新大久保のネパール人コミュニティーを支える「集まる場所」。レストラン『ソルマリ』は「リトル・カトマンズ」の交差点
僕の住む新大久保ではよく、サリーをまとった女性たちを見る。たいていネパール人なのだが、なんとも艶やかなんである。楽しげに談笑しながら大久保通りを歩いていく姿を眺めるたびに僕は「今日も『ソルマリ』かな?」と思う。この街でもとくに有名なネパール料理レストランにはスクリーンや音響も整ったホールが併設されていて、ネパール人たちが集まってくる場所になっているのだ。
ネパール
ヒマラヤ山脈を擁する南アジアの山岳国。主要産業は観光と農業のほか海外出稼ぎで、日本に住むネパール人は近年急増し、17万人を突破。会社員、留学生、カレー店の経営者やコック、その家族が多い。都内はじめ首都圏のほか、愛知県、大阪府など日本各地で暮らす。
結婚式、誕生日、記念日。夜な夜なパーティーが開かれる
「結婚式もあれば、誕生日やなにかの記念日、いろいろですね」
『ソルマリ』の経営者のひとり、カマナ・バンダーリさんは言う。お祝いごとがあるとこのホールを貸し切って、パーティーを開くネパール人がとっても多いんである。ネパールやヒンドゥー教のお祭りが行われることもある。
「パスニっていう儀式もよくありますよ」
日本の「お食い初め」にあたるものだが、ネパールではうんと盛大に催すのだ。日本にいる家族親戚、友人知人を招いて、赤ちゃんに「キール」というライスプディングを食べさせる。その後は大人たちでネパール料理の大宴会というわけだ。
こういう場に招待されれば、ここぞとばかりにおしゃれをするのはどこの国だって同じで、とくに女性たちは張り切って色鮮やかなサリーを身につける。そんな女性たちを新大久保では本当によく目にする。
「リトル・カトマンズ」と呼ばれるこの街にはほかにもパーティー対応できるネパール料理レストランがいくつもあって、いつもどこかでなにかしら催しがある。新大久保にはたくさんのネパール人が住み、働いているが、ほかの地域に暮らすネパール人も集まってくるコミュニティーに成長してきた。『ソルマリ』はその中心地のひとつだ。
日本人ならきっと食べやすい、素朴な山里の味
ネパール人に人気なだけあって料理はどれもいけるのだが、目立つのは炒めものや焼きもの。スパイスで味つけたメニューが中心で、ビールによく合う(ちなみに禁酒中の僕はノンアルコールビールだ)。ズバリ酒のつまみが主力なんである。だから客はネパール人も日本人も、居酒屋的に使う人が多いようだ。
僕が好きなのはセクワというネパール風の串焼きで、この日はチキンをチョイス。「コリアンダーや唐辛子などを利かせてあるんです」とカマナさん。セクワはほかにマトンやポーク、それにパングラ(砂肝)とあって、「コレ日本の焼き鳥屋に置いてあってもウケるだろうなあ」といつも思う。
それにチョエラも頼んだ。具材はマトンだ。これはいわば和え物で、
「マスタードオイルとニンニク、コリアンダーなどで、ゆでたマトンをひと晩マリネしているんです」
旨味が染みこんだマトンはねっとりと仕上げられていて濃厚なおいしさ。これはビールもいいけれど、ククリというネパールのラムも進みそうだ。
グンドゥルックも忘れてはならない。これ、いろいろな青菜を発酵させたのちに乾燥させたもの。カリフラワーやカボチャの葉を使うこともあるようだが、『ソルマリ』ではおもに高菜とマスタードの葉。これを戻してタマネギ、トマト、ピーナッツ、それにレモン汁などでサラダ風に仕上げている。
こうして出されるメニューはどれも家庭料理で、
「うちの料理とまったく同じにしてあるんです。子供たちもここで食べさせることもあるくらいで」
なんてカマナさんは言う。そしてチベット発祥の蒸し餃子モモはいまやネパールの国民食で豊富なバラエティがあるが、今日は「エベレストモモ」をオーダー。ごまだれにピーナッツやコリアンダーの葉、ニンニクなどを混ぜたスープに浸してあって、爽やかな辛みが楽しい。
締めのメシものはやっぱりネパール定食ダルバート……と思ったが、それではありきたりなのでバート(米)をファパルコロティに変えたセットにしてみた。そば粉をひいて焼き上げたパンケーキと言おうか、サクッとした食感がいい。ダル(豆のカレー)にも合うし、じゃがいもを炒め煮したタルカリや、スパイス風味の漬け物アチャールをのっけてもおいしい。素朴な山里の息吹がひと皿に詰め込まれているようで、日本人にも食べやすい味ではないかと思うのだ。
ネパール人の生活必需品がなんでも揃う街
「新大久保はネパール人にとってハブみたいな場所なんですよ」
カマナさんは話す。この街には南アジアの食材を売る店が軒を連ね、ネパールスタイルのアクセサリーやサリーのショップもあれば、ネパール人が経営する美容院もある。故郷にお金を送るための国際送金会社もあるし、ネパール語の新聞もあちこちの店に置かれている。ネパール人のビザを専門に扱う行政書士の事務所もある。カマナさんは近くにあるネパール人学校のプレスクールに子供を通わせている。
まさに「リトル・カトマンズ」といった様相だが、新大久保にネパール人が急増したのは2010年代のこと。それ以前、コミュニティーは品川区の西小山や戸越銀座、それに大田区の蒲田にあったそうだ。
一方で新大久保には1990年代から南アジア系の食材店が増えつつある中、ネパール人経営の『バラヒフード&スパイス』も2008年にオープン。さらにネパール語新聞の編集部も西小山から移転してくる。これらのきっかけに加え、山手線が通り交通至便で、日本語学校が林立し留学生が多く、新宿がすぐそばで外国人が働ける職場がたくさんあることを背景に、新大久保のネパール化が進んだのだ。
2015年にオープンした『ソルマリ』は、「集まる場所」としてコミュニティーを支えてきた。訪れてみれば、異国で暮らすネパール人たちのパーティーの様子を見られるかもしれない。
『ソルマリ』店舗詳細
ソルマリ
住所:東京都新宿区百人町2-20-23/営業時間:11:00~23:30/定休日:無/アクセス:JR総武線大久保駅またはJR山手線新大久保駅から徒歩3分
取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2024年6月号より
室橋裕和
ライター
1974年生まれ。新大久保在住。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発の日本語情報誌に在籍し、10年にわたりタイや周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。おもな著書は『ルポ新大久保』(辰巳出版)、『日本の異国』(晶文社)、『カレー移民の謎』(集英社新書)。