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超本格SF×ヒンドゥー神話なインド映画『カルキ 2898-AD』に込められた「3つのレイヤー」濃厚解説

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超本格SF×ヒンドゥー神話なインド映画『カルキ 2898-AD』に込められた「3つのレイヤー」濃厚解説

インド映画史上最大規模のSFアクションファンタジー

プラバース主演の超大作『カルキ 2898-AD』の公開が間近に迫りました。本作のユニークさは、巨額の資金を注ぎ込んだディストピアSFアクションであるだけでなく、ヒンドゥー教の神話を絡めた複雑なプロットを持つことにあります。

『カルキ 2898-AD』©2024 VYJAYANTHI MOVIES. All Rights Reserved.

ディストピア化した未来世界でニヒルに生きる賞金稼ぎプラバース

BC(紀元前)3102年に起きたとされる、古代インドの神話上の最終戦争クルクシェートラの戦い。両軍の死闘は終盤に至り、武士道に反するさまざまな奸計や反則が横行し、モラルは地に落ちます。中でも特に重篤な違反行為をした戦士アシュヴァッターマンには、クリシュナ(最高神ヴィシュヌ神の化身)により不死の呪いがかけられます。

『カルキ 2898-AD』©2024 VYJAYANTHI MOVIES. All Rights Reserved.

そこから話は一気にAD(紀元後)2898年、6千年後に飛びます。人類は何らかの壊滅的な戦災を経たらしく、地球で唯一残った都市がインドのカーシー(またの名をヴァーラーナシー、ベナレス、バナーラス)です。しかしそのカーシーは、全体主義的専制と拝金主義が合体したディストピア。街の中心にそびえ立つ<コンプレックス>という構造物は支配階級の住む愉楽の園、一方で一般民衆がひしめく地上の暗く薄汚い居住区は、水や卵が貴重品という貧しさです。

『カルキ 2898-AD』©2024 VYJAYANTHI MOVIES. All Rights Reserved.

巨額の入居金を得ればコンプレックスの住人になれるというので、お尋ね者を捕える賞金稼ぎを稼業とする男たちも少なくなく、主人公バイラヴァもその一人。彼は賞金のかかった女性SUM-80を追い荒野に赴きますが、6千年の時を経た神話物語の続きの中に絡めとられていきます。

『カルキ 2898-AD』©2024 VYJAYANTHI MOVIES. All Rights Reserved.

“汎インド映画”が持つレイヤーとは?

“汎インド・スター”プラバースの主演作なので、当然のように複数言語同時公開の“汎インド映画”である本作、日本で公開されるのはオリジナルのテルグ語版です。『RRR』(2022年)もそうでしたが、テルグ語圏から送り出される汎インド映画には、複数のレイヤーを持つものが多いです。

『カルキ 2898-AD』©2024 VYJAYANTHI MOVIES. All Rights Reserved.

そのレイヤーとは、「①ユニバーサルな観客に訴える要素」「②インド人観客全体に訴える要素」「③普通はテルグ人観客にしかウケない要素」、の3つ。『RRR』ならば、①驚異のアクションや友情と使命のジレンマの熱いドラマ、②ヒンドゥー教神話からの引用、③テルグ民族にとっての英雄である主人公たちの実人生とのリンク、ということになります。

③が分かっていればテルグ人と同じように味わうことができますが、①のレベルだけでも十分に面白く、最大多数の人々の支持を得られるというのが、近年の成功した汎インド映画に共通しています。

『カルキ 2898-AD』©2024 VYJAYANTHI MOVIES. All Rights Reserved.

第2のレイヤーはヒンドゥー教神話にあり

『カルキ 2898-AD』におけるそれは、①SF映画としての迫力のビジュアルとアクション②ヒンドゥー教神話の埋め込み③テルグ語話者だけに分かるニュアンスや引用、です。第2のレイヤーであるヒンドゥー教神話の要素については、ひとまずは以下を押さえておけば大体わかるでしょう。

▼アシュヴァッターマンとカルナ

「インド神話物語 マハーバーラタ 下」に目を通すのがおすすめです。アシュヴァッターマンについては「首を斬られた恩師」、「呪われたアシュヴァッターマン」の箇所、カルナについては「カルナの戦車の車輪」の箇所です。読みやすい本なので1冊丸ごと読むのも苦にはならないでしょう。

インド神話物語 マハーバーラタ 下(原書房)

▼ユガという時間観とカルキとシャンバラ

ヒンドゥー教の時間観では末法の世にあたるのが「カリユガ」です。このカリユガに救世主として現れるのがカルキという神格で、その誕生の地がシャンバラ(またはサンバラ)であると「マハーバーラタ」第三巻188章(「原典訳マハーバーラタ4」に収録)に記されています。カルキはヴィシュヌ神の10ある化身の最後の形態で、仏神としては弥勒菩薩にあたります。ユガに関する解説は「マヌ法典:ヒンドゥー教世界の原型」(渡瀬信之 著:中公新書)などで。

「マハーバーラタ 4 第3巻(179-299章)第4巻(1-6: 原典訳)」(ちくま学芸文庫)

▼バイラヴァとカーシー

バイラヴァはシヴァ神の憤怒相を表す神格で、しばしば犬を連れた姿で表わされます。チベット系の密教に取り入れられ、仏神としては大威徳明王に繋がっているとされます。インドでのバイラヴァ信仰の中心地のひとつがカーシーです。

深淵なる第3のレイヤーとは?

そして③の「テルグ語話者だけに分かるニュアンスや引用」ですが、まず何よりもテルグ語映画界のコメディー・キングであるブラフマーナンダムの出演が挙げられます。出てきただけで吹きだしてしまうこの人の顔は、テルグ人の映画好きの心のオアシス。

さらに、テルグ語話者だけに分かる、深淵なる謎の提示があります。ラスボス的な存在であるシュプリーム・ヤスキンにまつわるこの謎については、劇場売りパンフレットをお買い求めください。『RRR』についても③の視点から詳細な解題を提供してくださった字幕監修の山田桂子氏による目から鱗のエッセイが収録されています。この最奥のレイヤーを踏まえて鑑賞できる日本の観客は本当に幸せなのです。

『カルキ 2898-AD』©2024 VYJAYANTHI MOVIES. All Rights Reserved.

文:安宅直子

『カルキ 2898-AD』は2025年1月3日(金)より全国ロードショー

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