診療もキャリアも左右する?日本の医師が抱える“英語対応力”のリアルとは
訪日外国人の増加が話題になる一方で、その影響は観光業や飲食店にとどまらない。実は、医療現場にも静かに、しかし確実に波紋を広げている。診察室にやってくるのは、日本語が話せない患者。症状や病歴を英語で聞き取ることができず、診断や治療方針の説明もままならない──そんな状況が、医師たちの間で現実の課題となりつつある。医療における言語の壁は、ただ不便というだけでは済まされない。誤診や治療ミスにつながるリスクさえはらんでおり、命を預かる現場だからこそ、深刻な問題だと言えるだろう。
一方で、世界的に見ると医師が英語を使いこなすのは当たり前の時代になりつつある。海外の医学部では英語で授業が行われ、国際学会も英語が標準。こうしたグローバルな医療環境に比べ、日本の医療現場は大きなギャップを抱えているのが実情だ。医師たちはその課題をどう感じ、どのような対応が求められているのだろうか。そこで今回、イタリア医学部予備校を運営するMED ITALY株式会社(https://kondomeditaly.com/)は、全国の医師約1,000人を対象に「医師の英語対応力」に関する調査を実施した。
医師の9割が語学対応の必要性を実感
外国人患者が増えている――その実感は、決して一部の医療機関に限った話ではない。今回の調査によると、全国の医師のうち実に約9割が「外国人患者は増えている」と回答した。「とてもそう思う」が38.9%、「ややそう思う」が50.7%と、多くの現場で語学対応が避けられない状況になっていることがうかがえる。
実際、外国人患者との診療において「語学力不足による支障が出た経験がある」と答えた医師は少なくない。その内容としては、「診断や治療内容を十分に説明できなかった」が42.3%と最も多く、「症状や病歴を正確に把握できなかった」(39.4%)、「処方薬の服用方法や注意点が伝わらなかった」(32.7%)が続いた。診療の根幹を担う説明や問診において言葉の壁が影響し、医療の質や安全性に直結するリスクが生じている様子が浮かび上がる。
さらに注目すべきは、国際学会や海外研修などの学術活動における課題である。「国際学会などに参加した際、英語力がもっと高ければより有意義だったと感じたことがあるか」という問いに対しても、9割以上が「とても感じた」または「ある程度感じた」と回答した。特に、発表や質疑応答、さらには交流会の場面で、突発的なやりとりや積極的な議論に苦手意識を持つ医師が多いことが指摘されている。プレゼンテーションそのものは準備次第で対応できるものの、準備できない場面での語学力不足が、日本の医師たちにとって大きな課題となっているようだ。
現場の英語対応体制と属人化の問題
外国人患者の増加が進む中で、医療機関側はどの程度、英語対応体制を整えているのだろうか。今回の調査では、「職場における英語でスムーズに医療対応ができるスタッフの割合」を尋ねたところ、「5割以上」と答えた医師はわずか15.6%にとどまった。最も多かったのは「2〜4割」とする回答であり、全体的に見れば、十分な英語対応体制が整っているとは言い難い状況だ。さらに深刻なのは、「まったく英語対応できるスタッフがいない」とする医療機関も一定数存在することだ。こうした環境では、外国人患者の診療時に必要以上の時間がかかったり、十分な説明ができずトラブルにつながったりするリスクが高まる。
実際、「職場の英語対応に関する課題」としては「英語での対応に時間がかかり診療効率が下がる」が最多の38.0%を占めた。加えて、「外国人患者対応で誤解やトラブルが起こることがある」(33.7%)、「英語を話せるスタッフが限られており、対応が属人的になっている」(33.2%)といった声も多く挙がっている。英語対応が特定のスタッフに偏り、その人材に業務負担が集中する――いわゆる「属人化」は、継続的な医療体制の維持を困難にする要因でもある。さらに、外国人患者が急増する中で、このような属人的な運用では対応しきれないケースも今後増えていくだろう。
一方、医師自身の英語力についても現場の実情が垣間見える。「英語での診療や説明にどの程度自信があるか」という問いには、「とても自信がある」と答えた医師が20.9%、「やや自信がある」が44.3%という結果だった。6割以上が一定の自信を持つ一方で、「あまり自信がない」「まったく自信がない」という医師も3割以上にのぼり、特に専門用語や文化的背景を含めた実践的な英語力にはまだ課題が残る状況である。
英語力が広げるキャリアと診療の可能性
語学対応の重要性は、日常診療だけでなく医師としてのキャリア形成にも直結する。調査では、「今後、英語対応力は医師としてのキャリア形成において、どの程度重要だと思うか」と尋ねたところ、8割以上の医師が「とても重要」「やや重要」と回答した。これは単なるコミュニケーションの手段としてではなく、医師として成長し続けるために必要不可欠なスキルとして英語力が認識されていることを意味する。
実際、英語対応力を持つメリットとして最も多く挙がったのは「外国人患者と円滑にコミュニケーションがとれる」(45.9%)だった。それに続き、「最新の医学論文や医療情報を英語で直接入手できる」(45.8%)、「国際学会や海外研修で発表・議論ができる」(27.8%)という回答も目立った。医療技術や知識の進歩は日進月歩であり、その多くは英語で発信されている。英語力がなければ、新しい情報をタイムリーに取り入れることが難しくなる点も、医師たちは強く意識しているようだ。
さらに、「機会があるなら医学留学など海外で学ぶ経験をした方がよいと思うか」という質問では、約9割が「とてもそう思う」「ややそう思う」と回答した。単に国内で外国人患者に対応するだけでなく、海外での研修や学びを通じて視野を広げ、医療の質そのものを高めたいと考える医師が多いことがうかがえる。こうした意識の背景には、日本の医学教育が日本語中心で行われている現状と、世界の医学教育環境との差がある。欧米では英語での医学教育が一般的であり、日本の医師が国際的な場で活躍するためには、語学力という“もう一つの専門性”が今後ますます求められていくことになるだろう。
調査概要:「医師の英語対応力」に関する調査
【調査期間】2025年6月13日(金)~2025年6月14日(土)
【調査方法】PRIZMA(https://www.prizma-link.com/press)によるインターネット調査
【調査人数】1,029人
【調査対象】調査回答時に医師と回答したモニター
【調査元】MED ITALY株式会社(https://kondomeditaly.com/)
【モニター提供元】PRIZMAリサーチ
今回の調査結果は、日本の医療現場が直面する語学対応力の課題を改めて浮き彫りにした。外国人患者の増加を医師の約9割が実感している一方で、診療現場では診断や治療説明が不十分になったり、病歴把握が困難になるケースが多く報告されている。英語を話せるスタッフの不足や対応の属人化も課題となっており、医療の質や安全性に直接関わる問題であることは間違いない。また、医師自身の英語力についても「とても自信がある」と答えたのはわずか2割程度にとどまった。専門的な診療だけでなく、国際学会や海外研修といった学術活動でも語学力不足が障壁となっており、こうした状況は医師個人だけでなく日本の医療全体の競争力低下にもつながりかねない。
その一方で、多くの医師が英語対応力の必要性を強く認識しており、海外で学ぶことにも前向きな姿勢を示している。語学力は単なるスキルではなく、診療やキャリアを広げるための重要な武器である。医療の質を維持し、国際社会の中で日本の医療が存在感を発揮し続けるためには、実践的な語学力の育成とそのための環境整備が、今後ますます欠かせない課題となるだろう。