「考え方が明らかに違う」石破政権から高市政権になって起きた路線転換
大竹まことがパーソナリティを務める「大竹まことゴールデンラジオ」(文化放送・月曜日~金曜日11時30分~15時)、12月3日の放送にネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』主宰でジャーナリストの神保哲生が出演。石破茂政権から高市早苗政権に交代し、どのような変化が起きているのか解説した。
大竹まこと「政権のほうはギッタンバッコンしている感じです。前(10月の出演)は石破政権のときでした。振り返っていただきましょう」
神保哲生「前回も話しましたけど、自民党は1つの政党に見えるけど、実際は派閥があって。派閥の間で疑似政権交代している、なんて言われました。もう少し詳しく見ると、1955年に保守合同したときの2つの流れがまだはっきりとあって」
大竹「はい」
神保「旧自由党、それは吉田茂さんや、池田勇人さん・宮澤喜一さんの宏池会など。ハト派で軽武装、経済政策重視、といったグループがあると。それに対して、もともと鳩山一郎さんが率いていた日本民主党。2つがくっついて自民党になった。日本民主党側の流れは、そのあと安倍派と呼ばれるグループに引き継がれて。それが非常にタカ派で憲法改正、比較的軍事重視、という路線があった。自民党内ではそれがまだはっきりしている」
大竹「はい」
神保「石破さんから高市さんへの総裁、総理の交代というのは事実上、自由党政権から日本民主党政権への交代といってもいいほど、国の針路に関する方向性、国の在り方に対する考え方が違うんですね」
大竹「うん」
神保「自民党は多数派を形成するために違う考えの人をくっつけたけど、くっついたのに多数派になれていないわけです。そもそもくっついている理由はなんだ、みたいな話も出てくる。でもやはり選挙制度やその他で、簡単には別れられない状態になっている、と」
大竹「高市政権になって1ヶ月半、経ちました。今回の答弁なんかを聞くと、神保さんがおっしゃるような動きの中にあるように思います」
神保「やはり外交政策、あるいは軍事、安全保障などに関する考え方が2つの流れで明らかに違う。さらに、いまは積極財政か、緊縮とまで言わないまでも赤字を拡張することはいろいろな意味でリスクだと考えるか、という財政に対する2つの流れがあって。そこでも石破さんから高市さんへの政権交代というのは路線の転換があった。『責任ある積極財政』は、重心のあるのが責任か積極財政かによってずいぶんと変わるけど、基本的に積極財政であることに変わりはない」
大竹「そうですねえ」
神保「そもそも『責任ある』というのは意味が不明瞭ですからね。完全に路線は変わったと思います。ただその中で出てしまった、残念な、台湾有事に関する発言。私が見る限りは戦略的、計画的に出した言葉ではなく、うっかり。あるいは事の重大さを充分に認識しないまま言ってしまった、というように感じる。そうでなければ高市さんはよほどの戦略家で」
大竹「はい」
神保「うっかりのような顔をしてじつは深謀遠慮があった、というならなかなかのものですけど、かなり不用意な発言だったと思います」