【宮島未奈さんの新刊「婚活マエストロ」 】 浜松の「婚活イベント」会社を舞台に展開する、軽妙かつ上質な「読み物」
静岡新聞論説委員がお届けするアート&カルチャーに関するコラム。今回は10月25日から書店に並んでいる宮島未奈さん(富士市出身)の新刊「婚活マエストロ」(文藝春秋)から。
2023年発刊の「成瀬は天下を取りにいく」(新潮社)が第21回本屋大賞など15冠を獲得した宮島未奈さんが描く次なる世界は、浜松の「婚活イベント」の主催会社「ドリーム・ハピネス・プランニング」とその周辺。
ヒロインの鏡原奈緒子は、司会を務めたパーティーで驚異のカップル成功率を誇る「婚活マエストロ」として名高い。同社の紹介記事を頼まれた「こたつ記事」のライター猪名川健人は、謎めいた会社と「掃きだめに鶴」的な鏡原の美しさに引かれ、徐々に距離を縮めていく。
婚活パーティーとは無縁の生活だった猪名川が、徐々にその仕組みの「インサイダー」となっていく過程が面白い。まさに「ミイラ取りがミイラになる」かのようだ。
異物だった存在が、徐々に内部に取り込まれていき、思考すら変わっていく。文学としては「王道」のモチーフだが、変化の滑らかさは宮島さんの小説家としての腕の良さゆえか。読んでいて引っかかる瞬間が一度もない。
現代の諸相をあれこれ取り込んでも不思議ではない舞台装置だが、そこに投入する設定は「結婚したい男女」と「こたつ記事を書くウェブライター」だけ。この思い切りのいいシンプルさは、勇気が必要だろう。軽いタッチだが、この点において実は「骨太」な小説なのだ。
裏表紙のイラストは、「成瀬」シリーズにも繰り返し出てくる琵琶湖の遊覧船「ミシガン」。(は)