器に一点集中。割烹の女将さんが手掛ける金継ぎ「ナヲシテツカウ」。
お気に入りの器を割ってしまったときの、なんともいえないやるせなさ。皆さんもきっと味わったことがあると思います。「仕方ない」と割り切ってすぐに手放すこともできず、かといって元の姿にも戻りません。そんなときの修繕方法のひとつが、金継ぎです。ずっと気になっていた金継ぎについて、「ナヲシテツカウ」の長谷川さんにお話を聞いてきました。長谷川さんが器の修繕に取り掛かり、手を動かした途端、そのすさまじい集中力に圧倒されました。神経を研ぎ澄ましているからか、作業中は呼吸も忘れているのだそうです。
ナヲシテツカウ
長谷川 加奈 Kana Hasegawa
1969年魚沼市生まれ。大学卒業後、家具の販売店に就職。その後、設計に興味を持ち住宅メーカーに転職。2級建築士の資格を持つ。2018年から「ナヲシテツカウ」の活動をスタート。ご主人は古町9番町「味處はせ川」の店主。ご自身は「はせ川」の女将でもある。夏目漱石の大ファン。現在は、鈴木牧之著「北越雪譜」に夢中。
料理店の女将、大切な器を割ってしまう。
――長谷川さんは、「味處はせ川」の女将さんでもいらっしゃるんですよね。
長谷川さん:結婚して、夫が営む古町の「味處はせ川」を手伝うようになりました。そこで、器をあまりに壊してしまいまして。夫は筋金入りの和食料理人で、今どきの器をあまり好まないというのに(苦笑)。「これは困った。なんとかしなくちゃ」と金継ぎを習いはじめたんです。
――あはは(笑)。お店の器をコツンとやってしまったんですね。
長谷川さん:歴代のスタッフでいちばんお皿を割ったのは、私だと思います(笑)。今も、お店のお皿の金継ぎに取り掛かっているところです。これはお造りを盛るのに使っている器で、大きさも色もいいし、夫いわく「最高なんだ」と。長く愛用しているので、修復した跡がいくつもあるんです。
――ほんとうですね。大切に使われていることがよくわかります。でも、「金継ぎすれば大丈夫」ってすぐに思い浮かばれたんですか?
長谷川さん:すぐにそうは思いませんでした。お客さまから「金継ぎ」という言葉が出たので、気にはなっていたんですけど、最初は石粉粘土を使って、しのいでいたんです。ところが、直した部分がポロッと取れちゃう。「これは本格的に勉強しないとダメだ」と思いはじめた頃、たまたまある漆芸家さんと出会い、金継ぎの基礎を教えていただいたんです。
――それから「ナヲシテツカウ」として、修繕のオーダーを受けるようになったんですか?
長谷川さん:最初は、お金をいただかずに「はせ川」の常連さんからの依頼を受けていたんです。でも「材料費がかかるだろうでしょう」というので、少しばかりいただくようになって。それからだんだんと「お小遣いもいただいていいのでしょうか」みたいな感じになっていきました。「ちゃんと仕上げなくちゃいけない」って、だいぶ鍛えられましたよ。
気になる金継ぎについて、プロに質問。
――金継ぎは、難しいと聞きます。実は私もキットの購入を考えたことがあるんですが、なかなかの値段でした。
長谷川さん:はじめたばかりの頃、私も金継ぎのキットを買いました。リーフレットに「簡単です」と書いてあるのに、やってみたらぜんぜんうまくいかないのね。そんなときに漆芸作家さんにお世話になりました。「やりたい、やりたい」と思っていると、出会いがあるものですよね。
――ズバリ聞きたいんですけど、やっぱり自力で金継ぎを習得するのは、難しいものですか?
長谷川さん:お料理でもなんでも同じでしょうけど、技術力って常日頃の蓄積だと思うんです。普段から料理をしているから、レシピを参考にするだけで美味しいご飯を作れるんですよね。それとは違って、金継ぎの場合は、ほとんどの人が未経験。きっと、うまくいかなくてもどこが悪いかよくわからないと思いますよ。しかも器には作家さんごとの「つくり」があるので、欠けた箇所ひとつ直すにもポイントはそれぞれです。「また修復が必要になってもいいから、ひとまず仕上げてみる」「見た目は気にしない」というのでよければ、市販のキットでも十分かもしれません。ただ「ずっと使い続けたい」「思い出の品をきれいに仕上げたい」となると、難しいかもしれませんね。
――そうですか……自分で金継ぎをすることに対して、あきらめがつきました(笑)
長谷川さん:例えばですね、「楽茶碗」ってご存知ですか? 大変手の込んだ作り方がされている器なんですが、とても柔らかいんです。こういう素材としっかり釉薬がかかっている器とでは、直し方がぜんぜん違うんですよ。漆が器に染み込みやすい素材の場合は、特に神経を使います。漆が余計なところにつくとすぐに汚れになっちゃうから。
器と自分だけの世界みたい。静かに集中する、ひととき。
――各地からいろいろな依頼がくると思います。印象に残っている依頼はありますか?
長谷川さん:お子さんが卒園する際に絵付けをしたお茶碗、お嬢さんがご結婚されたときの引き出物など、たくさんあります。引き出物の器は、披露宴のナプキンだろうなっていう素敵な布に包まれていて。大事にされていたことが伝わってきますよね。
――金継ぎって不思議な魅力がありますよね。直した箇所もいい味になって。
長谷川さん:私の愛用茶碗は、20代後半に赤道のイトーヨーカドーで「買おうかな、どうしようかな」って迷った挙句に、色に惹かれて買ったものです。それをずっと使っています。しょうっちゅう直して、「直しては欠け」しているんですけど、ここまでくると戦友みたいな存在です。「こいつと生涯を共にするぞ。これから先もよろしくね」って(笑)。そう思える器があるって、いいものですよ。
――器には思い出がセットになっていますね。
長谷川さん:「これ、どうするの?!」っていうくらい、粉々になっている器の修繕依頼もありますよ。ヒビが入ったせいで中身が漏れてきちゃうから、それを直して欲しいという依頼があっても、ヒビの特定ができない、土が荒いという理由で、「漏れ」を止められないケースもあります。金継ぎですべて直せるかというと、そうではなく、できないこともあるんです。
――直さなくちゃいけないっていう、プレッシャーみたいなものは感じませんか?
長谷川さん:それはもちろん、感じます。金継ぎをはじめたばかりの頃、「自分には難しいかもな」っていう依頼も「頑張ります」なんて、引き受けちゃって。夜になると、大波が押し寄せてくる断崖絶壁に腰かけている夢を見たものです(笑)
――作業されるときって、どんな気持ちなんですか? 「納得いくまでやるぞ」みたいな感じでしょうか。
長谷川さん:納得いくまで作業するのは、当然です。絶対そうします。「漆の艶ってやっぱりいいな」って、うっとりするまできれいに仕上げます。ときには想定以上に時間と手間がかかるんですけど、それでもやっぱり好きなんですよね。どっぷりハマれる存在なんです、金継ぎは。「器と私だけの世界」って感覚になるから、瞑想しているみたいなものかしら(笑)
――集中力が必要そうですよね。
長谷川さん:全神経を使うので、長時間作業すると体調を崩すんです。だから作業時間に制限を持たせていますし、太極拳やスクワット、散歩も欠かしません。5時に目覚めて、朝の静かな時間に集中して金継ぎをすることがとても幸せなんですよ。
――近々、「ナヲシテツカウ」の相談会があるそうですね。
長谷川さん:新潟絵屋(中央区上大川前通10番町1864)にて、3月30日(日)、4月30日(水)、5月1日(木)に「器のお直し相談会」を開催します。割れ、欠け、ひびなどを直したいと迷っている方は、器を持参の上、お越しください。
ナヲシテツカウ
<器のお直し相談会>
会場:新潟絵屋(中央区上大川前通10番町1864)
日時:3月30日(日) 10:00~18:00
4月30日(水)、5月1日(木) 10:00~15:00
予約不要。器持参の上、来場ください。