関東大震災から101年 朝鮮人虐殺、記憶に刻む 川崎区内で追悼集会
1923年の関東大震災時に日本人民衆によって虐殺された川崎の朝鮮人を追悼する集会が9月4日、川崎区旭町の徳泉寺前で行われた。在日コリアンの歴史と文化の記録や学習、発信に取り組む市民団体「川崎在日コリアン生活・文化・歴史研究会」が呼び掛け、20人余りの市民有志が参加。在日コリアン高齢者らでつくる「ウリマダン」に通うハルモニ(おばあさん)6人も献花を手向け、朝鮮民謡「アリラン」を歌い、犠牲者を慰霊した。
現場はかつて、富士瓦斯紡績川崎工場(現・川崎競馬場)があった場所付近。同工場には、多くの沖縄出身の女性労働者が働いていた。震災では建物倒壊によって154人が圧死し、このうち、沖縄出身の犠牲者は48人(女性46人、男性2人)に上る。工場のがれき撤去作業に朝鮮人労働者が動員されたが「朝鮮人が井戸に毒を投げ入れた」とのデマにより、朝鮮人5人と朝鮮人と誤認された日本人1人が自警団の集団暴行で死傷した。新聞報道と県の調査報告書によると、関東大震災時に川崎区内では8人が殺害され、富士瓦斯紡績川崎工場は犠牲者の最も多い場所だ。
集会では「穏やかな暮らしを営んできた日本人が豹変してむごい殺人を犯した街の歴史に、私たちは向き合う必要がある」「今まで、私たちが、あなたたち一人ひとりの無念な思いに寄り添えなかった事実を猛省し、決して忘れることなく記憶に刻むことを誓います」との追悼文が読み上げられた。
集会は今回が初開催。同会の三浦知人さんは「歴史の真実をなかったことにしてはいけない。川崎も犠牲になられた方々のことをしっかり記憶に届める活動を諦めないでやっていこうという思いから追悼集会を開いた」と説明。来年以降も続ける予定だ。
市民団体発行の資料集希望者に販売
同会は昨年発行した資料集『朝鮮人虐殺川崎調査の記録集』を300円で販売。発行後、県の調査報告書で確認された新たな犠牲者名を増補部分を挟み込んだ。希望者は三浦さん【電話】080・4656・6014。