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『酒に敗れた神話の怪物たち』酒呑童子、ポリュペモス、フルングニルの伝承

草の実堂

画像 : 酒呑童子の生首が源頼光を襲う、の図―小村雪岱 (1927年)による挿絵 public domain
画像 : ラム酒 pixabay cc0

「酒は飲んでも飲まれるな」という格言がある。

古くから「酒は百薬の長」とも言われるが、人体に有害な影響をもたらす飲み物でもある。
肝臓や胃腸を傷つけ、高血圧を引き起こし、さらには癌の発症リスクを高めるなど「万病の元」ともいえるだろう。

世界保健機関(WHO)の報告によれば、酒が原因で命を落とす人は年間250万人以上にものぼるという。

酒による破滅は、現実世界だけでなく、神話や伝説の世界にも数多く存在する。
暴飲によって没落した者や、酒に溺れた怪物の物語は枚挙にいとまがない。

今回は、そんな「酒に飲まれた者たち」の伝説について解説していく。

1. 酒呑童子

画像 : 酒呑童子の生首が源頼光を襲う、の図―小村雪岱 (1927年)による挿絵 public domain

酒といえば、酒呑童子は外せない。

酒呑童子(しゅてんどうじ)は、京都の大江山に潜んでいたとされる、屈強な鬼である。
その名の通り酒好きの鬼であり、暇さえあれば酒を飲んでいたという。

時は平安。京の都で若い娘が何者かに誘拐される事件が相次いだ。
人々が恐れたこの事件の犯人は、大江山に棲む「酒呑童子」という鬼であると考えられた。
帝の勅命により、源頼光(948~1021年)とその家臣たちは、この鬼を討伐するため大江山へ向かった。

頼光たちは山伏に変装し、鬼の根城へ入り込むと、旅の修験者を装ってもてなしを受けた。
そこで「神便鬼毒酒(しんべんきどくしゅ)」という、鬼を弱体化させる毒酒を飲ませたところ、酒呑童子はたちまち動けなくなり、ついには倒れ込んでしまった。

その隙を突いて頼光たちは一斉に斬りかかり、激しい戦闘の末、ついに酒呑童子の首をはねた。

しかし、酒呑童子は首だけになってもなお頼光に噛みつこうとしたため、事前に帝から授かっていた神剣「鬼切(髭切)」を用いて、完全に息の根を止めたと伝えられている。

2. ポリュペモス

画像 : ヤーコブ・ヨルダーンスの絵画『ポリュフェモスの洞窟のオデュッセウス』(17世紀初頭)。プーシキン美術館所蔵。オデュッセウスと彼の部下たちが、羊の腹の下に隠れて逃げようとしている。public domain

ポリュペモス(Polyphemus)は、ギリシャ神話に登場する一つ目の巨人である。

古代ギリシャの詩人・ホメロス(紀元前8世紀頃)の作品『オデュッセイア』にて、以下のような伝説が語られている。

(意訳・要約)

トロイア戦争(神話に語られる大戦争)に参加した知将「オデュッセウス」は、数々の武勲を打ち立てた英雄である。
戦争終結後、オデュッセウスは故郷へ帰るために航海を続ける中、兵糧の確保のために、目についた島へと立ち寄ることにした。

だがその島は、邪悪な一つ目巨人「ポリュペモス」の住まう地だったのである。
オデュッセウスとその部下たちはポリュペモスに捕らえられ、洞窟に閉じ込められてしまった。

飯時になるとポリュペモスは、オデュッセウスの部下を2人ずつ殺しては、バリバリと貪り食った。
12人いた大事な部下の半数を失い、オデュッセウスは悲しみに暮れた。
同時に、ふつふつと湧き上がる怒りに身を焦がしながら、オデュッセウスは反撃の機会をうかがっていた。

オデュッセウスは満腹のポリュペモスのもとへ行き、「食後にワインはいかがかな?」と、非常に度数の高いワインを勧めた。
二杯、三杯とワインを飲み干し、上機嫌になったポリュペモスは泥酔し、やがていびきをかき始める。

今こそ好機。

オデュッセウスと残りの部下たちは、熱した杭をポリュペモスの眼球に突き刺し、グリグリと抉り込んだ。

激痛に悲鳴をあげるポリュペモスを尻目に、オデュッセウスたちは命からがら島からの脱出に成功したのである。

3. フルングニル

画像 : フルングニル 草の実堂作成(AI)

酒を飲んだ人間は、素面の状態では考えられないような奇行を冒すことがある。

そのせいで社会的地位や信頼を失う者も、少なくはない。
神話の世界においても、それは同様である。

フルングニル(Hrungnir)は、スカンジナビア半島のゲルマン民族に伝わる神話、いわゆる北欧神話に登場する巨人である。
彼は酒の席での振る舞いが遠因となり、命を落とした。

アイスランドの詩人・スノッリ=ストゥルルソン(1178~1241年)の著作『エッダ』には、次のようなエピソードが語られている。

(意訳・要約)

フルングニルは山の巨人(北欧神話における種族の一つ)の中でも、屈指の実力者であったという。

ある時フルングニルは、北欧神話の主神である「オーディン」と、互いに馬を駆り競争をしていた。
そして二人はそのまま、神々の宮殿へと入っていってしまった。

オーディンと神々は、フルングニルを客人として大いにもてなした。
しかし大量の酒を飲み干すうちに、フルングニルは次第に態度が大きくなり、

「俺はこの世界で最強の存在」
「お前ら全員殺してやる」
「この宮殿は引っこ抜いて故郷へ持って帰る」
「フレイヤとシフ(ともに美しい女神)は俺の嫁!」

などと、とんでもない暴言を吐き始めた。

フルングニルのあまりの酒癖の悪さに、神々は激怒した。
そこで神々は、オーディンの息子であり、北欧神話最強の戦士として名高い「トール」を呼び出し、フルングニルを始末することにした。

馳せ参じたトールは、フルングニルを即座に抹殺しようとするが、「丸腰の相手を殺すのか?」というフルングニルの言葉に思いとどまる。

二人は後日、正式な決闘を行うことを約束し、この日はお開きとなった。

そして決戦当日。フルングニルは凶器である砥石を手に持ち、完全武装した姿でトールに挑んだ。
フルングニルは砥石を、トールはハンマーを、それぞれ同時に投げつける。
トールのハンマーは砥石を粉砕し、そのまま飛んでフルングニルの頭蓋骨をも破壊した。

画像 : フルングニルとトールの決闘 public domain

さすがのフルングニルも、北欧神話最強の存在には歯が立たなかったのである。

参考 : 『幻想世界の住人たち』『オデュッセイア』『エッダとサガ』他
文 / 草の実堂編集部

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