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欲望のない人間のふりをしたい。自己啓発が下に見られる原因は、「高潔な人間でありたい気持ち」が原因なのかも?

ほぼ日

生きるため、はたらくための教科書のように使っている人もいるし、どことなく「俗流の哲学本」みたいに敬遠している人もいるのが「自己啓発本」。これについて語り合おうと、座談会が開かれました。
『嫌われる勇気』の古賀史健さん、『夢をかなえるゾウ』の水野敬也さん、『成りあがり』(矢沢永吉著)の取材・構成を担当した糸井重里。そして『14歳からの自己啓発』の著者である自己啓発本の研究者、尾崎俊介さん。にぎやかな、笑いの多い座談会になりました。第2回は、「どうして、自己啓発本は下に見られるのか」についてです。


水野
ビジネス書を開くとよく「はじめに」みたいなところに、「これは自己啓発本ではない」とか書いてあったりするじゃないですか。
糸井
書いてる、書いてる(笑)。
水野
だけどそれ、「じゃあなんだよ?」って思うんです。いやいや自己啓発でしょうと。
自己啓発本ってそんなふうに、すべての始祖であり、頂点であるはずなのに、いちばん虐げられてるものというか。
尾崎
なんなんでしょうね、ほんとにね。
糸井
さっきもちょっと言いましたけど、前に僕は古賀さんと一緒にやったトークライブで、自己啓発本についての話を少ししたんです。
そのときふたりで肯定的な意見を言い合って、「こう捉えてる人が他にもいたんだ!」というだけで、僕はびっくりして。

古賀
僕は自己啓発本に仕事で関わりはじめて数年くらいの頃に、それこそ尾崎先生と同じように「自己啓発本ってどこからはじまったんだろう?」と思って、自分でも調べてみたんです。
『嫌われる勇気』っていま、海外でもたくさん出版されてるんですけど、基本的に書店では「セルフヘルプ(Self-Help)」というジャンルの棚に置かれるんですね。
で、この「セルフヘルプ」ジャンルのおおもとの本は、サミュエル・スマイルズの『自助論(Self-Help)』であり‥‥とか調べていくと、めちゃくちゃ面白いんですよ。
サミュエル・スマイルズのその本は、日本でも明治時代に『西国立志編』というタイトルで出版されてベストセラーになっていて。
尾崎
そうなんです。
古賀
そして「自助努力を説く」ということで言えば、ほんとなんでも自己啓発なんです。
だから自己啓発本って、「啓発」という言葉がみんなの認識を本質から遠ざけてますけど、「自助や自立のための本」と考えると、めちゃくちゃでっかい器のジャンルだと気がついて。
糸井
だけどいま、そういうものに対して、どうしていろんな人が「これは自己啓発本ではない」とか「自己啓発本なんてエロ本と同じだ」みたいに言っちゃうんでしょうね。
水野
僕としては「このジャンルを悪くしたやつらがいる」と思ってて。
糸井
悪くしたやつらがいる。
水野
本来、自己啓発的なことって、人が生きるなかで自然にあるものなんですね。「教育」という呼ばれ方をされることもあるし、誠実にやっている人もたくさんいて。
古賀
そうですね。
水野
だけど同時に自己啓発って、ずるい人がお金をすごく稼ごうとしたり、大きく注目を集めたいときにも、めちゃくちゃ都合がいいものなんですよ。
だからそういう目的でこのジャンルを荒らしまくった人たちのせいで、イメージがどんどん悪くなったと思うんです。
糸井
つまり、自己啓発ジャンルの悪いものが、自己啓発本を自称して盛り上げて、それが白い目で見られる原因になったと。
水野
そうなんです。もちろんそれだけでもないんでしょうけど。
尾崎
だけどたしかに自己啓発ジャンルの本って、玉石混交なんですよ。
ほんとにレベルの高低があって、書かれている内容のレベルが低いものも実際かなりたくさんあります。そういうものがジャンル自体の敵になっているところは、やはりあるでしょうね。
古賀
そういえば尾崎先生が本のなかで「自己啓発という文学ジャンル」という言い方をされてましたけど、僕はその考え方をしたことがなかったんです。文学と自己啓発って、ちょっと別のもののように考えていて。
糸井
ああー。
古賀
だけど「なんで自分は分けて考えてたんだろう?」と思ったら、自己啓発本には「こうしましょう」「こうしなさい」というわかりやすいメッセージがあるんですね。
一方、純文学って、そういった直接的なメッセージを入れちゃダメなものなわけです。「これが正しい道だ」と匂わせながら、「それを直接言うのは野暮だよね」というのが文学じゃないですか。
だから自己啓発本は、わかりやすいメッセージが含まれるがゆえに軽んじられるというか。「お手軽な本」として、下に見られる部分があるのかなと思ったんですよね。

糸井
たしかに曲にしても、テーマを直接歌ってるようなものって下に見られやすいですよね。
だけどそっちが好きな人もいて、その要素がより濃いものを積極的に楽しんで、また文化を広げてたりもするし。「わかりやすいからダメ」なんてことはやっぱりないんですよ。
歌謡曲の場合だと「ありがちなメロディを使ってる」「ありがちな心を歌ってる」「負け犬が負けを肯定してる」とか、いろいろな攻め方があるんですけど、どれも攻めきれないんですよね。
ポピュラーミュージックって、その全部を持ってるから面白いわけで。
尾崎
そうですよね。
糸井
ここでひとつ、僕自身が以前どうして自己啓発的なものを避けていたかの告白をすると、どこかにちょっと「自分は高潔な人間でありたい」みたいな感覚があったんです。
「高潔」が意味するところすら曖昧ですけど、「誰からも後ろ指をさされない人間でいたい」みたいな感覚を突き詰めていくと、自分自身がまるで欲望のない人間のふりをしたくなるようなところってあって。
水野
ええ。
糸井
中学生や高校生が友達同士で「お前、あいつ好きなんだろ? いつも嬉しそうに話してるじゃない」みたいな話になると、「違うよ、好きじゃないよ」とか言うじゃないですか。そこでは「好き」って悪いことなわけで。
お金の話も、いまはだいぶ普通にできるようになりましたけど、前はみんな「いや、俺がすごくほしいとかじゃないんだけどね」みたいに先に言っておくようなところがあったわけです。
だから欲望を素直に表現する人に対して、世俗を離れて竹林に住んでいるかのように「自分は違う」と思いたい人たちが攻撃してる、という図はひとつあるのかなと。

水野
「自分の欲望を追求してる状態はみっともない」みたいな。
糸井
そう。そういう「高潔」でいたいような人が、自己啓発書を読みあさる水野くんのような人に対して「お前、そんなに自分のことしか考えないのか。社会には困ってる人がいっぱいいるんだぞ」って言うみたいな。そういう対立構造があったのかなとは思うんですね。
古賀
ああー。
糸井
だから、まさしく尾崎さんが本で書いてますけど、世界を変える方法には「問題は自分の外側にあるから、外が変わらなければ解決しないんだ」という発想をするのか(アウトサイド・イン)、自分の内面に変化を起こすことで外の世界を変えていくか(インサイド・アウト)、2通りのやりかたがあるわけですけど。
そのときに、アウトサイド・インの思考、つまり、自分自身について考えることを抜きにして、どうするべきかを論じる人がすごく多いというのが、自己啓発書の迫害の歴史なんじゃないかとも思うんですよね。
水野
ああ、なるほど。

(出典:ほぼ日刊イトイ新聞 「自己啓発本」には、かなり奥深いおもしろさがある。(2)どうして下に見られるんだろう?)

古賀史健(こが・ふみたけ)
株式会社バトンズ代表。1973年、福岡県生まれ。九州産業大学芸術学部卒。メガネ店勤務、出版社勤務を経て1998年に独立。著書に『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(岸見一郎共著、ダイヤモンド社)、『さみしい夜にはペンを持て』(ポプラ社)『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』(ダイヤモンド社)、『古賀史健がまとめた糸井重里のこと。』(糸井重里共著、ほぼ日)、『20歳の自分に受けさせたい文章講義』(星海社新書)など。構成に『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』(幡野広志著、ポプラ社)、『ミライの授業』(瀧本哲史著、講談社)、『ゼロ』(堀江貴文著、ダイヤモンド社)など多数。2014年、ビジネス書ライターの地位向上に大きく寄与したとして「ビジネス書大賞・審査員特別賞」受賞。編著書の累計は1600万部を数える。

水野敬也(みずの・けいや)
1976年、愛知県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒。著書に『夢をかなえるゾウ』シリーズほか、『雨の日も、晴れ男』『顔ニモマケズ』『運命の恋をかなえるスタンダール』『四つ話のクローバー』、共著に『人生はニャンとかなる!』『最近、地球が暑くてクマってます。』『サラリーマン大喜利』『ウケる技術』など。また、画・鉄拳の絵本に『それでも僕は夢を見る』『あなたの物語』『もしも悩みがなかったら』、恋愛体育教師・水野愛也として『LOVE理論』『スパルタ婚活塾』、映像作品ではDVD『温厚な上司の怒らせ方』の企画・脚本、映画『イン・ザ・ヒーロー』の脚本など活動は多岐にわたる。

尾崎俊介(おざき・しゅんすけ)
1963年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科英米文学専攻後期博士課程単位取得。現在は、愛知教育大学教授。専門はアメリカ文学・アメリカ文化。著書に、『14歳からの自己啓発』(トランスビュー)、『アメリカは自己啓発本でできている』(平凡社)、『ホールデンの肖像─ペーパーバックからみるアメリカの読書文化』(新宿書房)、『ハーレクイン・ロマンス』(平凡社新書)、『S先生のこと』(新宿書房、第61回日本エッセイスト・クラブ賞受賞)、『紙表紙の誘惑』(研究社)、『エピソード─アメリカ文学者 大橋吉之輔エッセイ集』(トランスビュー)など。

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