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五木寛之さんの読書法――「古典」との付き合い方とは【人生のレシピ】

NHK出版デジタルマガジン

五木寛之さんの読書法――「古典」との付き合い方とは【人生のレシピ】

五木寛之さんが語る、古典の読み方、楽しみ方

作家・五木寛之さんによる「人生のレシピ」は、誰もが百歳以上まで生きるかもしれない時代に、新しい生き方を見つけるための道案内となるシリーズです。

刊行開始1周年、NHK「ラジオ深夜便」での語りを再現して贈る、累計12万部超えの人気シリーズの第7弾は『本を友とする生き方』(2024年1月刊)。

小説はもちろん、歴史、エッセイ、音楽、車、鍼灸に関するものなどなど、少年時代から続けてきた「ごった煮読書」が、作家としての自身の仕事ぶりを形成したと語る五木さん。今回は本書より、よく分からないと敬遠されがちな「古典」との付き合い方についての語りをご紹介します。

現代で古典とされているものは、


当時は時代の先端をいく作品でした

――五木さんの著書などを拝見すると、日本の古典にも関心が深くて、それを現代につなげてくださっていると感心するときがあります。

五木 今、古典として私たちの手元に残っているものは、その当時の時代の中で、最も注目されて、大きな影響を与えた作品です。それが古典として残ったわけですから、その場、その時という、当時の人の感覚になって読むことが大事だと思います。

 今残っているもの以外に、埋もれてしまって、今では忘れられてしまったものも、きっとたくさん、山ほどあったと思うのです。その中で、いろいろな事情を経て奇跡的に残ったものが、古典として今あるわけですよね。

 その当時の読者が「本当にそうだ」と共感し、快哉(かいさい)を叫んだ作品が、古典として生きて残っているということを考えると、その当時の人間の気持ちになって読むということが、すごく大事だと思いますね。

――当時の人の気持ちになって、ですか?

五木 はい。私は、古典には若いうちから教養としてひととおり目を通してきましたが、しかしその味がわかる、「本当にそのとおりだ」と納得できたのは、年齢がある程度に達してからかもしれません。

 ですから、十代のころにお勉強として読んでいた古典が、時を経て「なるほど、あのとき一所懸命暗記したことはこういうことだったのか」と腑に落ちるんです。ですから、古典がわからないうちから、義務のように読む必要はないでしょう。

 もしも若いうちに、何百年の生命を持っている古典と言われる本を読んで、ちっともおもしろくない、感動しないと思っても、「自分は古典のよさをわからない」などと決めつけずに、「これは昔の人が感動して読んだものなんだ。やがて自分も年を経ていけば、身近に感じられるようになる」と考えることをおすすめしたいと思います。

――古典というと、教科書にも出てくるような、清少納言の『枕草子』、鴨長明の『方丈記』、吉田兼好の『徒然草』などが最初に思い浮かびますね。

五木 たとえば鴨長明は山林の中に小庵を構え、隠遁しながら『方丈記』を書きました。隠遁というと、まるで「世捨て人」のようなイメージがありますが、平安中期から末期にかけて、知識人や貴族、つまりインテリとされている人々の間で、隠遁は流行だったのです。

 朝廷で役人として務めていれば、それはもう現代と同じで、いろんなことがあるわけです。その中で、山奥で世間と没交渉、川のせせらぎを友とし自分の読みたい本を読む。そんな暮らしに憧れはするけれど、みな朝廷の役人として勤めるなど役割があるわけで、実現できるのは流行の先端にいたエリートだけ。彼らからすれば決して世捨て人などではなかったのです。

 そう考えると、『方丈記』もちょっと違って見えてくるのではないでしょうか。

――たしかに、『方丈記』が全然違う表情に見えてきますね。

五木 じじつ、長明は時代の動きにも高い関心を持っていました。京都で大きな災害や乱があると出かけていって、その様子をドキュメント風に記録しています。

 平安末期から鎌倉時代にかけては、京都では疫病が流行ったり、辻風、地震、火災、内戦、飢餓、凶作などが繰り返し襲った時代です。そういうことがあるたびに京都の町へ出ていってはその目で確かめ、鴨川の河原には死体が山積みになっていたとか、事細かく記録している。決して浮世離れしている人ではなく、時代に敏感な当時の現代人だったと言えるでしょう。

 もし長明が今の時代に生きていれば、昨今のウクライナ情勢やコロナ禍か 、世界規模でのインフレなど、夢中で書いていたかもしれません。

 吉田兼好の『徒然草』にしても、こんな話が記憶に残っています。「ある大金持ちがいうには――」というくだりです。「ある大金持ちがいうには、裕福になりたいなら、世の中は永遠に変わらないと信じ、一寸先は闇だなどと考えてはいけない」というような内容が書かれています。

 つまり、「今の状況がずっと続いていくはずだと心に決めてかからなければ、事業で成功することはできない」ということで、確かにそのとおりでしょう。明日はこの世の中がひっくり返るかもしれない、革命が起きるかもしれない、天変地異ですべてが倒壊するかもしれないなどと考えていたら、長期の事業計画など立てられるはずもありません。

 古典の随筆集というと、まるで俗事から離れた孤高の人が書いたように思うかもしれませんが、長明にしろ兼好にしろ、決してそうではなかったのです。現代で古典とされているものは、むしろ当時は時代の先端をいく、現代的な作品だったという意識をもって読むべきでしょう。骨董品を見るような感覚で読むのは違うと思うのです。

―――
本書『本を友とする生き方』では、五木さんが本を通じて得たものや、その楽しみ方を、
「ごった煮読書のすすめ」
「古典の読み方、楽しみ方」
「活字文化は消えてしまうのか」
「作家として『書く』ということ」
「忘れえぬ三人の作家 ――松本清張、司馬遼太郎、井上ひさし」
「本を友としてさびしさを癒す」
という全6回のテーマでお届けし、人生をより楽しむためのヒントとしていきます。

■『教養・文化シリーズ 人生のレシピ 本を友とする生き方』(五木寛之著)より抜粋
■書籍に掲載の脚注、図版、写真、ルビ、凡例などは、記事から割愛している場合があります。

著者

五木寛之(いつき・ひろゆき)
作家。1932年、福岡県生まれ。朝鮮半島で幼少期を送り、引き揚げ後、52年に上京して早稲田大学文学部露文科に入学。57年に中退後、編集者、ルポライターなどを経て、66年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、67年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、76年『青春の門 筑豊篇』ほかで吉川英治文学賞、2010年『親鸞』で毎日出版文化賞特別賞など受賞多数。ほかの代表作に『風の王国』『大河の一滴』『蓮如』『下山の思想』『百寺巡礼』『生きるヒント』『孤独のすすめ』など。日本芸術院会員。
※著者略歴は全て刊行当時の情報です。

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