岡田有希子の最高傑作アルバム「十月の人魚」全曲解説!大抜擢された小室哲哉の楽曲
松任谷正隆によるサウンドプロデュース「十月の人魚」
岡田有希子が私たちの前から姿を消してからもう38年。そのあまりの衝撃さに、しばらくはスキャンダラスなことばかりが取り沙汰されていたが、昨今の昭和歌謡や80年代アイドルの再ブームにより、彼女の作品がきちんと評価されるようになってきたことは非常に喜ばしい。
岡田有希子はこれまでに4枚のオリジナルアルバムをリリースしているが、今回私が語るのは、サードアルバム『十月の人魚』。ジャケット写真には人魚のような白いドレスを身に纏って、湖(ロケ地は芦ノ湖とのこと)にたたずむユッコ。その表情に笑顔はなく、とても寂しげだ。他のシングルやアルバムのジャケ写と比べても異色である。
まず、このアルバムで特筆すべき部分は、全曲が松任谷正隆によるサウンドプロデュースということ。林立夫、高水健司、松原正樹、今剛などの一流ミュージシャンたちによって奏でられる、とても上品な松任谷サウンドに乗せて歌うユッコの歌声がとても瑞々しい。セカンドアルバム『FAIRY』も松任谷正隆が全曲アレンジしているが、作品のトータリティーという点では『十月の人魚』のほうが完成度が高いと思う。
異彩を放つ小室哲哉の参加
作家陣も豪華で、財津和夫、竹内まりや、杉真理、かしぶち哲郎など、錚々たるミュージシャンが名を連ねる。その中で異彩を放つのが小室哲哉。当時はまだTMネットワークがメジャーではない頃で、渡辺美里の大ヒット曲「My Revolution」のリリースよりも1年以上前に小室哲哉の曲を選ぶ制作陣のセンスが素晴らしい。
そして何よりも、ユッコ自身の表現力が前2作と比べて格段にアップしている。1985年10月号の『月刊明星』でこのアルバムについてこうコメントしている。
「すっごく曲調が難しいんです。だから、本当に歌詞の中の人物になりきらないと歌いこなせないの。内容もだんだん大人っぽくなってきたから…」
なるほど、以前よりも深く作品と向き合っているのがわかる。制作陣だけでなく、本人もかなり力を入れたと思われるこの作品、当時から数々の80年代アイドルの作品を聴いてきた私が、それぞれの曲について解説してみた。
6枚目のシングル「哀しい予感」収録
A1「Sweet Planet」
作詞:三浦徳子 作曲:小室哲哉
オープニングにふさわしい、清々しいストリングスのイントロから始まるナンバー。小室哲哉がアイドルに書き下ろした初めての作品でもあり、彼が作り出す転調やシンコペーションの多いメロディはとても新鮮だった。途中、「♪スケッチは下手ですが」と、言葉がそこだけ “です・ます調” になるところが、ユッコの真面目なキャラクターに合っている。
A2「みずうみ」
作詞:三浦徳子 作曲:財津和夫
松田聖子の「チェリーブラッサム」「夏の扉」と同じコンビによる作品だが、その2作とは全く色が違うマイナー調のメロディが切ない。低音が続く歌い出しは珍しく、新たな魅力を感じた。財津和夫が岡田有希子の作品に携わっているのはこの曲と次の「花鳥図」の2曲だけだが、どことなく不安げな彼女の雰囲気をうまく引き出していると思う。
A3「花鳥図」
作詞:高橋修 作曲:財津和夫
同じ財津和夫作曲でも前出の「みずうみ」とは、全く違う歌い出しから勢いのあるメロディ。アレンジからも少しオリエンタルな味わいを感じる。歌詞は幻想的な言葉で紡がれ、とてもファンタジックな世界が広がっている。
A4「哀しい予感」
作詞・作曲:竹内まりや
デビュー曲から数えて6枚目のシングル。それまでふんわりとした曲が多かっただけに、イントロからハードなアレンジにビックリした。彼の心が離れていく哀しさ… そんな胸が張り裂けそうな思いが歌声から伝わってくる。そんなところから、当時私の周りにいた女性たちからは “重く感じてしまい聴くのがつらい” という声もあったが、それだけユッコの表現力が高いという証拠でもある。
A5「ロンサム・シーズン」
作詞・作曲:竹内まりや
別れてしまった彼を想うとても切ない曲。当時は “切ない曲だなぁ” と思う程度だったのだが、「♪今でも心は I still love you」という歌詞と、途中に入る「今でも あなたのこと 愛してます」というセリフが、ユッコを思うファンの気持ちと重なってしまい、聴くたびにどうしても泣けてしまう。後に竹内まりやも自身のアルバム『Quiet Life』でセルフカバーしているが、歌詞カードに “This song dedicated to the memory Yukiko Okada” という文言が書き添えられている。そのくらい竹内まりやにとっても思い入れのある存在だったのだろう。
ゆったりとしたAORサウンドのタイトルチューン「十月の人魚」
B1「流星の高原」
作詞:高橋修 作曲:松任谷正隆
これから彼と愛を育んでいこうとする女の子の迷い、そして決意。そんな心の揺れを、短調から長調に展開するメロディでうまく表現している。哀しくて大人びた曲が多い中、この曲はハッピーでアイドルポップスの王道といった作りで、安心して聴くことができる。全体的に休符が短い箇所が多く、ブレスするのが難しいメロディだが、それを感じさせないのは安定した歌唱力のおかげだろう。
B2「Bien」
作詞・作曲:かしぶち哲郎
曲を聴く前に歌詞だけを読んだ時には、かなりPOPな曲なのかと思いきや、聴いてみたら、洗練された雰囲気を漂わせた、ボサノヴァテイストのおしゃれなナンバー。「♪キスしていいのよ」「♪抱きしめて まわりを気にしないで」など、大胆で挑発的な歌詞だが、松任谷正隆によるアレンジで下世話になることなく、とてもかわいらしく仕上がっている。「♪心をはだかにして」というフレーズに当時は、ちょっとドキドキしたものだ。
B3「ペナルティ」
作詞:竹内まりや 作曲:杉真理
「哀しい予感」が、心変わりしたかもしれない彼氏への悲痛な思いを訴えているのに対して、この曲は彼女が一度だけ浮気をしたことで、彼氏の心が離れてしまうシチュエーション。つまり真逆のパターン。「♪愛を試す 女の子の 本音はいつでもジェラシー」とあるので、彼氏の心をもっと惹きつけたかったからこその行動だったのかもしれない。「♪時を戻すためなら 何でもするけれど」のところで、メロディが一時的に長調になるところが、ほんの少しの望みに期待している主人公の心象を表しているような。
B4「十月の人魚」
作詞:高橋修 作曲:松任谷正隆
アルバムのタイトルチューン。ゆったりとしたAORサウンドが心地よく、間奏のSax(ジェイク・H・コンセプション)だけ聴いていると、ユーミンのアルバムに収録されている曲かと錯覚するほどアダルトな仕上がり。切ない歌詞からはアンデルセンのおとぎ話『人魚姫』のような悲しい恋を思い浮かべる。
B5「水色プリンセス」 −水の精−
作詞:三浦徳子 作曲:小室哲哉
幻想的なイントロから一転、目が覚めるようなシャープなピアノのバッキングで始まる。同じ小室哲哉作曲の「Sweet Planet」のような、派手な転調はないが、それまでの彼女の作品にはなかった、細かい譜割りのメロディを見事に歌いこなしている。恋に迷う女の子をプリンセスに例え、ファンタジックに表現。デジタル感のある小室メロディだが、途中クラシカルな展開になるところが印象的で、アルバムのラストを華麗に飾っている。
ユッコのアルバムの中では最高傑作
ちなみにこのアルバムは、オリコンアルバムチャートで最高4位、6.6万枚のセールスを記録。前作『FAIRY』の最高2位、9.9万枚を超えられなかったのは、大人びたユッコに戸惑ったリスナーが多かったのだろうか。しかし、全体的にとても丁寧かつ繊細に作られていて、個人的にはユッコのアルバムの中では最高傑作だと思っている。
この後もニューミュージック色の濃い、センシティブな路線を突き詰めて行くのかと思いきや、次のアルバム『ヴィーナス誕生』ではカラフルでPOPな方向にシフト。そこでも様々な作品を難なく歌いこなしていた。
岡田有希子が残した作品たち、そしてその歌声は今も全く色褪せない。彼女のことを少しでも知っている人は、シングル曲だけでなく、アルバムでたくさんの曲を聴いてみてほしい。そう、彼女がいかに素晴らしい歌手だったかということが改めて認識できるだろう。様々なミュージシャンが彼女の作品に携わり、完成度の高い作品が数多くあることからも、彼女が歌手としてどれだけ将来を期待された存在であったのかということがわかるはずだ。