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精神科通院医療×不動産会社「しろくま・メンタルクリニック」。精神障害の治療に住まいの視点を取り入れた現場をレポート

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約20人に1人―身近な精神疾患とそこに起こる「住まい」の問題に寄り添うメンタルクリニック

相鉄線二俣川駅から徒歩1分。クリニックは建物2階にあり、1階は直営のカフェとなっている

うつ病や摂食障害、不安症、統合失調症などの精神疾患は、がん・脳卒中・急性心筋梗塞・糖尿病と並んで“5大疾患”に含まれる“誰もがなりうる身近な病気”だ。

内閣府が発表する令和5年版障害者白書によると、精神障害者の数は推計614.8万人で、国民のおよそ20人に1人が罹患している計算だ。また、その内、入院患者数は約28.8万人、外来患者数は約586.1万人との調査結果が出ている。患者の多くが在宅でクリニックや病院へ通院する現状において、患者とその家族の大きな課題となっているのが、当事者を取り巻く住まいの問題だ。

賃貸での入居拒否、家賃保証会社の審査の通りづらさ、退院後に居場所がない、周辺住民とのご近所トラブル…等、当事者が直面する住まいの難しさはあまたある。
こうした精神障害者と住まいのさまざまな問題に、医師と、精神保健福祉士資格を持つ不動産会社代表とがタッグを組んで診療に臨む異色のメンタルクリニックがある。

横浜市にある「しろくま・メンタルクリニック」は2024年9月に開所されたメンタルクリニックだ。精神障害者とその家族を取り巻く住宅の問題について、しろくま・メンタルクリニック院長大熊麻起子氏、病院スタッフで「アオバ住宅社」代表の齋藤瞳氏に話を伺った。

「医療だけでは足りない」「医療とつながらないと」それぞれの想いが合致した開院

しろくま・メンタルクリニック院長の大熊氏(写真右)、不動産会社アオバ住宅社社長を務める傍ら精神保健福祉士としてクリニックに勤務する齋藤氏(写真左)

「医療面から精神障害者の住環境を捉えることは、非常に重要だと考えます」と大熊氏は語る。
氏が精神障害と住まいの問題に意識を向けたのは、自身の生い立ちや、勤務医時代に病院の精神科での社会的入院(※1)が長期化する患者を間近に見てきたことからだった。

大熊氏「退院後にご実家でケアしてもらえる方ならいいのですが、そうでない場合、精神疾患のある人を大家が受け入れないことでいつまでも退院できない、という人が増えているのです」

精神障害と住宅の両方に知見のある人と取り組むクリニックを開設したいと強く思っていた大熊氏は、アオバ住宅社の齋藤氏を特集したテレビ番組を偶然目にする。番組内での『毎日泣いてばっかり』という齋藤氏のコメントに、「この人は本気で立ち向かっている人だ」と感じ取り、コンタクトを取ったのが大きな起点となった。

齋藤氏が代表を務めるアオバ住宅社は、賃貸売買の仲介を中心に行う不動産会社だ。賃貸では、生活保護受給者・高齢者・DV被害者・障害者など、部屋探しに困難を抱える人々の仲介を、行政・福祉・医療と連携して手がけている実績がある。齋藤氏もまた、不動産業を営むなかで、精神障害の人の住み替えの難しさに直面し「医療とのつながりは不可欠だ」と感じていた。医療側とのパイプを作るため、社会福祉士の資格を取得。それでもなお、連携を築くことには苦労していたそうだ。

そこにかかってきたのが、大熊氏からの電話だった。
齋藤氏はそのときちょうど精神保健福祉士(以下、PSW※2)の資格試験を控えて勉強中だったとのこと。大熊氏は齋藤氏の合格を待って、齋藤氏をソーシャルワーカーとして迎え、晴れて「しろくま・メンタルクリニック」を開業することになった。

初診時に渡される精神障害者が利用できる制度の案内。「制度があるなんて知らなかった」と驚く患者も多いという
黒を基調とした1階の「アイスベアーカフェ」は足が不自由な人向けに診察室としても使われる相談室がある

クリニックでは、受付後にまずPSWの齋藤氏がカウンセリングを行う。患者がどういう状況にあり、今後どう暮らしていきたいか、どのようになりたいかをヒアリング。
そうして共有した患者の意志や希望にソフトランディングできるよう、医療面から大熊氏が治療を設定するのが、このクリニックの診療の特徴だ。
また、初診時に今後の診察の流れと併せて、精神障害に関わる各種制度についても説明しているという。

クリニック階下の「アイスベアーカフェ」は、不定期で精神疾患に関する勉強会を開催したり、患者と地域のつながりをつくるためにランチ会を開催している、また計画相談事業を行う特定相談支援事業所もある。
相談支援事業所があることで、患者が精神障害者の地域生活を送るうえで必要な福祉や行政との連携が取れるようにしているのだ。
しろくま・メンタルクリニックは、医療と相談支援、そして民間不動産の三本の柱で患者をワンストップで受け止めて支える仕組みで構成されている。

※1)社会的入院……医学的には退院してもよい状態にあるにもかかわらず、生活環境や社会資源の不足などによって入院し続ける状況。

※2)PSW……Psychiatric Social Workerの略。精神障害者とその家族の抱える生活問題や社会問題の解決のための援助、社会参加に向けての支援を行う専門職。国家資格。

“持ち家がある”が壁になることも。精神疾患をめぐる住まい確保の難しさ

大家へアプローチする際、行政側やかかりつけ医と連携してフォロー体制を整え、当事者の背景や支援側の情報と併せて手紙を書き、時間をかけて理解を得るよう心掛けているという

精神障害者と暮らしの問題を、医療と不動産業の2つの視点で見守る大熊氏と齋藤氏。これまでどういった事案に直面して、課題を感じているのか。クリニックで対応した経験をいくつか語ってくれた。

1つめの例は、急性一過性精神病性障害(突然精神病症状が現れ、短期間で回復する精神疾患)に罹患した一軒家に住んでいた方の話だ。
突発的な要因から精神疾患を発症。近隣住人に迷惑をかけるような行為があって措置入院(※3)し、大熊氏が受け持つことになった。
治療の甲斐あって経過もよく、再発の恐れもないと大熊氏が判断し、退院後は環境を変えて通院治療をすることを提案。それに伴い齋藤氏は生活保護申請を行うことにしたが、持ち家があるため法律上住宅扶助が受けられず、住み替えの困難から退院ができなくなってしまった。
一時外出の許可が下りて持ち家へ荷物整理をしに行ったところ、近隣から警戒の目を向けられてしまう。そこで初めて、当人も同じ家に住み続けることの難しさを実感したそうだ。

齋藤氏「この方は、本人の持ち分は1割、夫は9割でした。しかしその1割の持ち分があったがために『持ち家がある』と行政に判断されてしまいました。結局このときは、夫に持ち分1割を購入してもらい、“帰る家がない状態”として生活保護を受理してもらえました。新しい住まいは、空き家支援を行う不動産会社の仲間を頼って入居でき、今はクリニックに通院なさっています。行政の方は、『家があるなら、そこに帰ればいい』と平然と言うのです。ですが、場所があれば変わらず住み続けられるわけではありません。近隣からすれば、戻ってきてほしくない、というのが本音でしょう」

また別の例は、よくあるという精神障害者の家庭内トラブル、精神障害のある人が長く親の庇護下にあった家庭の事例だ。
きょうだいのうち1人に精神障害があり、長く親元で暮らしてきたが、高齢となった親が他界してしまう。障害のある子がその後も1人で住み続けるも、自活力に乏しかったため家はかなり荒れた状態だったそうだ。
そんな折、実家を相続した別のきょうだいが家の売却を決定。大手不動産会社との売買契約を結ぶも、実家住まいであった精神障害のある子には知らせていないうえ、転居先が決まらない。契約を結んだ不動産会社はあくまで売買についてのみで、当事者の住まいに関しては対応しないとのことだった。
退去期日が迫る中、「なんとかならないか」と齋藤氏の元を訪れた。

齋藤氏「先の暮らしのことを考えてから売却を検討してほしい、と切実に思います。非常に切羽詰まった状態になってから来られる方が多く、けれども精神障害の方の入居は難しい。保証会社は通らないですし、大家さんに理解していただくための丁寧な段取りも必要です。期限が決まっている状態では調整が難しいことも多く、仲介する側も困ってしまいます」

※3)措置入院……精神保健福祉法による入院形態のひとつ。警察などから通報があり保護された、自分や周りを傷つける恐れがある精神障害者を精神保健指定医2名が診察し、2名とも入院が必要だと判断した場合、都道府県知事の命令によって入院となる。

“患者のその先の暮らし”を考えるという発想の欠如が招く課題

「満床にしておくことを優先する病院もあり、退院をめぐってソーシャルワーカーともめたこともありました」との話も

症状によって生活に支障が出る一方で、社会との接点を保つことも治療として欠かせない、精神障害。“生活”と“社会”の要ともいえる“住まい”にも課題を抱えてしまうこの状況に関して、病院、役所、不動産会社のそれぞれが、“当事者の暮らし”への無理解と連携不足に起因している、と両氏は指摘する。
病院側は治療に注力し、役所側は住所地主義のため生活保護の利用を認めることができず、不動産会社は物件を扱うのみで、患者のその先を支える存在がいないのだ。

大熊氏「住まいがないと次に進まない、何もできない。その観点が病院、役所、不動産会社、そして国に抜け落ちているのが一番の問題だと感じています。住まいがなく次の治療ができないから、長期入院をせざるを得ない、ということになるのです。精神保健指定医の講習で厚生労働省から配られるテキストでも、患者の地域包括ケアシステムの構築には住まいを軸にして進めていこうと書かれていますが、実際は全く進んでいません」

齋藤氏「居住支援法人も増えてはいますが、主にNPOで、不動産会社の居住支援法人はまだ少なく、受け皿が乏しい状態です。にもかかわらず、相談件数自体はどんどん増えています。患者・福祉・医療と当事者が集まってカンファレンスをすればいいと思うのですが、そういうこともありません。連携がうまく図れていないと感じています」

また精神障害者当事者にも、自身の住まい探しへの認識の欠如があり、そこに課題があると苦言を呈する。

齋藤氏「当事者の中には、自分たちの部屋探しは楽だと思っている人も少なくありません。入居可能な物件を見つけること、保証会社をつけること、精神障害者の場合は本当に大変です。やっと用意した物件を提示しても、『思ってたのと違う』と一蹴されることもありました。そこに至るまでのやりとりにどれだけの労を要するか、思いを巡らせてほしいですね」

当事者それぞれに思惑があるものの、それらが結びつかない―精神障害者と住宅の関係の複雑さが垣間見える。

「不動産だけで動かすと破綻する」―医療・福祉と連携した“住まい支援”の必要性

“以心伝心”とも言えるように息の合った齋藤氏と大熊氏。「ただ治療をするだけが私たちのしたいことではない」と、患者の意思を聞くことを大切にしている

障害をもつ家族がいる家庭でよく取り沙汰されるのが、8050・9060問題だ。高齢の親が中高年の子の生活を支える状態で、親の衰えや病気による親子共倒れが懸念される。
先ほどの高齢の親が先立ってしまい、精神障害をもつ子が露頭に迷いかけた事例も、不動産と福祉的配慮を切り離して進めてしまったためだと齋藤氏は語る。

齋藤氏「不動産だけ別で進めると、“売ったあと破綻する”リスクが高まります。一括して任せてもらえば、医師やPSWといった支援者が生活設計を担保でき、適切な時期と方法で売却、売却後の資金管理や居住先の調整も含めて支援できるのです。また、売却しないほうが当事者にとっていい場合もあります。検討する前から当事者の暮らしをどうするのかを考えることで、多角的なアドバイスができると考えます」

当事者の意思がなおざりにされがちな事態に、不動産会社や不動産ポータルサイトができることはあるだろうか。

大熊氏「私たちは医療・福祉・不動産の一体体制なので、“この家をどうするか”から“売った後どう暮らすか”までを一括して支援できます。ポータルサイトにも、”一括で任せられる体制がある”ということを可視化していただければ、社会的に意味のあるマッチングが生まれると思います」

齋藤氏「誰彼構わず退院させてもいいとも思っていません。『どんな人も断りません!』という不動産会社も時折見かけますが、それで再び入院となってしまっては意味がない。その人にとって無理のない、合った暮らしがあると考えています。医療と福祉と不動産は、まったく違う領域と思われがちですが、でも実はとても近いところにあることを、不動産会社ももっと知るべきと思っています。部屋探しに入る前の最初の段階からPSWと医師、不動産会社が関わっていることで、自立できるかの見立てをきちんとし、その人にとっての最適解を導き出せると信じています」

大熊氏もまた、PSWと不動産会社の二足の草鞋を履く齋藤氏は特殊な例だと前置きしつつ、街の不動産会社・ソーシャルワーカー・医療の三者は連携できる、と断言していた。
受け皿が増えていくことで、当事者の住まいの選択肢も増えていくはずだ。

医療×福祉×不動産の一体体制実践に見る未来へのヒント

熊本の味覚が味わえる「アイスベアーカフェ」はラウンジとしても使われており、精神障害への啓蒙や医療・福祉に関するイベントを開催。志あるスタッフも現在募集中だ

「精神科医と不動産会社が組む私たちのやり方は、ブルーオーシャン(未開拓市場)。我々が成功例をつくって、追随する人を増やしたい」と大熊氏は今後の展望を語った。横でうなずきながら齋藤氏は「社会的養護下にある子どもたちの問題も課題として捉えており、今後取り組んでいきたいと考えています。やりたいことがいっぱいです」とほがらかでありながら、声色には力強さがにじんでいた。

精神疾患の治療は四本柱で行われるといわれ、第一に「休息」、次に「環境調整」、それに「薬物療法」と「精神療法」が続くそうだ。薬よりも大切な環境調整、そこに住宅は大きく関わっている。売却や転居は環境が大きく変化するため、患者に則した調整は肝要であり、回復の鍵を握るといっても過言ではないだろう。

住環境を調整し、そこに安心して住まいに移行できるよう支援する。医療・福祉・不動産会社がワンストップで対応できているからこそ、苦労はありつつも、わずか開業から9ヶ月間でしろくま・メンタルクリニックは着実に改善の実績を重ねている。

精神障害者と住宅の問題という大海原に、まるで灯台のように筋道を照らし始めた、しろくま・メンタルクリニック。これからの発展に期待したい。

今回お話を伺った方

左/大熊麻起子(おおくま・まきこ)
京都府出身。早稲田大学卒業後、京都大学文学部を再受験し入学。卒業後、同大学大学院文学研究科修士課程を修了。その後、熊本大学医学部医学科へ入学し、医師の道へ。卒業後は、精神科の勤務医として従事し、2024年8月1日に神奈川県横浜市に「しろくま・メンタルクリニック」を開院。開業医として診察を行う傍ら、熊本県内の病院で非常勤医師として従事している。

右/齋藤 瞳(さいとう・ひとみ)
千葉県出身。立教大学法学部で少年犯罪について研究。卒業後はさまざまな業種を転々としたのち、平成28年アオバ住宅社を開業。生活保護受給者・高齢者・DV被害者・障がい者など、部屋探しに困難を抱える人々の賃貸売買仲介を、行政・福祉・医療などと連携して多数手がけ、入居後の就労支援・見守り活動・交流会なども行う。宅地建物取引士・社会福祉士・精神保健福祉士の資格を有し、2024年8月から「しろくま・メンタルクリニック」にてソーシャルワーカーとしても活動する。

■しろくま・メンタルクリニック
https://shirokuma-group.com/

■しろくま・メンタルクリニック 院長note
https://note.com/shirokuma240901

■しろくま・メンタルクリニック 齋藤氏note
https://note.com/shirokuma_mental
■「障害者」の表記について
FRIENDLY DOORでは、障害者の方からのヒアリングを行う中で、「自身が持つ障害により社会参加の制限等を受けているので、『障がい者』とにごすのでなく、『障害者』と表記してほしい」という要望をいただきました。当事者の方々の思いに寄り添うとともに、当事者の方の社会参加を阻むさまざまな障害に真摯に向き合い、解決していくことを目指して、「障害者」という表記を使用しています。

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