法を見つけることから始めたいですね。
藤田 それぞれの人に合ったやり方があると思います。取れる時間も人によって違うでしょうし、何が好きかというのも違うと思うので、自分が頭をリセットするためにはどんな時間が必要なのかを考えることが大切です。
ランニングが嫌いなのに無理に走っても効果はありませんので、サウナやヨガなど、いろいろな方法を検討してみてください。自分がリラックスできる瞬間をつくることが一番大事ですので、みなさんにとっての「絡まった糸が解ける瞬間」がどんな場面なのかを考えて、その時間をできる限りつくることが重要です。
そういった時間がないと余裕がなくなってしまいがちですが、実際に介護をしているとなかなか「そんな時間ない」という方も多いでしょう。そんな場合は、介護保険サービスの活用や周りの人を頼るということも時には必要なのではないかと思います。
―― ありがとうございます。最後に、監督としての今後の目標をお聞かせください。
藤田 この陸上部の監督を務める以上、学生三大駅伝でしっかり結果を出すことは当然考えています。しかし、それだけではなく、私が現役時代から受けた指導の中で非常に心に残っているのは、「学生であっても、実業団の社会人選手たちと競い合えるだけの力をつけて、学生のうちから日の丸をつけられる選手になりなさい」という言葉です。
ですので、駅伝で勝つことはもちろんですが、同時に私が教えた学生たちから日本代表選手を育て、世界に羽ばたく選手を輩出したいという目標もあります。
さらに、駒澤大学に来た学生たちが卒業する時に「駒澤を選んで良かった」と思ってもらえるような指導を4年間でしていきたいと思っています。学生たちは卒業していきますが、私の指導者としての道はこれからも続いていくわけですから、そういった思いを持って送り出せる指導者になりたいですね。
今年は三大駅伝での優勝を目指して監督陣と学生が一体となって日々練習に取り組んでいますので、どうぞ応援のほどよろしくお願いします。
取材:谷口友妃 撮影:熊坂勉