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凍えるような寒さでも、韓国の若者たちはアイスアメリカーノを選ぶ【ことばで歩く韓国のいま】

NHK出版デジタルマガジン

凍えるような寒さでも、韓国の若者たちはアイスアメリカーノを選ぶ【ことばで歩く韓国のいま】

人気韓国ドラマ『梨泰院クラス』『涙の女王』などを手掛けた字幕翻訳家が、韓国のいまを伝えます

流行語、新語、造語、スラング、ネットミーム……人々の間で生き生きと交わされる言葉の数々は、その社会の姿をありのままに映す鏡です。

人気韓国ドラマ『梨泰院クラス』『涙の女王』などを手掛けた字幕翻訳家であり、新書『ドラマで読む韓国:なぜ主人公は復讐を遂げるのか』の著者でもある金光英実さんが、辞書には載っていない、けれども韓国では当たり前のように使われている言葉をひとつ取り上げ、その背景にある文化や慣習を紹介します。

今回は、「アイスアメリカーノ」についての一編をご紹介します。

※NHK出版公式note「本がひらく」より。

#1 オルジュガ(얼죽아)

 ソウルの冬は寒い。マイナス7度の寒さなど当たり前で、風が吹くと冷凍庫の中で嵐に巻き込まれたかのように冷たくなる。街ゆく人は厚手のコートに身を包み、マフラーで顔を覆いながら足早に歩く。「寒いね」「暖かい店内に早く入りたい」という声がちらほら聞こえてくる。

 そんな酷寒の中で目を引くのが、若者が手にしている氷入りのアイスアメリカーノだ。これほどの寒さのなか、なぜわざわざ冷たい飲み物を選ぶのだろうか。

 実は、この現象は「オロ ジュゴド アイス アメリカノ(얼어 죽어도 아이스 아메리카노)(凍えて死んでもアイスアメリカーノ)」、略して「オルジュガ(얼죽아)」と呼ばれる。冬でもアイスを選ぶ韓国人の嗜好とスタイルを象徴する言葉であり、その背景には韓国の若者文化や価値観が詰まっている。

 「オルジュガ」という言葉がはやりだしたのは10年くらい前からだ。当初は一部の若者に限定された流行のように思われていたが、いまやすっかり定着し、むしろホットコーヒーが少数派になっている。大手カフェチェーンのデータによると、韓国で販売されるコーヒーのうち、冷たい飲み物が占める割合は数年前から増え続け、現在では7割を超えているという。冬でも10杯中7〜8杯が「アイスアメリカーノ」というわけだ。

韓国カフェ文化が生んだ「アア」

 アイスアメリカーノがこれほど韓国で愛される背景には、韓国のカフェ文化がある。本格的なコーヒーが広まりはじめたのは1990年代後半から2000年代にかけてのことだ。私が96年に留学した頃は、「カフェ」ではなく「コーヒーショップ」と呼ばれる店が多く、コーヒーといえばインスタントや、風味だけ強くて味が薄いヘーゼルナッツが主流だった。

 当時、私たちが店を選ぶ基準は、コーヒーの味ではなかった。友人たちとおしゃべりしながら時を過ごせるふかふかのソファーがあるか、(まだ携帯電話が普及していなかった時代だからこそ)テーブルの上にかけ放題の有線電話が置かれているか、そんなささいなポイントが重要だった。

 1999年にスターバックスが韓国に進出すると状況は一変した。シアトル系カフェチェーンが次々に登場し、エスプレッソマシンで淹れる香り高いコーヒーとスタイリッシュなインテリアのカフェは都市部を中心に人気を集め、急速に広がっていった。現在、ソウルの街角に並ぶ無数のカフェは、コーヒーが現代韓国のライフスタイルに欠かせない存在になったことを物語っている。

 カフェのメニューのなかでも、アイスアメリカーノ(「アア(아아)」と略される)は圧倒的な定番だ。値段が手ごろで、学生や若者にとって手が届きやすい価格設定であることや、ホットではすぐにぬるくなってしまうのに対し、アイスなら冷たさを保ちながら長時間おいしく飲めることなどが人気の理由だろう。特に勉強や仕事の場としてカフェを利用する人にとって、この「長持ちする冷たさ」は大きな利点だ。

 そういえば、韓国文化には「以熱治熱(イヨルチヨル)(이열치열)」「以冷治冷(イネンチネン)(이냉치냉)」という独特の考え方がある。「熱をもって熱を治す」「冷をもって冷を治す」という意味だ。暑い夏に熱々の参鶏湯(サムゲタン)を食べ、寒い冬には暖かいオンドル(床暖房)の部屋で冷たい冷麺を楽しむ。寒い冬に冷たいアイスアメリカーノを飲む行動にも、この「以冷治冷」の感覚が反映されているのかもしれない。

SNS映えの「アクセサリー」

 韓国のカフェ文化は、SNSの影響を抜きには語れない。街じゅうにあふれるカフェの多くは、インテリアからメニューまで、どこを切り取っても写真映えするよう工夫されている。

 特に目を引くのが、透明なグラスやプラカップに入ったアイスアメリカーノだ。冷たい飲み物ならではの「おしゃれさ」や「洗練された雰囲気」が、自然と冬のコート姿にもマッチする。実際、アイスアメリカーノを手にした写真がSNSに投稿されるのを見て、「自分もやってみたい」と思う人も少なくないだろう。

 韓国の若者にとってSNSは個性やセンスを発信する大切な場。そのなかでアイスアメリカーノは「自分らしさ」を映し出すアクセサリーのような存在になっている。このような「映える文化」と、韓国独特のカフェ文化が交わって、「オルジュガ」族というトレンドが自然に広がったのかもしれない。

 では、本当にそれだけの理由でアイスアメリカーノを選んでいるのだろうか。30代後半の韓国人男性ノさんにLINEで話を聞いてみた。

 「ノさんはアア派? トゥア(ホット)派?」

 即座に「アア派」との答えが返ってきた。理由を尋ねると、「アイスアメリカーノは辛い料理を食べたあとにぴったりなんだよ。口の中がさっぱりするし、熱くないからさっと飲めるのもいい」と教えてくれた。

 確かに、辛い料理が好まれる韓国では、冷たい飲み物がそのあとの口直しに選ばれるのは自然なことだろう。特に若い男性の間では激辛料理が人気であることも、アイスアメリカーノの支持層を広げる要因になっているようだ。

 さらに最近の調査では、アイスアメリカーノの人気の理由として「カスタマイズのしやすさ」が挙げられている。シロップやトッピングで甘さを調整したり、ミルクを加えて自分好みの味を楽しめたりすることが、特に甘党の若者たちにウケている。冷たい飲み物は甘みを引き立て、苦味を和らげるため、「飲みやすさ」も魅力となっている。

日本と韓国、飲み物に見る文化の違い

 韓国と日本では、冬場の飲み物選びひとつを取っても、その背景にある文化や価値観の違いが浮かび上がってくる。韓国では「アイスアメリカーノ派」が主流なのに対し、日本では「ホットラテ派」が根強い人気を誇っている。この違いは、両国の人々が何を大切にしているかを如実に映し出している。

 日本では、飲み物選びに季節感が強く影響する。冬にはホットラテや抹茶ラテが人気で、夏にはアイスコーヒーやフラッペが主流になり、春になると桜ラテ、秋にはほうじ茶ラテといった季節限定メニューが登場する。「その季節にぴったりなものを楽しむ」という考え方が、日本の飲み物文化の特徴といえる。

 冬の寒い日、湯気が立ち上るカップを手にしたとき、ほっとする感じがする。湯気越しに見るカフェの落ち着いたインテリアや、手のひらを包むカップのぬくもり。こうした「温かさ」に癒やされるひとときが、日本のカフェ文化の醍醐味かもしれない。

 一方、韓国では「飲み物の温度は季節ではなく自分の好みで選ぶ」という考え方が浸透している。寒い冬にあえて冷たい飲み物を手にする姿は、「自分のスタイルを貫く」という信念の表れでもある。その自由さや個性を尊重する文化が、韓国の若者たちの行動に色濃く表れているのだ。

 飲み物ひとつを選ぶその瞬間にも、国ごとの価値観やライフスタイルが垣間見えるのは興味深い。何気ない日常の選択から、こんなにも異なる文化の一面が見えてくるのだ。

 フランスAFP通信は2024年1月、アイスアメリカーノを「冬でもホットよりもたくさん売れる韓国の非公式国家飲料」と表現した。確かにこの飲み物には、そのような特別な意味が込められているように思う。

 私ならどう表現するだろうかと考えてみた。「韓国人のソウルドリンク」という言葉はどうだろうか。首都ソウル「SEOUL」と心のよりどころを意味する「SOUL」を重ねたこの表現には、韓国らしさがぎゅっと詰まっているように感じる。

 冷たい飲み物を手に、寒さの中でも自分らしさを貫く姿は、韓国の若者文化そのものだ。アイスアメリカーノは、そんな情熱や自由を象徴する飲み物なのだろう。寒さを味方につけながら自分を表現する――その姿こそが、まさに韓国らしい「ソウルドリンク」のあり方なのかもしれない。

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※「本がひらく」での連載は、毎月10日と25日頃に更新予定です。

プロフィール

金光英実(かねみつ・ひでみ)
1971年生まれ。清泉女子大学卒業後、広告代理店勤務を経て韓国に渡る。以来、30年近くソウル在住。大手配信サイトで提供される人気話題作をはじめ、数多くのドラマ・映画の字幕翻訳を手掛ける。著書に『ためぐち韓国語』(四方田犬彦との共著、平凡社新書)、『いますぐ使える! 韓国語ネイティブ単語集』(「ヨンシル」名義、扶桑社)、『ドラマで読む韓国』(NHK出版新書)、訳書に『グッドライフ』(小学館)など。

タイトルデザイン:ウラシマ・リー
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