自分に変えられない状況のなかで「変えられるものはなんだ?」名著『夜と霧』や『嫌われる勇気』の中から読み解く自己啓発本の根幹。
生きるため、はたらくための教科書のように使っている人もいるし、どことなく「俗流の哲学本」みたいに敬遠している人もいるのが「自己啓発本」。これについて語り合おうと、座談会が開かれました。
『嫌われる勇気』の古賀史健さん、『夢をかなえるゾウ』の水野敬也さん、『成りあがり』(矢沢永吉著)の取材・構成を担当した糸井重里。そして『14歳からの自己啓発』の著者である自己啓発本の研究者、尾崎俊介さん。にぎやかな、笑いの多い座談会になりました。自己啓発の根幹には「この状況のなかで変えられるものは何だ?」という姿勢があります。『嫌われる勇気』のなかで出てくる言葉や『夜と霧』という本の教えにも。連載最終回。
水野
だけどここにいる全員、自己啓発の世界と関わりながらそれぞれに道を歩んできたわけですけど、僕が思うのは、もともとみんな、ただエネルギーだけがあったのかなというか。
「なにかしたい」というときの「なにか」だけがあって。そのときに、いい出口がなかったから、別から出た結果がいまなのかなと。
糸井
吹き出して。
水野
そう。そうだと思うんです。
たとえば僕が仲のいい、リアル脱出ゲームを作ってる加藤隆生さんとか、MOROHAのMCのAFROさんとかも、いま、人と違う新しいアウトプットにたどり着いているわけですけど。
それもおそらく、蓋を開けたら、エネルギーだけがまずあったのかなと。内に秘めていた「自分はもっとすごいことができる。でも人と違うこともやりたい。負けたくない」みたいなエネルギーが形を変えて、別の隙間から吹き出しただけかなと思うんですよ。
糸井
それは最後に「遊び」が残ったという話と、ちょっと似てる気はしますね。
水野
ああ、そうですね。
糸井
人を動かす、おおもとのエネルギーというと、僕はいつもこの話になっちゃうんですけど。
脳の細胞同士って、別に正解とかなにもないまま、お互いに手を伸ばして、つながり合おうとしてるらしいんです。そこでたまたまつながったもの同士が回路を作って、道ができていく。
そういう画像を昔見せてもらったことがあるんですけど、僕にとってその印象がすごく大きくて、「生きてるって、そういうことなんじゃないの?」みたいな。
水野
そうですよね。おおもとにあるのは不定形のエネルギーというか。
糸井
このあいだね、僕、なにかの機会にパッと「あれがやりたい、これがやりたいって、自分はほんとはないんだよ。だけどどういうわけか向上心みたいなものがあるんだよね」って言ったんです。
負けず嫌いとかでもないけど、「昨日より今日はもうちょっと面白くなりたいな」みたいなところがいつもどこかにあって。そのあたりが、自己啓発に賛成したい気持ちなのかなと思うんです。
尾崎
平たく言えば「向上心」というか。
糸井
そうですね。「もっと聞きたい」「もっと遊びたい」というのも広い意味での向上心だと思うんですけど、「そこだけはいつもほしい」というのが僕の立場で。
そういう向上心みたいなものがある人といると、やっぱり楽だし、一緒にいて面白いんです。
古賀
ああ。
糸井
ひとことで言うと向上心って、「つまんないから」なんですよ。「このままだとこのままになっちゃう」っていう。
水野
現状に満足してたら、自己啓発本を読む必要はないですからね。
そこでやっぱり「もっとよくしたい」「ここじゃないどこかに行きたい」「自分はまだ足りない。もっと行けるはずだ」という思いから、自己啓発が存在してるんで。
‥‥ただそれ、僕の場合だと向上心って、「自分が死ぬ恐怖」が関連してるような気がしてて。
糸井
死ぬ恐怖。
水野
本をつくりながら「なんでこんな苦しいのに、やめちゃわないの?」とか思うと、自分の命が消えることに対する恐怖心みたいなものが、翻って向上心になっているように思うんです。
「死んでしまう前にその景色を見たいし、経験しつくしたいし」みたいな。その恐怖からこういうものが生まれてる気もするんですよね。
糸井
はぁー。
水野
自己啓発って、不安や恐怖とも相性がよくて、脳の中にそういう回路がある人は、対のように強い希望を求めて、そのときに自己啓発のようなものがなにがしかの力を自分にくれるというか。
不安も別に悪いものじゃないんです。「新しいものを生み出したい」とか「生きてるうちにこれをやりたい」とかのエネルギーになるものだから。
だから「なんで僕は本の原稿について、こんなに細かい直しをやってるんだ?」の理由は、やっぱり死の恐怖じゃないかなと。
糸井
うーん、この2人はまた違うんじゃない?
水野
あれ? おそろしく細かく本の校閲をしているとき、おおもとに死の恐怖とか、ありませんか?
糸井
古賀さん、校閲が楽しくてしょうがない人だから。
古賀
(笑)はい。シンプルに作業として大好きで。
尾崎
僕も書くのが楽しくて。
水野
ああ、そこは人によって違うんですかね。
糸井
そういえば尾崎さんの本に、ピーター・フランクルの『夜と霧』という本が自己啓発の観点から見ても名著であるという話がありましたよね。
あのことはなにか、いろんなことを物語ってると思うんです。
尾崎
ああー。
糸井
歴史のなかであの本が占めた役割って相当大きいでしょう? 自己啓発書というジャンルにはあの本まで入ってると思うと、弾力性が出るというか。アドラーもそのあたりからですよね。
古賀
そうですね。フランクルはアドラーに学んだ時期がありますし、人間が人間らしく生きるための心理学という点でも、ふたりはほんとに近い立ち位置にいるんです。
『嫌われる勇気』のなかに、僕はカート・ヴォネガットの言葉を混ぜてるんですけど、こういうもので。
「神よ、願わくばわたしに、変えることのできない物事を受け入れる落ち着きと、変えることのできる物事を変える勇気と、その違いを常に見分ける知恵とをさずけたまえ」
これは『スローターハウス5』という小説のなかで登場する言葉ですけど、自分に変えられない状況のなかで「じゃあ変えられるものはなんだ?」って見つけていくのは、きっと自己啓発の根幹にある話ですよね。
「自分のルックスは変えられないけど、じゃあ」みたいなところもそうだし。その考えって、フランクルもそうなんです。
尾崎
そうですね。
『夜と霧』というのも、「人間はどれほど過酷な運命に翻弄されようとも、常にその状況下において、自分はどういう行動を取るかを決めることができる」ということを語っている本ですから。
糸井
ああ、いいな。なんだか最後にいいものをもらった。
じゃあ、今日はこれで終わりにしましょうか。今日のこの話、キリがないのはわかってるんで。
水野
たしかに(笑)。どっかで止めないと、どこまででも続きますから。
糸井
で、もしみなさんご興味があるんだったら、まずは尾崎先生の『14歳からの自己啓発』を読むといいですよと。自己啓発本について、たった数行で、全部の結論が書いてあるような言葉がありますから。
‥‥終わりです。
古賀
はい。ありがとうございました。
尾崎
ありがとうございました。
水野
ありがとうございました。
会場
(拍手)
水野
‥‥いやあ、気づいたら終わってたなあ。
糸井
だけど尾崎さんのこの本の、ふざけてるような文体は助かりました。
古賀
まず「JKB」って呼ぶところからはじまって(笑)。
水野
尾崎さん、お笑い出身だから。
尾崎
だから僕はいま、AKBになぞらえて『JKB48総選挙』っていう本を書こうかなと思っていて。いろんな自己啓発本48冊をランク付けするんです。
糸井
そうなんだ。それ、1位の本はもう決まってるんですか?
尾崎
ええ、決まってます。あ、言っちゃっていいですか?
糸井
はい。
尾崎
マルクス・アウレリウスの『自省録』です。あれはすごいと思う。
古賀
へぇー、すげー。
(出典:ほぼ日刊イトイ新聞 「自己啓発本」には、かなり奥深いおもしろさがある。(14)今日は昨日よりおもしろくなりたい。)
古賀史健(こが・ふみたけ)
株式会社バトンズ代表。1973年、福岡県生まれ。九州産業大学芸術学部卒。メガネ店勤務、出版社勤務を経て1998年に独立。著書に『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(岸見一郎共著、ダイヤモンド社)、『さみしい夜にはペンを持て』(ポプラ社)『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』(ダイヤモンド社)、『古賀史健がまとめた糸井重里のこと。』(糸井重里共著、ほぼ日)、『20歳の自分に受けさせたい文章講義』(星海社新書)など。構成に『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』(幡野広志著、ポプラ社)、『ミライの授業』(瀧本哲史著、講談社)、『ゼロ』(堀江貴文著、ダイヤモンド社)など多数。2014年、ビジネス書ライターの地位向上に大きく寄与したとして「ビジネス書大賞・審査員特別賞」受賞。編著書の累計は1600万部を数える。
水野敬也(みずの・けいや)
1976年、愛知県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒。著書に『夢をかなえるゾウ』シリーズほか、『雨の日も、晴れ男』『顔ニモマケズ』『運命の恋をかなえるスタンダール』『四つ話のクローバー』、共著に『人生はニャンとかなる!』『最近、地球が暑くてクマってます。』『サラリーマン大喜利』『ウケる技術』など。また、画・鉄拳の絵本に『それでも僕は夢を見る』『あなたの物語』『もしも悩みがなかったら』、恋愛体育教師・水野愛也として『LOVE理論』『スパルタ婚活塾』、映像作品ではDVD『温厚な上司の怒らせ方』の企画・脚本、映画『イン・ザ・ヒーロー』の脚本など活動は多岐にわたる。
尾崎俊介(おざき・しゅんすけ)
1963年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科英米文学専攻後期博士課程単位取得。現在は、愛知教育大学教授。専門はアメリカ文学・アメリカ文化。著書に、『14歳からの自己啓発』(トランスビュー)、『アメリカは自己啓発本でできている』(平凡社)、『ホールデンの肖像─ペーパーバックからみるアメリカの読書文化』(新宿書房)、『ハーレクイン・ロマンス』(平凡社新書)、『S先生のこと』(新宿書房、第61回日本エッセイスト・クラブ賞受賞)、『紙表紙の誘惑』(研究社)、『エピソード─アメリカ文学者 大橋吉之輔エッセイ集』(トランスビュー)など。