ブラックSES、弱小情シス、税金未納のAIベンチャー。会社運ゼロのエンジニア・よんてんごPが「キャリアに後悔はない」と語るワケ
Xで8万人超のフォロワーを持つ現役エンジニア・よんてんごP(@yontengoP)。彼が発信する「情シス女子の社内バトル漫画」は、仕事上のあるあるがリアルに描写されており、多くのエンジニアから共感を集めている。
その創作の源泉となっているのは、彼自身が歩んできた壮絶すぎるキャリアだ。ブラックSES、社内改革の煽りを受けて営業職へ異動、フリーランスを経て転職したAIベンチャーで訴訟沙汰……。
だが彼は、心が折れるような理不尽な体験の数々を「これといった後悔はない」とあっけらかんと語る。IT業界の闇をいくつも経験しながら、なぜ彼は腐らず、全てを「ネタ」にして笑っていられるのだろうか。
エンジニア
よんてんごP(@yontengoP)
大学卒業後、教育業界での就業経験を経てIT業界へ転身。SES企業でシステム開発に数年従事した後、商社の情報システム部で勤務。その後、フリーランス、AIベンチャーを経由して、現在は再び企業の情シス部門に勤務する傍ら、副業でフリーランスとしても活動。自身のキャリアで得た知見や「ブラック企業」体験をSNSで発信し、多くのフォロワーを持つ。名前の由来は、過去に描いていた「4.5コマ漫画」から
目次
昼は常駐先の案件。夜は自社サービス開発で“サビ残”「立場が弱い情シス」に転職し、なぜか営業をさせられる日々会社勤めがイヤでフリーランスを選び、営業のありがたみを痛感AIベンチャーの光と闇。そして「住民税未納」地獄をネタにしてたら、自分だけの強みができた「嫌」の正体を見つけるまでは、辞めない方がいい
昼は常駐先の案件。夜は自社サービス開発で“サビ残”
ーー今日はよろしくお願いします。まずは、お名前の由来からお聞きしたいのですが……
どうも、よんてんごPです。
2ちゃんねるで漫画を描いてアップしてた時期があるんですけど、普通の四コマ漫画にちょっと小さい一コマを足してオチを付けるのが好きで。4コマ漫画+0.5コマのオチって意味で「4.5P」って名乗るようになりました。
ーーもともと漫画を描かれていたんですね。
そうですね。まあこれまでのキャリアでネタになることが結構多かったんで。
教育学部を卒業して新卒で塾業界に入ったんですけど、とにかく残業のオンパレードというか、まあ今でいうところの「超絶ブラック」ですよね。端的に言うと、そこで体壊しちゃったんです。
そこからSES企業に飛び込んで5~6年、企業の情シスを1年半、AIベンチャーとフリーランス時代を経て、今はまた別の会社で情シスをやってます。
ーーキャリアのスタートから波乱万丈ですね…。さっそくですが、最初の「地獄」はSES時代ですか?
そうっすね。その会社が、SESで常駐案件をやる傍ら、企業向けサービスも自社開発してたんですよ。夕方18時頃に常駐先が終わるじゃないですか? そしたら「自社サービスやりに帰ってこい」って……。
でも、上からは「残業はするな」と言われる。とはいえ仕事の内容的には、メンバー同士で直接話し合う必要があるから、みんなこっそり集まってやるわけです。会社にバレないように「イベント参加します?」「土日のイベントどうします?」みたいな隠語が流行ってました。
そうそう。ある休日に、こっそり社員と残業してたら、部長が来てしまって。勝手に土日に集まってたとなるとまずい、となって「やばい、隠れろ!」と。
ただ、僕の分だけ隠れ場所が無くて(笑)
結果、当時の上司に「キミはここに隠れて!」と掃除用ロッカーに詰め込まれたんですよ。「あー、おもろかった」と思ってSNSにポストしたんですけど、フォロワーはドン引きでした。
ーーまあ、それなりにひどい扱いをされてますからね……。
あとは、その会社が取ってくる案件は全部「なるべく短期のもので」「こういう分野だけで」みたいな注文がつくプロジェクトしか無かったんです。
短期間で案件がコロコロ変わるのはやっぱり大変ですし、そういった案件って「今すぐ誰でもいいから人が欲しい」ケースがほとんどなので結構キツかったですね。
今思えば、なかなかにハードなSESでした。新卒時代の塾業界よりは、一緒に頑張る仲間がいたので、心強かったですけど。
「立場が弱い情シス」に転職し、なぜか営業をさせられる日々
ーーその後、企業の情シスに転職したのは「働きやすさ」を求めてのこと?
ええ。新卒で入った塾業界でも身体を壊したのに、結局SESでも同じことになっちゃったんで、「もう少し働きやすい場所がいいな」と。
実際、転職した会社はめっちゃホワイトでしたよ。残業もほとんどないし、人間関係も良好。……なんですけど、そこも結局2年ちょっとで辞めました。
ーーなぜですか?
上場はしていないまでも結構規模の大きい会社で、日本各地に工場を持つような製造業系の商社だったんです。やっぱりそういう会社だと、「売り上げを立てる人が偉い」っていう文化が当然ある。
ですから、僕ら情シスが「野良エクセルやめてね」なんて言ったところで、「何を情シス風情が」って反応をされちゃう。
「よんてんごP君。それは現場を知らない人の戯言だよ」っていうおじさんがいたりして。「ですよね〜」って感じで引っ込めるみたいな。
ーー何でしょう。情シスあるあるというか……
ただ、転職の一番のきっかけは、情シスなのに「営業」として稼働させられたことです。
入社して1年くらい経った頃に「社内改革キャンペーン」みたいなのが始まって、「働き方を全社的に改革しよう!」となったんですね。
でも、実際のところはチームのトップが営業畑出身だから、社内改革というより「ガンガン売上を上げようぜ!」と話が進んでいき、最終目標が「3年で売上を200%にする」に決まって……。
僕としては「じゃあITで業務効率化を進めましょうか」と思っていたんですが、「違う、ITを駆使した新規サービスを考えて自分で売ってくるんだ。販売計画を立てて」と言われる始末。挙げ句の果てには「営業実績未達だ!」とか言う話になって。
そのとき心の中で「これはもう僕がしたい仕事の方向と、だいぶ違うな」と思いました。
会社勤めがイヤでフリーランスを選び、営業のありがたみを痛感
ーー2社続けて壮絶な経験をされて、次はフリーランスを選んだんですね。
「どうも自分には会社運がないのかもしれない」と感じ始めまして(笑) フリーで働いている知り合いを見て、「今までの経験を考えれば、フリーでもやっていけなくもないんじゃないか」と。
でもそれは幻想だった。
フリーで働いた人なら分かると思いますが、自由でバラ色の働き方なんて甘いものではないです。僕は会社員時代、「もう営業なんて二度とやりたくない」と思ってたんですが、フリーになって、営業のスゴさを改めて痛感しました。
会社員時代は、クライアントと何かトラブルがあっても、営業担当やPMが「緩衝材」になってくれる。それが、フリーランスだとない。クライアントの言葉をそのまま受け取って、全て自分で対処しなければならないですしね。
ーー特にキツかった案件ってどんなものですか?
ITですらないんですが、「会社紹介用の漫画制作」の仕事ですね。
詳細は出せないんですが、複数ページの割に、結構お安めな値段でした。何度かやり取りを重ねて納品し、ほっとしたのも束の間、発注元の担当者から連絡が来たんです。
「この漫画、動いてないんですけど?」って。
ーー……え?
一瞬、意味が分かりませんでした。
どうやらその方の中では、「漫画=アニメーション」のことだったようです。「ワンピースとかも漫画ですよね? あれは動いてますよね?」と言われたとき、本当に頭が真っ白になりました(笑)
結局、折衷案としてコマを切り出して動きをつけるスライド動画を自分で作ることに。小さいコマだと動画上でズームにした時に画質が下がるので、一部は描き直したりしてね。追加費用も貰えず、ひたすら「最初に『漫画とは何か?』を聞かなかった自分が悪いんだな……」と言い聞かせてました。
もちろん「フリーランスは全てこんな感じだ」とは思いませんが、「ちゃんとした会社員の方がよほど楽だよな」と、今ならはっきり言えます。
AIベンチャーの光と闇。そして「住民税未納」
ーーフリーランスも大変だったと。その後、AIベンチャーに転職されますね。
フリーランス時代、精神的にかなりギリギリだったと思います。「このままじゃ、いつか客をひっぱたいてしまうかもしれない」と(笑)
そんな中、SNSで知り合った人が「大変そうだね」とAIベンチャーを紹介してくれたんです。給与もフリーランス時代から倍くらいになるって話だったので、もう一度、組織に戻る決断をしました。
ちなみに、当時はAIベンチャーブームの真っ只中。「AI」と名のつく企業にはVCが次々と資金を投じて、クラウド各社も「CPU96コア、メモリ数百GB」みたいな、明らかに過剰なスペックのマシンを無料で貸してくれる。まるで夢のような時代でしたね。
ーーそこではどういった開発をしてたんですか?
いくつかあるんですけど、代表的なのは「家具識別アプリ」の開発です。スマホで部屋をぐるっと撮影するだけで、広さや家具をAIが認識してくれるといったもの。
例えば「この家具をこっちに動かしたら?」といった模様替えのシミュレーションができたり、引っ越しの見積もりを取る際に、いちいち「ベッド1台、椅子2脚」と手入力しなくても、アプリが自動で認識してくれたり。
ところが、僕らが一個ずつ家具のデータをAIに「これはベッド」「これは椅子」と地道に学習させている、まさにその開発中に、ChatGPTなんかがバンバン出てきたんです。
僕らが苦労している横で、GPTは写真をアップロードするだけで「はい、ベッドがここにあって椅子はいくつありますね」と認識し、なんなら「よろしければこの椅子を、赤い別の椅子にしませんか?」と提案まで対応できるようになりつつあって。
「あ、これはマズいな」って思いましたね。 今からこのアプリを完成させて業者に売り込んでも、「それGPTで無料でできるよね」と言われて終わりじゃんという雰囲気が、社内に一気に広がりました。
AIベンチャーのブームが収まるにつれて、案件が取れなくなり、人がパラパラ辞めていった。そしたら社長も「やばい」ってなって、普通のSES案件とかに手を出し始めて……。気付いたら、SES時代に逆戻りしてました。
ーーせっかく理想の環境をつかんだのに……。苦難は続きますね。
まあ調子に乗ってましたからね。ベンチャーって勢いあるうちはいいですけど、お金を生み出むサービスが作れないと、どうしてもグレーに寄っていってしまうというか。
その会社、給与から天引きした僕の住民税を納付してなかったんですよ(笑) 流石にもう辞めるしかないなっていう感じでした。後からきっちり払ってもらいましたけどね。
結構揉めに揉めたんですけど、詳細はnoteを見ていただければ…。ちなみに今は、また違う企業の情シスとして働きながら、副業で漫画作成とかWeb制作をやってます。
会社が天引きした税金を納付してなくて俺に督促状が来た話note.com
地獄をネタにしてたら、自分だけの強みができた
ーーロッカーに詰め込まれ、営業もやらされ、住民税を払ってもらえない……。よくここまで腐らずにキャリアを歩んでこれましたね。
うーん。正直なところ、それほど後悔はないんですよね。
もちろん、渦中にいるときは「最悪だわー」って思ってますよ。でも結果的には、その全部が今につながってる気がしてるんです。
SESでは理不尽を笑いに変える強さを覚えて、情シスでは「ITが通じない世界」もあるっていう現実を見た。フリーでは自分の力だけでは食っていけない厳しさを学んで、AIベンチャーではブームに飲まれるリスクを肌で感じた。
だから、「どこが一番つらかった?」って聞かれても、「全部つらかったけど、全部必要だった」って答えますね。
ーーなるほど。でも「後悔がない」と言い切れるのは、なぜでしょう?
一番大きいのは、つながりだと思います。SNSでもリアルでも「困った……」ってなった時は「こうしたらいいのでは?」っていう他の人からのアドバイスがあって乗り切れてきました。
AIベンチャーの税金の話とかも、「それは多分、こういうところに聞かなきゃダメだよ」とか「そういう会社は年金もやってないかも」みたいに、いろんな人が助けてくれたんですよね。
自分一人だとくじけますけど、つながりがあって「こんなことがあって最悪だったわー」って言える場所があれば大丈夫。
ーーこうも辛い体験が重なると、この先のキャリアに不安を感じることもあるのでは?
それもないですね。仮に僕がプログラミング一筋でやってきたら、AIの登場で不安になったかもしれません。でも、僕は幸か不幸か、インフラも開発も営業っぽいことも漫画も動画編集もやってきました。
いろんなことをやってきたから、「どっかにまだ俺が食えるパイは転がってる」って思えるんです。僕の武器は技術力じゃなくて、「経験値」と「コミュニケーション力」と「SNS力」。このSNS力ってのは、ある種の営業力ですからね。
それこそ仮に、明日会社が潰れたら、僕は多分ポストします。「会社潰れてワロタ」って。
そしたらきっと「まずここを確認してください!」とか「その場合こういう制度が…」みたいに、親切な人が教えてくれるかなって楽観的に思ってるんですよね。中には「ざまぁw」って人もいるかもしれないですけど。
それぐらい、今は「個人の発信力」が強い時代じゃないですか。だから、どんな状況になっても「まあ、なんとかなるっしょ」って思ってます。
「嫌」の正体を見つけるまでは、辞めない方がいい
ーーとはいえ、「地獄」を見ずに理想の環境に行きたいと思うのが人間です。よんてんごPさん的に、ベストな会社に行く近道ってなんだと思いますか?
SNSで見かけるキラキラ系の人って、家柄が良いとか才能があるとか、能力が高いとか筋肉が凄いとか、そういった武器を持ってますよね。
何も持たないやつが、いきなりキラキラに行けるわけがないんです。キラキラに行きたいなら行けるだけの「何か」を必死こいて自分で手に入れるしかない。能力でも、筋肉でも。
その上で、アドバイスするなら三つあります。一つ目はシンプルで、転職先の面接で「僕って入社したら、どういう仕事をします?」って絶対に聞くことです。
ーー仕事内容の確認ですか。結構、初歩的ですね。
どうですかね。何だかんだいって、給与とか待遇とか、条件面ばっかり見ちゃいませんか? 「入ってイヤだったら辞めればいいじゃん」って言う人もいますけど、転職活動ってやっぱり時間がかかるし、結構しんどい。
人にもよるかもしれないですけど、僕の場合は仮に給与が高くても、やりたくない仕事だったら続けられません。「ITだと思って来たのに、飛び込み営業するんですか!?」みたいな。その逆も然り。入る前にお互いのマッチング、そこのギャップを無くすことが一番大事です。
だから僕は、履歴書とは別に「僕、こんなことできますシート」をA4一枚で必ず持っていくようにしてます。「これまでこういうことをしました。 これができます。 これで貢献できます」ってまとめたやつです。
ポイントは、紙で出して数枚持参すること。そうしたら、それを多分向こうの会社で回覧するじゃないですか。「あ、これならうちでこういうことができるな」っていうビジョンが、向こうも具体的になるんで、入社後のマッチング率が上がりますよ。
ーーもし入社後に「やっぱり合わなかった」と思ったら、どうすればいいですか?
そのときは、うだうだ続けない。ただし、「何が嫌なのか」をはっきりさせてから辞めた方がいい。
よく「3年は続けろ」って言われますけど、続ける理由がないなら辞めてもいいと思ってます。なんか嫌だなと思いながら手を抜いて3年続けても、あんまり意味ないですしね。
でも、「なんとなく嫌だから」って辞めるのは一番危険。嫌の正体が分かってないと、次の会社でも同じことが起きるんですよ。
なので、自分の中でその言語化ができていないうちは、その会社で働き続けた方がいい。よほど優秀じゃない限り、ピョンピョン転職するのは、最終的に自分の首を絞めることにもなりますから。
ーーなるほど。三つ目は?
守秘義務に引っかからない限りで、愚痴はSNSとかに吐いた方がいいってことです。賛否両論あると思うけど、僕はいいと思う。
よく「SNSは情報収集だけやってるので、呟きません」っていう人いますけど、それってすごくもったいないなと感じてて。というのも、SNSで発信すると、いろんな意見で自分の状況を「標準化」できるからです。
例えば「俺営業なんだけど、上司がノルマノルマばっか言っててもう嫌だ」って呟いたとします。おそらく世間一般では「うちも同じだよ」「そういうものだよ」って反応が多いでしょう。
でも当の本人は嫌だという気持ちでいっぱいなので、深く考えずに別の営業職へ転職してしまう。けど結局は同じ状況に置かれる可能性が高いですよね。
自社の中では「当たり前」とされていることが、SNSでは「それ変じゃね?」と言われたり、逆に自社で「これはおかしい!」と思っていたことが、世間では「普通」だったりする。会社以外の空間を一つ持っておくのは、そういう尺度合わせにもなるし、自分の強み・弱みの分析にも使えるので、オススメです。
ーーセーフティーネットを持っておくことは、大事ですね。
こんなこと言ったら、「Xで標準化された意見が集まるわけないだろ」とか突っ込まれるかもしれませんが(笑) でも精神的につらい時って正常な判断ができないケースもあると思うんで、周りの意見をしっかり聞くのは大事だと思いますよ。
「こういうことあったけどどうなんだろう」ってのは、聞いてみるべきです。その方が、次のキャリアにも活かせますから。言っちゃいけないことは言っちゃダメですけどね、当たり前ながら。
キャリアって、別に正解の積み重ねじゃなくても良いと思います。失敗もネタにできれば、それはもう成功って呼んでいいんじゃないですかね。
取材・文/今中康達(編集部)
