飯島真理「愛・おぼえていますか」時代はまだまだアニソンに対する偏見に満ちていた!
飯島真理、最大のヒット曲「愛・おぼえていますか」
飯島真理の「愛・おぼえていますか」が発表されたのは1984年6月5日だから、2024年で40周年になる。山下達郎の名曲「クリスマス・イブ」の初出が1983年だったように、40年という月日を超えて多くの人に愛されている曲は他にもある。けれど、「愛・おぼえていますか」はまた違う意味で、日本のポップミュージック史に記憶されるべき曲だ。
同曲はアニメ映画『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』の主題歌であり、飯島真理にとっても最大のヒット曲となった。彼女はピアニストを目指し国立音楽大学に進学していたが、在学中にシンガーソングライターとして活動をはじめ、デビューも決まっていた。そんな時にレコード会社スタッフの勧めもあって、テレビアニメ『超時空要塞マクロス』(1982年)のオーディションを受け、リン・ミンメイという歌手の声優を務めることとなり、劇中歌も歌った。
飯島真理のリン・ミンメイは好評を博し、映画版『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』でも彼女はリン・ミンメイの声を担当し、主題歌である「愛・おぼえていますか」も歌うことになり、ヒットを記録した。しかし、それは必ずしも喜ばしい話だけではなかった。
映画ときわめて密接な関係をもっていた「愛・おぼえていますか」
飯島真理は1983年4月にシングル「夢色のスプーン」でデビュー。この曲はNHKのアニメ作品『スプーンおばさん』のエンディングテーマということもあり、作詞:松本隆、作曲:筒美京平による楽曲だったが、同年9月には全曲自作のアルバム『Rosē』を坂本龍一のプロデュースによりリリース。さらに、1984年3月には、全曲自作のセカンドアルバム『blanche』を吉田美奈子のプロデュースで発表し、サウンド指向の強いシンガーソングライターとしてキャリアをスタートさせていた。
そんなタイミングで登場した「愛・おぼえていますか」は、彼女のキャリアにとっては異物と見ることもできる作品だった。楽曲自体が『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』の重要なキーポイントとしてつくられていて、映画ときわめて密接な関係をもっていること。そして楽曲を手掛けたのが、竹内まりやの「不思議なピーチパイ」(1980年)などをヒットさせていた安井かずみ・加藤和彦のコンビだったことを考えると、これはシンガーソングライター飯島真理の作品というよりも、リン・ミンメイを演じた声優としての作品という色合いが強いものだった。
今から考えれば、「愛・おぼえていますか」をリン・ミンメイなどの別名でリリースしていれば、彼女のキャリアにとって大きな障害にはならなかったのかもしれない。けれど、この曲がヒットしたことで飯島真理はアニソン歌手としてアイドル的人気を得ることとなり、彼女にそうした路線を求める声も大きくなっていった。
しかし、飯島真理はシンガーソングライターとしての道を進むことを選択し、『マクロス』シリーズなどアニメの世界とは距離を置くことになる。
壮大な遠回り、飯島真理の葛藤とは?
その後の飯島真理は、彼女ならではのフェミニンな情感を、洗練されたアメリカンテイストのサウンドにのせた作品を発表していき、1990年代には活動の拠点をロサンゼルスに移し、アメリカのトッププレイヤーたちと共演、クオリティの高い作品を生み出していく。こうした過程で彼女は、シンガーソングライターとしての志を貫くために、あえて「愛・おぼえていますか」と距離を置いていたのだ。
けれど、アメリカでも自らがかかわった『超時空要塞マクロス』という作品が認知されていることを知り、改めてリン・ミンメイというキャラクター、そして「愛・おぼえていますか」という楽曲と再び向き合うようになる。そして、この頃からこの曲の封印を解いて、自分でも歌うようになる。それは壮大な遠回りのようにも見える。けれど、それは1980年代に活動したアーティストの宿命だったのかもしれない。
「愛・おぼえていますか」だけでなく、井上大輔の「哀・戦士」(1981年)、森口博子の「水の星へ愛をこめて」(1985年)などの『機動戦士ガンダム』シリーズの主題歌など、楽曲として優れたアニソンは決して少なくはない。しかし、当時はアニソンに対してオタク向けの特殊なジャンルという偏見もあり、アイドルソングに対しても同じような目を向けられる風潮があった。
そういえば、森口博子もデビュー曲である「水の星へ愛を込めて」など、アニソン歌手としての活動とアーティストとしての活動のギャップに悩んだという話を本人から聞いたことがある。そんなエピソードも、どこかで飯島真理の葛藤に通じていたのではないかという気もする。今ならばアーティスト性とアイドル的人気を矛盾なく重ね合わせることにそれほど違和感は無いだろう。アニソンやアイドルソングに対する偏見も薄れ、実際に音楽的に優れたアニソンやアイドルソングが数多くあることが広く認知されてきているからだ。
話は逸れるが、アイドルソングに対する偏見をうち破ったのは森高千里だろう。アイドル的なビジュアルや親しみやすさとシンガーソングライターとして楽曲のクオリティをみごとに両立させてみせた彼女のパフォーマンスは、幅広い音楽ファンに受け入れられた。彼女をきっかけに、アイドルソングやアニソンがひとつの音楽ジャンルではなく、既成概念を超えたクリエイティビティを駆使してより魅力的な作品を生み出す可能性をもったフィールドだということが、しだいに理解されるようになっていったのではないだろうか。
飯島真理のフェミニンで透明な歌声
飯島真理もジャンルを超える可能性を持ったアーティストだった。シンガーソングライターとしてのゆるぎない意思と才能とともに、誰でも理屈抜きで惹きつけられてしまうようなフェミニンで透明な歌声に恵まれていた。彼女が『超時空要塞マクロス』のリン・ミンメイとして多くのアニメファンを虜にしたのも、その声の魅力の証明に他ならなかった。
そして、その後のシンガーソングライターとしての活動においても、この声のおかげで、彼女の音楽はどれほど音楽的に凝った仕掛けを施そうとも、聴き手の情感に素直に入ってくる聴きやすさを失わなかった。こうした天性の武器を十分に生かすには、1980年代の音楽環境はまだ十分に熟してはいなかったということかもしれない。
「愛・おぼえていますか」は、映画『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』のために書かれた曲だ。だから必然的に、この曲は映画と一体のものとして受け取られることが多い。しかし、この壮大なラブソングが今も多くの人に聴かれ、さらに歌い継がれているのは、加藤和彦のつくったこの曲が、シンガーの “声” が持つ情感の表現力を最大限に浮き上がらせる力を持っているからじゃないだろうか。
もちろん、この曲のオリジナルシンガーである飯島真理のテイクは文句なく魅力的なのだが、それとは別に僕にとって印象的だったのは、百田夏菜子(ももいろクローバーZ)が2021年10月に行った初のソロコンサートで「愛・おぼえていますか」を歌ったことだ。その声から、まさに時空を超えて伝わってきた豊かな情感に、改めてこの曲が持っていた底力を教えてもらった気がした。