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見る人を幸せにする?ラウル・デュフィ、光と色彩の画家

イロハニアート

眺めているだけで、心がふっと明るくなる──。 ラウル・デュフィ(Raoul Dufy, 1877-1953)の絵には、そんな不思議な力があります。 港町の風景、レース場の観客、青い海と空……。デュフィが描く世界は、まるで光が踊り、色彩が歌っているかのようです。 20世紀前半のフランスで活躍し、フォーヴィスムの鮮烈な色を受け継ぎながら、独自の軽やかな表現を確立した画家、デュフィ。彼が今も世界中で愛されるのは、単なる美しい風景を超えて、"見る人を幸せにする絵"を描き続けたからかもしれません。

Raoul dufy, corse a epsom, 1934 ca

Public domain, via Wikimedia Commons.

色彩と幸福を描いた人生


Raoul Dufy, portrait photograph

Public domain, via Wikimedia Commons.

1877年6月3日、ラウル・デュフィはフランス北西部ノルマンディー地方、港町ル・アーヴルに生まれました。9人兄弟の7番目。帆船が行き交う港の風景は、幼いデュフィの心に強く刻まれ、のちの作品にも繰り返し描かれるテーマになります。

14歳で家計を助けるためにコーヒー輸入会社に就職。昼は働き、夜は絵を学ぶという日々が続きます。16歳になると、夜間の時間を使ってル・アーヴルの美術学校に通い始め、基礎を身につけていきました。

1900年、奨学金を得てパリ国立美術学校(エコール・デ・ボザール)へ進学。ここでジョルジュ・ブラックと親交を深め、アンリ・マティスやアンドレ・ドランらの作品に触れ、フォーヴィスムの鮮烈な色彩に衝撃を受けます。

初期の作品には、彼らの影響が色濃く表れていますが、やがてデュフィは自分らしい軽やかで装飾的なスタイルを模索し始めます。

1914年、第一次世界大戦が勃発。兵役に就いたデュフィは、創作を一時中断せざるを得ませんでした。しかし、この経験が戦後の作品に新たな深みをもたらします。

1920年代に入ると活動の幅が一気に広がります。油彩や水彩だけでなく、テキスタイルや舞台装置、陶器、家具など──アートを生活の中に取り入れる試みを次々と始めたのです。この時期の挑戦が、のちに「画家でありデザイナー」と評されるデュフィの基盤となりました。

そして1937年、パリ万国博覧会で依頼を受けた巨大壁画《電気の精》が完成。縦10メートル、横60メートルというスケールで描かれたこの大作は、デュフィを国際的な名声へと押し上げました。

1930年代後半からは関節リウマチに苦しめられながらも制作を続け、1953年、南仏フォルカリエで76歳の生涯を閉じます。そのキャンバスには最後まで、光と色、そして"幸福"が描かれていました。

デュフィを語るなら、この作品《電気の精》


パリ万国博覧会の「光と電気のパビリオン」のために、ラウル・デュフィは一枚の巨大壁画を任されました。
その名も《電気の精(La Fée Électricité)》──。縦10メートル、横60メートル、250枚のパネルを組み合わせて描かれた超大作です。

Raoul dufy, la fata elettricità, 1937, 03

Public domain, via Wikimedia Commons.

画面いっぱいに広がるのは、電気の歴史と未来の物語。ベンジャミン・フランクリンやエジソンといった科学者たち108名が並び、稲妻や送電線が走り、空には電気の精が舞い降ります。

描きこまれた人物は史実に忠実でありながら、デュフィらしい軽やかな筆づかいと、鮮やかで装飾的な色彩に包まれ、壮大なテーマにもかかわらず観る人の心を明るく解きほぐします。

完成当時、この壁画は会場の目玉として大きな話題を呼び、「ピカソの《ゲルニカ》よりも長い列ができた」と言われるほど多くの観客を魅了しました。技術革新を賛美するだけでなく、科学を先達の歴史とロマンとして描ききったことが、観る人々に未来への希望を感じさせたのです。

現在、《電気の精》はパリ市立近代美術館に収蔵されています。今も訪れる人々の前で、色と線が踊り続け、80年以上前のあの日と変わらぬまま「電気」という近代の夢を語りかけています。

ラウル・デュフィを語るとき、必ずこの作品に行き着く理由は明快です。それは、彼が生涯描き続けた「光」「色彩」、そして「幸福」というテーマが、この一枚にすべて詰め込まれているからなのでしょう。

生きる喜びを描くために ── デュフィの技法


ラウル・デュフィの絵を眺めていると、不思議な明るさと軽やかさが伝わってきます。それは、彼が「人生は美しい」「生きる喜び」という思いを絵に込めるために、独自の技法を築いたからでしょう。

1. 色を重ね、光を透かす


デュフィは油彩を使いながらも、水彩のような透明感を求めました。厚く塗り固めるのではなく、薄い絵具を何度も重ね、下地の白をほんのり残す。

そうすることで、絵の中に空気や光が入り込み、まるでキャンバスが光を透かしているかのような明るさが生まれます。

2. 線を"後から"置き、絵を動かす


背景の色を塗り終えたあと、人物や建物、船の輪郭を黒い線でさらりと描く。これがデュフィの代名詞ともいえる手法です。

線は素早く、ためらいなく引かれ、まるで踊るように画面を駆けめぐります。静止した風景や人物に動きが宿り、見る人の心まで弾むようなリズムが生まれるのです。

3. 日常を"デザイン"として描く


デュフィはテキスタイル(布地)デザインの仕事もしていたため、花や葉、家具や装飾品を模様として配置する感覚を持っていました。

何気ない日常のモチーフが、キャンバスの上でデザインのように並ぶことで、まるで特別な日の祝祭のように華やかに見えてきます。そこには、「暮らしの中にある美」という彼のまなざしが宿っていました。

Raoul Dufy Eglise de Quillebeuf

Public domain, via Wikimedia Commons.

Paddock at Deauville by Raoul Dufy, 1930

Public domain, via Wikimedia Commons.

Raoul Dufy Bouquet de fleurs à la chaise

Public domain, via Wikimedia Commons.

デュフィの技法は、色と線を分け、それぞれに役割を与え、響き合わせること。だからこそ、彼の絵には光が透けるような明るさと、心を弾ませるリズムが同時に流れています。

それはまるで、彼自身が人生を信じ、喜びを見出そうとした証のようです。

絵から布へ ── デザイナーとしてのデュフィ


ラウル・デュフィの創作は、キャンバスの上だけにとどまりませんでした。1912年から1928年にかけて、彼はリヨンの名門シルクメーカー「ビアンキーニ=フェリエ社」でデザイナーとして、テキスタイルのデザインを手がけます。

花や葉、幾何学的なモチーフを描いたデュフィのデザインは、生地として仕立てられ、当時のパリのファッション界で話題になりました。彼の図案から生まれたシルクは、夏用のドレスやスカーフなどに仕立てられ、パリのエレガンスを象徴する存在になったのです。

ファッション誌 『Gazette du Bon Ton』には、1920年の夏のドレスのためにデュフィが描いたデザイン画が掲載されています。

そこには、流行に敏感な眼差しと、軽やかな線と色彩で装いを提案するデザイナーとしてのデュフィの姿があります。

Gazette du Bon Ton, 1920 - No. 4, Pl. 21-24 Robes pour l'été 1920, RP-P-2009-1945-9

Public domain, via Wikimedia Commons.

この経験は、ファッションの世界にとどまらず、デュフィの絵画にも大きな影響を与えました。装飾的な構図、パターンの感覚、そして「日常を楽しく彩る」という発想──

布地をデザインしたときの感覚が、キャンバスの上でも生かされ、画家デュフィをより自由で、開かれた存在にしていったのです。

ビアンキーニ=フェリエ社との協業は、デュフィを20世紀を代表する生地デザイナーの一人として位置づけるものでもありました。彼の色彩は、絵画から布地、そしてドレスへ──時代を超えて、人々の生活を軽やかに彩り続けたのです。

デュフィが残したもの ── 色彩と幸福のメッセージ


ラウル・デュフィの絵を眺めていると、色と線が軽やかに響き合い、絵の中に小さな音楽が流れているように感じます。明るいブルーや軽やかなピンク、さらりと走る線──その一つひとつが、見る人の心をゆるめ、日常を少し明るくしてくれます。

けれど、その絵の裏側にあるデュフィの人生は、決して順風満帆ではありませんでした。若くして家計を助けるために働き、戦争を経験し、晩年は関節リウマチに苦しみました。

それでも彼は筆を置かず、あえて明るい色を選び、楽しげな世界を描き続けました。

デュフィは言葉にはしませんでしたが、作品のすべてが「芸術は楽しみであるべきだ」という信念を物語っています。それは、ただ現実を忘れさせるための楽しい絵ではなく、困難の中にも喜びを見出そうとする強いまなざしでした。

いま私たちがデュフィの絵を美術館で見るとき、それは過去の名画をただ眺めることではありません。「世界を、もっと軽やかに見てもいいんだよ」という、時代を超えたメッセージを受け取る機会なのではないでしょうか。

キャンバスに残された線と色は、今もなお私たちに静かに語りかけます。

「世界は、こんなにも明るく見える」と──。

その声に耳を傾けたあと、外の景色を見たとき、ほんの少しだけ、日常の中にある小さな光や色彩に気づけるような気がします。

Raoul dufy, henley, regate a vela, 1935-52, 01

Public domain, via Wikimedia Commons.

デュフィを訪ねて ── 国内外の美術館で出会える作品たち


ラウル・デュフィの作品を常設している美術館をご紹介します。

国内では、箱根のポーラ美術館が代表的な拠点。彼の軽やかな筆致と明るい世界観が感じられる作品が常設されています。

海外では、パリ市立近代美術館に所蔵された巨大壁画《電気の精》は、デュフィの名声と時代性を象徴します。

アメリカのナショナル・ギャラリー・オブ・アートには、《Regatta at Cowes》《Music and the Pink Violin》《Harbor Scene》などが所蔵され、試合や音楽を描いた作品でデュフィの多彩な表現を見ることができます。

お出かけの際は、事前に最新の美術館情報をご確認ください。

◆日本
ポーラ美術館(箱根)
所蔵作品の一例:《Racecourse at Deauville》、《Bathers in the Port of Sainte‑Adresse》 など、国内で比較的まとまったデュフィ作品を常設展示。
開館時間:毎日 9:00 〜 17:00(最終入館 16:30)
Pola美術館コレクションページ

◆海外
パリ市立近代美術館(MAM Paris/Musée d’Art Moderne de Paris)
所蔵作品:《La Fée Électricité(電気の精)》 を常設展示。近代アートの象徴的作品として高く評価されています。
開館時間:火~日 10:00 〜 18:00(木曜日は展覧会のみ21:30まで)。月曜定休。年末年始休館。

国立美術館(ナショナル・ギャラリー・オブ・アート/ワシントンDC)
所蔵作品の一例:《Regatta at Cowes》、《Music and the Pink Violin》、《Harbor Scene》 等、多様な技法と主題の作品を常設で所蔵。
開館時間:毎日 10:00 〜 17:00、入館無料。

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