「何も思い浮かばず、作れない。才能がないのでしょうか」──短歌初心者のお悩み相談【NHK短歌】
「NHK短歌」テキストより、短歌作りのお悩み相談をご紹介
「NHK短歌」テキストに連載中の「短歌のペイン・クリニック」は、短歌の初心者の方からいただいたお悩み相談に対して、歌人の先生がアドバイスをお届けする人気企画です。
今回はテキスト2025年3月号より、一度も短歌を作ったことがない読者の方への、山崎聡子先生のアドバイスをご紹介します。
短歌のペイン・クリニック
【今月のお悩み】
一度も短歌を作ったことがありません。投稿歌を見ていて自分も投稿したいと思うのですが、本当に何も浮かばず、作れないのです。絶望的に創作の才能がないのでしょうか。
先生より
投稿者の方は短歌に興味をもち、自分でも作ってみたいと思われたのですね。短歌のいいところは、いつでも始められるし別に「始めなくてもいい」ところです。「何も浮かばない」状態から言葉を生み出すのは苦しいですから、最初は読者として自分が好きだと思う歌を探すことから始めてはいかがでしょう。
その場合、まずはいろいろな歌人の歌が収められたアンソロジーを読むのがお勧めです(手に入りやすいものだと、『現代短歌の鑑賞101』(新書館)、『短歌タイムカプセル』(書肆侃侃房)、『桜前線開架宣言 Born after 1970 現代短歌日本代表』(左右社)などでしょうか)。たとえば、こういったアンソロジーには、こういう短歌が同時に収められています。
馬を洗はば馬のたましひ冱ゆるまで人戀はば人あやむるこころ
塚本邦雄『感幻樂』
おれか おれはおまえの存在しない弟だ ルルとパブロンでできた獣だ
フラワーしげる『ビットとデシベル』
短歌を読み慣れていないと、前者は何かの呪文のように、後者を「これが短歌なの?」と感じるかもしれません。このように、短歌は作者によって使う言葉も、目指していることもまったく違います。投稿者さんが「何も思い浮かばない」と思う背景に、「短歌とはこういう表現だ」という思い込みがあれば、それを取り払うことから始めましょう。
そのうえで、「短歌を作りたい」という気持ちを大事に、最初の一首を作ってみます。「才能」なんて不確かなことを考えるのは後回しです。私たちは日々何かを見て、その度に心が細かく動いているはずです。例えば、私はこの文章を、日曜日の公園のベンチで書きながら、黒い水鳥が私に向かって近づいてくるのを眺めています。寝起きと同時に抱きついてきた娘の息の匂いを思い出します。短歌を作るときには、こんなふうに、自分が何を見て、何を思い、そのときにどんな心の動きが起こっているかを観察します。すると、何か、あなたなりの言葉が浮かばないでしょうか。
短歌には特別な才能は必要がありませんし、特段のきまりもありません。まずは最初の一首を、独り言のように繰り出してみましょう。その先に、豊かな出会いがあるはずです。
「NHK短歌」テキスト2025年3月号では、番組に寄せられた作品の入選歌紹介、選者(川野里子、俵万智、大森静佳、枡野浩一)による短歌講座、人気連載「#短歌写真部(カン・ハンナ)」や「穂村弘 あの人と短歌(ゲスト:渡辺祐真)」など、充実の内容で短歌を楽しむヒントをお届けしています。
◆『NHK短歌』2025年3月号 うたびと横丁「短歌のペイン・クリニック」より
◆文 山崎聡子(やまざき・さとこ)「未来」「pool」
◆トップ写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート(テキストへの掲載はありません)