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五木寛之さんが見た、パリの一面――異国文化の楽しみ方・味わい方とは【人生のレシピ】

NHK出版デジタルマガジン

五木寛之さんが見た、パリの一面――異国文化の楽しみ方・味わい方とは【人生のレシピ】

五木寛之さんが語る、異国文化の楽しみ方・味わい方

作家・五木寛之さんによる「人生のレシピ」は、誰もが百歳以上まで生きるかもしれない時代に、新しい生き方を見つけるための道案内となるシリーズです。

NHK「ラジオ深夜便」での語りを再現して贈る、累計15万部超えの人気シリーズの第8弾は『異国文化の楽しみ方・味わい方』(2024年4月刊)。

居場所を定めないデラシネ(根無し草)人生を送るなかで見聞きした、さまざまな土地の景観や音楽が、自分の人生を彩り豊かなものにしたと語る五木さん。今回は本書より、パリでの思い出から、国や町の華やかな一面と、その背景にある隠された一面についての語りをご紹介します。

華やかな装いの内側に、


厳しさ、激しさを秘めている町

――フランスというと、長く住んでいた方のお一人に女優の岸惠子さんがいらっしゃいますね。

五木 岸さんは横浜でご近所なんです。偶然に、歩いて一分というところに住んでいらっしゃって、私と同じ、一九三二年、昭和七年の生まれです。

 岸さんは、女優であると同時に、カルチャー全体に対しての大きな視野を持っていらっしゃるアーティストですね。シャンソンを歌わないのかなと思って、実はちょっと残念に思っていたのです。

――その岸さんが、フランスでの暮らしについて、「けっこう暮らしにくいところもある」というお話をされたと聞いたことがあります。

五木 そうなんです。岸さんは、フランス文化を全身で理解しようとして、フランスに永住するつもりでいらしたらしいんです。パリに相当長く暮らしたあとですが、あるとき、師走の風の強い日に、バスの停留所に近づいていったのだそうです。そこに一人の年老いたご婦人がいらして、岸さんがその方に続いて並ぼうとしたところ、そのご婦人がキッと振り向いて、「私が先ですからね」と釘を刺すように言われたというのです。

 ここでは自分の権利というものをしっかりと自分で守っていかないと生きていけないんだと、そういう厳しさのある町なんだと気がついたと、何かにお書きになっていました。

 生きていくうえでの個々人の葛藤が非常に強く、またそうでなければならない土地なのかもしれません。しかしだからこそ、シャンソンのような叙情的な歌が、人々の心の中での潤滑油として必要とされるのではないかと思ったりもしました。

――パリというところは、多民族が暮らす町ですから。

五木 移民も多いですしね。

――そうするとやはり、自己主張が必要ということでしょうか。

五木 あまりにも多くの移民が労働者として流れ込んでくるパリでは、社会主義的な思想を持つ人が多い一方で、移民排斥デモが起こったり、最近はさらに国粋主義的な雰囲気も盛り上がってきていて、厳しい空気が漂っています。華やかな装いをしているけれど、その内側にある生活の厳しさや人々の主張の激しさ、そういうものを和らげているのがシャンソンなのかもしれません。

 パリは大好きな町です。でも、ここでずっと一生暮らしていけるかといえば、私にはちょっと難しいと思います。パリはたとえるなら、ぬるま湯のようなところがない町なんですよ。男性であろうが女性であろうが、年を取っていようが子どもであろうが、自分というものをしっかり持って、他者との対立関係をきちっと守りながら生きていくことを求められる。華やかな顔の背後には、そういう一面が厳然とある町のように感じます。

 「花の都パリ」などと謳われますが、それだけではない深いものがそこにはあるのではないかと思うのです。

―――
本書『異国文化の楽しみ方・味わい方』では、五木さんが本を通じて得たものや、その楽しみ方を、
「才能を引き寄せるパリ ― フランス」
「成熟した大人の国 ― スペイン、ポルトガル」
「個人が行動に責任を持つ国 ― イタリア」
「自由に生きるために ― ギリシャ」
「北欧三か国の思い出 ― フィンランド、スウェーデン、ノルウェー」
「それぞれの個性が際立つ南米 ― チリ、ブラジル、アルゼンチン」
という全6回のテーマでお届けし、人生をより楽しむためのヒントとしていきます。

■『教養・文化シリーズ 人生のレシピ 異国文化の楽しみ方・味わい方』(五木寛之著)より抜粋
■書籍に掲載の脚注、図版、写真、ルビ、凡例などは、記事から割愛している場合があります。

著者

五木寛之(いつき・ひろゆき)
作家。1932年、福岡県生まれ。朝鮮半島で幼少期を送り、引き揚げ後、52年に上京して早稲田大学文学部露文科に入学。57年に中退後、編集者、ルポライターなどを経て、66年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、67年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、76年『青春の門 筑豊篇』ほかで吉川英治文学賞、2010年『親鸞』で毎日出版文化賞特別賞など受賞多数。ほかの代表作に『風の王国』『大河の一滴』『蓮如』『下山の思想』『百寺巡礼』『生きるヒント』『孤独のすすめ』など。日本芸術院会員。
※著者略歴は全て刊行当時の情報です。

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