『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』5つのトリビア解説&メイキング映像解禁!「今年ベスト級」の声も挙がる話題作【全国上映中】
『サイドウェイ』で見事なコンビを見せたアレクサンダー・ペイン監督と名優ポール・ジアマッティが再びタッグを組んだ『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』が現在、全国の劇場で大評判を呼んでいる。
このたび、70年代のアメリカを舞台とする本作の貴重な撮影メイキング映像と、技術面から映画を紐解く「5つのトリビア」が解禁となったので紹介したい。
“置いてけぼり”な人々の交流を描いた感動作
1970年、ボストン近郊。名門バートン校の生徒たちは誰もが家族の待つ家に帰り、クリスマスと新年を過ごす。しかし、留まらざるを得ない者もいた。
生真面目で融通が利かず、生徒からも教師仲間からも嫌われている古代史の教師ハナム。勉強はできるが反抗的で家族に難ありの生徒アンガス。ベトナム戦争でひとり息子カーティスを失ったばかりの料理長メアリー。
雪に閉ざされた学校で、反発し合いながらも、孤独な彼らの魂は寄り添い合ってゆく――。
興収絶好調!「こういう映画が観たかった」と話題沸騰
全国54館で公開中の本作は平日でも満席になる劇場も多く、7月1日(月)までの11日間で興行収入5000万円を突破(観客動員数36799名/興行収入50666720円)。SNS上では「暫定今年ベスト1決定~文句なしの大傑作」「劇場内ではガッツリ笑いが起きていた」「こういう映画が観たかったんだよ…!」など、近年では珍しくなった”映画らしい映画”を劇場で観られる喜びを語る声が続出している。
アレクサンダー・ペイン監督が、日本でリメイクもされた『サイドウェイ』の主演ポール・ジアマッティと再タッグを組んだ本作。ゴールデングローブ賞で主演男優賞(ミュージカル・コメディ部門)を受賞したほか、本年度アカデミー賞助演女優賞受賞をはじめゴールデンクローブ賞ほか全米の映画賞を総なめにしたダヴァイン・ジョイ・ランドルフが、言葉ではなく表情や仕草で大切なひとり息子を失ったメアリーの孤独を体現。さらに新人のドミニク・セッサが家族との複雑な関係を繊細に演じ、強い印象を残している。
本作は1970年の冬が緻密に再現されており、実際にこの時代の映画を観ているかのように錯覚させるほど。ここでは、初めて解禁となった撮影メイキング映像と併せて、技術面から映画を紐解くトリビアの数々(※)を紹介したい。
「誰かのガレージに忘れられていた空き缶の中の映画のように」
アレクサンダー・ペイン監督は本作の舞台を1970年とした理由について、こう語る。
70年代というのは、政治や社会的な背景として興味深いものがあります。脚本を書く上でも背景としてベトナム戦争というものがあって、登場人物が徴兵されるという直接的な描写がなくても、映画が描く3人は戦争を含めてこの時代に起きていることの影響を受けるわけですから。
その上で、「1970年の映画を当時作ってるような気持ちで作ってみたら面白いものになると考えました」と明かすように、徹底したこだわりが発揮されることになったようだ。
「誰かのガレージに忘れられていた空き缶の中にあった映画のように見えることを目指しました」と語るのは、撮影監督のアイジル・ブリルド。カメラ操作、モノラルのサウンドトラック、タイトルカード、編集ツール、スタジオロゴなどに至るまで、1971年に公開された映画と見分けがつかないように作りこまれている。いくつかのポイントに分けて解説しよう。
▼冒頭で目を引く“レトロなロゴ”の狙い
映画の冒頭、目を引くのは映画製作会社「Focus Features(フォーカス・フィーチャーズ)」と「MIRAMAX(ミラマックス)」のレトロなロゴ。フォーカス・フィーチャーズは2002年、ミラマックスは1979年の設立で、1970年には存在しないため、両社のロゴが当時にあったとしたら……? とイメージして作成されたという。手掛けたのは、ペイン監督と『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!』(1999年)まで一緒に仕事をしてきたグラフィックデザイナーのネイト・カールソンだ。
カールソンは、アニメーション映画ロゴの変遷を調べ、ミラマックスのロゴは青い背景と黄色い文字の<ループ・アニメーション・スタイル>とした。このロゴデザインを気に入ったミラマックスは、昨年日本公開されたジェイソン・ステイサム主演の『オペレーション・フォーチュン』や「The Beekeeper(原題)』など、その後リリースされた作品のタイトルデザインにもこのロゴを採用することに。両社のロゴのジングルを手掛けたのは、本作の音楽担当マーク・オートンである。
なお、本作の本編のコピーライトは<© MCMLXXI All Rights Reserved>。<MCMLXXI>とはローマ数字で「1971」を意味し、映画のコピーライトは製作年が入ることが一般的だが、本作はコピーライトにまで遊びを取り入れている。
▼映像のかすかな揺れやノイズで“フィルム感”を
本作では、デジタル撮影素材をフィルムルックに近づける工夫も様々施された。本作のカラリストを務めたジョー・ゴーラーは、ひとつの例として「作品全体に、少しだけゲート・ウィーブ(揺れ)を加えています」と明かす。フィルムで撮影された映像のわずかな揺れや波打ちを再現するために35mmフィルムのサンプルをモデルにし、その模倣を行ったという。また、ハレーションやフィルムグレイン(ノイズ)も35mmフィルムのアルゴリズムを再現して取り込まれている。
▼監督が愛する70年代映画の手法も参考に
本作は場面転換時に、オーバーラップが多用されていることに気づいた人もいるだろう。編集のケヴィン・テントは、「これは『さらば冬のかもめ』(1973年)で多く使われている手法です。監督も私もこの作品が大好きで、本当に長くて美しいオーバーラップがあるんです。70年代の雰囲気を強化するためにこれを活用しました。長いオーバーラップには切なさと哀愁があり、終わったシーンの余韻を残しながらもゆっくりと新しいシーンに近づいていく。古い技法ではありますが、エレガントで詩的で心を落ち着かせますよね」と語っている。
▼70年代に“あったはず”の景色の再現
ペイン監督は、それぞれのロケ地が1970年当時どうなっていたかを再現することにもこだわった。VFXプロデューサーのマット・エイキーは「壁に現代のエアコンがあれば消して、古いものを追加しました。ハナムとアンガスがボストンに向かう高速道路のシーンでは、ボストンの街並みから新しい建物を取り除くだけでなく、“あったはずのもの”を追加しています」と語る。具体的な方法としてはアーカイブを探し、Googleアースの衛星画像を見ながら当時の様子のリサーチを行ったという。
▼実景とVFXをミックスした「雪」の描写
本作はボストン近郊の雪深い冬の光景も印象的だが、この雪には実景と、そうでないシーンがある。VFXスーパーバイザーのニコ・デル・ジュディチェは、「撮影本隊は可能な限り自然な形でカメラに収めようとしていたので、スタッフたちは毎日天気予報アプリを見て、雪が降るように願っていました」と振り返る。雪が降らなかった日は運んできた実際の雪を追加し、ホワイトバランスとライティングの参考にするため、白いポリスチレンシートをセットして撮影したそうだ。
――併せて解禁となったメイキング映像が捉えるのは、校庭から飛び立つヘリコプターをハナムとアンガスが見上げるシーンと、ふたりが病院に行くために訪れた町でのシーンの撮影風景。ふたりやスタッフの周囲にはところどころ溶けずに残った雪があるのみだが、映画では雪がびっしり積もったシーンへと変わり、こうした風景のために氷を砕いて作られた雪は総量200トンにも及ぶという。トリビアを踏まえて観れば、本作の製作背景が沁みてくだろう。
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』は全国公開中
(※参考:FILMMAKER magazine、AwardDaily、Variety)