「これ、なんの時間やったん?」とならないために。こたけ正義感に学ぶ、議論のコツ
クライアントと交渉する、関係者の意見を取りまとめるーー。そんな場面で求められるのが議論のスキルです。食い違った主張をうまく着地させたり、認識のズレを解きほぐしたりするために有効なアクションとはなんなのでしょうか。
それをお伺いしたのが、お笑い芸人として、また現役の弁護士として活躍中のこたけ正義感さん。先日開催し大きな話題を呼んだライブ『弁論』でも、夫婦喧嘩のエピソードを用いながら「争点の整理」「事実と感情の区分け」といった議論のテクニックを披露されています。
今回の取材序盤でこたけさんが尋ねたのは、「この場における“議論”という言葉の定義」。絡まった糸を1つずつ解きほぐすような、弁護士ならではの丁寧な議論の進め方を学べるインタビューとなりました。
こたけ正義感さん。1986年、京都府出身。香川大学卒業後、立命館大学法科大学院を経て、2012年に東京弁護士会登録。2016年にワタナベコメディスクールに入学。現役の弁護士として働くかたわら、「ワタナベお笑いNo.1決定戦2022」で準優勝、「R-1グランプリ2023」で決勝に進出するなど、お笑い芸人としても着々と実績を積んでいる。
議論のスタートは、“議論の定義”を決めるところから
──個人的なイメージですが、法廷でのやり取りや示談交渉などのシーンを想像するに、弁護士の主なお仕事は「議論」と言えるのではないか、と思います。数々の議論をまとめてきたこたけさんに「いい議論とは何か」をお聞きしたいです。
こたけ正義感さん(以下、こたけ):(少し考えて)そうですね……たぶん、議論という言葉の意味合いがシチュエーションによって大きく異なると思うんです。紛争を解決しようとしているのか、新しいアイデアを練るために会話しているのか。この場では、まだその定義が曖昧になっているような……。
──おっしゃる通りですね。では、ここから議論を進めていくためにも、まずは今回取り扱おうとしている議論とは何か、というところから整理させてください。大前提として「ビジネスシーンにおける議論」を取り扱いたいのですが、これは一般的な議論のイメージに近い「勝ち負けを争うもの」ではなく、「双方で着地点を探っていく作業」に近いと思うんです。さまざまな議論のパターンに精通する弁護士の観点から、そういった場で必要なことをお聞きしたいなと。
こたけ:たしかに勝ち負けを目的とする議論と、両者で共通の解にたどり着くための議論って全然違います。相手を論破することを目的とした議論もあるけれど、実際ほとんどの議論はそうじゃない。ビジネスシーンにおける議論も、ビジネス上の成功に着地すればいいわけなので、基本的に相手を打ち負かす必要はないですもんね。そして、その2つをごっちゃにしている人は多い気がします。
弁護士の場合は基本的に勝ち負けを争って議論することが多いんですが、これも局面によるんです。例えば、双方の主張が折り合わず紛争になったとしても、最初はだいたい弁護士同士の交渉から始まるんですよ。裁判しなくてもいいよう、お互いにとっていい落としどころがないかを探る。お金を払って済むのであれば、お互いに納得できる金額を探るし、感情面の問題があるのであれば、お互いの気持ちの部分を伝え合ってもらうし、調停などで話し合いの場を設けることもある。それでもまとまらず、裁判に発展したときに初めて、相手を打ち負かすための議論に変わっちゃうわけです。
──なるほど、裁判の前段階として「交渉」の機会があると。そこでいい落としどころを見つけるために、弁護士はどんなことを意識しているのでしょうか?
こたけ:お互いの利益が相反している場合は、基本的に痛み分けを前提にします。つまり、自分の主張を100%通そうとはお互い思っていないんです。でも、依頼者は自分の主張を100%通したいと思ってますから、それをするとどんな不利益があるかを依頼者に説明し、納得してもらうケースが多いように思います。
例えば紛争が長引くとか、裁判になったら弁護士費用がかさむとか。主張を通すためにはさまざまなコストがかかるという事実を理解してもらい、いま利益70%の状態で満足するほうが得ですよ、と伝える。
──自分の主張を全面的に通そうとはしない、というスタンスが面白いですね。
こたけ:はい。裁判官も「和解で終わらせるのが一番いい」とよく言うんです。どちらかを完全に勝たせてしまうと紛争の火種が残って、また別の紛争につながるケースもありますから。ある程度譲歩し合って「まあ、ほぼこっちの勝ちやな」とお互いが思えるような状態がベストなので、弁護士もそうアドバイスすることが多いんじゃないかと思います。
──ありがとうございます。今自分たちがどういう局面にいるのか、議論で何を決めようとしているのかを理解したうえで、ようやくお互いの主張を確認し合うというプロセスが理解できました。
議論の極意を「よくあるシーン」ごとに解説
Case1:渋る上司を説得したい
──ここからは、日々の仕事でも出くわす「議論が必要となりそうなシーン」を事例に、いい議論を進めるために意識すべきことを伺います。1つ目は「上司を説得しなければならないのに、上司と自分の意見やスタンスが食い違っている」というケース。自分のやりたいことや主張を通したいけれど、上司はなかなかOKと言ってくれない……といったシチュエーションが想定できそうです。
こたけ:よくありそうですね。ここで失敗しがちなのは、相手の利益を考えられていないパターンです。当たり前のことかもしれませんが、相手は「同意するメリット」がなければ基本的に同意しません。経済的な利益であったりメンツであったり、利益やメリットにもさまざまあると思いますけど、何かしら相手の利益につながるよう議論を運ぶのが大事ですよね。
──直接的なメリットがすぐに思い浮かばない場合、どうすればいいと思いますか?
こたけ:僕なら「これは一見すると自分の利益しか考えていない主張かもしれませんが、実は組織全体の利益につながるんです。ゆくゆくはあなたのためにもなるんですよ」と説明しますかね。そういう説得のパターンって裁判でもよく出てくるんですよ。例えば法律そのものが違憲だと主張するときは、自分の利益だけではなく、広く社会的にどのような利益がもたらされるかを説明する。それにも近いですね。
ただ、ビジネスの場では想像以上にメンツが重視される側面もあると思うので、意思決定の権限がある人を見定め、できるだけその人に近いところから説得していく、みたいな立ち回りも必要なのかもしれないですね。
Case2:「ここで決めなきゃ」と誰も思っていない会議をまとめたい
──2つ目のケースは「会議で何かしらの結論やTo Doを導き出さなければならないのに、意見がまとまらない」場合。これもあるあるだと思うのですが、こたけさんならどうしますか?
こたけ:僕も企業関連の仕事をすることもあるんですが、例えば社員の誰かが不満を言ってきたとか、紛争に発展しうる話の場合は、最悪のケースをまず想定するんです。相手が訴えてきたらどうなるか、とか。最悪のケースを想定し、それを全員に共有してから話し始めると、わりとすっきり議論がまとまって、優先順位や押さえるべきポイントが明確になることが多いんです。
──訴えられた場合まで見通しているというのは、弁護士ならではですね。
こたけ:たしかに、そんなこと普通は考えないですよね(笑)。……あと、話をまとめるのがうまい人って「これって何を目的に始めた議論だっけ?」と本質に立ち返るのを忘れないんですよ。「その議論で一番大事なことが何か」を折に触れて思い出すのは、大きなポイントじゃないかと思います。
──議題に立ち返るのはとても重要ですよね。ただ若手の場合、「この会議、議題から逸れているかも……?」と感じても、ポジション的になかなか指摘できないこともあると思うのですが。
こたけ:そうですよね。まぁ、僕は思いきって指摘しちゃうタイプなんですけど(笑)。そもそも僕は「ここで決めなきゃ」と誰も思っていない会議が、一番ヤバいと思うんです。リーダーが目的意識を持っていれば解決するんですけど、決めるのってエネルギーを使うことなので、嫌がる人もいるんですよね。
僕も自分のYouTube(チャンネル)に載せる企画を作家と話し合うこともあるんですが、決定権は自分が持たないといけないと思っています。一度決まれば、みんながそのゴールに向かって動き出すので。僕は会議の時間を決めたうえで、時間内に結論が出なかったときも不必要に長引かせず、それぞれにタスクを割り振って終えるようにしています。誰もタスクを持ち帰らずに終わると「これ、なんの時間やったん?」ってなっちゃうので。
Case3:何回も同じミスをする人を「指導」したい
──では3つ目、議論とは少し異なるかもしれませんが「後輩や部下に指導する際に、人格攻撃や感情的な追及にならないよう、直してほしいところをシンプルに伝えたい」場合。こたけさんならどのように言葉を選びますか?
こたけ:僕は基本的に、人に指導すること自体ないかもしれないです。……なんか、他人に「指導しよう」と考えている時点で、無意識のうちに人格攻撃をしたい意図が透けて見えるように思えてしまって。つまりは「お前のそういうところがダメなんや」と言いたいってことでしょう? これって。
──言われてハッとしましたが、たしかにそうかもしれないですね。「指導」とは、相手に物申したい、という意識が前提になっているのかもしれない。
こたけ:例えば、編集者からYouTubeの動画のチェック依頼が上がってきて、何か直してほしい点がある場合。僕はできるだけ具体的な指示に落とし込んで伝えるようにしています。「ここのテロップをこれくらい大きくして」とか。具体的な指示に落とし込めないことって、言う必要がないと思っているんです。
──仮に相手が同じミスを何度も繰り返す場合は、何を伝えますか?
こたけ:そういうときっておそらく環境に問題があるので、相手の状況を聞きますね。例えば、相手がどうしても納期を守れないケースが頻発していたとしたら、相手の仕事量を聞いたうえでタスクを洗い出してもらって、今後も同じ仕事量で続けられるかを判断する。
基本的に、何かを指摘するときは相手の性格や人生まで変えようと思わないことが大事なんじゃないかと。自分ではどうしようもないこと、具体的なタスクに落とし込めないことを人から指摘されたときって、「それは自分が人間としてダメってこと?」と感じちゃうと思うんですよ。だから、具体的なタスクに落とせないなら言わないほうがいい。基本的に、その人自身を変えてまで何かをやらせようとは思わないほうがいいと思います。
芸人仲間も、後輩からネタについて何か聞かれたらアドバイスはするけど、自分からは言わないって人が多いんです。「教えたい」はエゴでもあるので、教えられたいと思っていない人には無闇に「教えたい欲」をぶつけないほうがいいと思いますね。そもそも「部下と上司」という関係性自体が本当は必要ないのかもしれません。
Case4:“やらかした”ときに、できるだけ怒られないよう立ち回りたい
──では最後、4つ目のシチュエーションです。ややネガティブなニュアンスも感じるのですが「自分にも非がありそうな場面で、少しでも自分の責任を和らげるためのロジックを考えたい」という場合。そもそもそんなことを考えるべきではないと言われる可能性もあるのですが……こたけさんならどのように立ち回りますか?
こたけ:ちゃぶ台をひっくり返しますが、こうやって考えてると却ってめっちゃ損するよ、と思います(笑)。自分に非がありそうなときって、その非を認めて、むしろ120%受けちゃったほうがいいんですよ。長い目で見るとそのほうが得をするケースが多いんです。
裁判でも同じです。もちろん事実が違っていればそう主張すべきだけど、自分でも屁理屈だなと感じるレベルになってきたら、それは絶対に言わないほうが得なので。自首したほうが罪って軽くなりますからね。焦ると視野が狭くなって目の前の利益を取りたくなる気持ちも分かりますが、そこはグッとこらえる。
──正論すぎて何も言えないです。ただ一方で、叱られたり罰を受けたりするのが嫌で、責任を負うことから逃げたくなる人の気持ちも分かるのですが……。
こたけ:分かります。僕にもそういうとき、めっちゃあるので。でも、やってもうた! というときに自分ひとりで抱えていてもいいことって1つもないから、まずは一度オープンにしたほうがいい。問題解決に向かってできるだけ早く走り出したほうが軽症で済むんですよ、間違いなく。
弁護士もミスることはあるんです。こういう主張が本当はできたはずなのに見落としてた、とか。そういうときはさっきと同じで、まずは最悪の場合を考えますね。依頼者から訴えられたらこのくらいの損害になるけど、弁護士保険に入ってるから金額的にはカバーされるだろう、仮に弁護士に懲戒請求されたら訓告(※)ぐらいはされて……みたいなことをひと通り頭に浮かべて、まあこれが最悪か、と考えて一旦落ち着く。
※……規律違反をした従業員に対し、会社が口頭または文書で注意を行う懲戒処分のこと
──そういうときもやはり、まずは最悪のケースを想定するんですね。
こたけ:はい。最悪のケースが想定できないときって、闇雲に不安が広がるばっかりじゃないですか。人って分からないことが一番怖いですから、まずは先行きをある程度見通して、できるだけスピーディーに、誠実に対応したほうがいい。その動作をサボる人ほど本格的なトラブルに発展しがちな気がしますね。
議論のテクニックとは、すなわち「本質を探し出す力」
──裁判の場に限らず、こたけさんがこれまでの経験のなかで「議論のテクニック」を実感した出来事はありますか?
こたけ:議論って本来は、生活の至るところにあるものだと思うんですよね。子どもの送り迎えを誰が担当するかとか、牛乳をいつ買いに行くかとか。そういったことも含めて“議論”だと思うので、日常に溶け込み過ぎてテクニックを感じた場面ってあんまり思いつかないかもしれない。
うーん……議論のテクニックってつまり、「本質を探し出す力」な気がするんです。議論が下手な人って、考えていることや不満をうまく言語化できていないケースが多いと思うんですよ。だから議論のベースとなる材料がそろわない。こういうのってよく男女差とか言いますけど、別に性別関係なくできない人はできないので、やはり訓練が必要なんだと思います。
例えば、僕と妻の議論を見た人に「めっちゃ喧嘩してる」と言われることがあるんです(※2)。でも、論理のアラがないかとかを質問してたりするだけで全然喧嘩じゃなく、ただ本質の話をしているだけなんですね。
※2……こたけさんの奥様はこたけさんと同じく弁護士資格を持っている
──「本質を探し出す力」、たしかに納得です。訓練してその力を身に付けるために、どのようなことが有効だと思いますか?
こたけ:頭の中で考えていることを、人に喋るのもいいんですけどまずはすっきりするまで紙に書き出すのが有効だと思いますね。僕も、悩みをひたすらチラシの裏とかに書いてた時期があるんです。言葉を綺麗に整えようとせず、悪口でもいいので思いついたことをひたすら書いていく。これってセラピーと一緒で、言語化することによってストレスが軽減されるんですよ。ブレーキをかけないことを意識するだけで、ある程度自分の考えが整理されていくし、結果として、抱えていた悩みの本質が見えてくることはあると思います。
でも、無意識下にある言いたくないことを表面化するのって、人間にとってストレスなんですよ。「本心としてはこう思ってるんじゃないですか?」と質問すると、イライラしちゃう人もいるじゃないですか。そのせいで議論の本質にたどり着けないこともある。
だけど、いい議論をするためにはそのストレスを一旦乗り越えなければなりません。僕自身も、自分のミスとか弱いところとか、本当なら言わずにいたいことはたくさんあるんですけど、それをあえて言語化しないと解決しないこともたくさんある。だから、そういう場面にできるだけ慣れたほうがいいんじゃないかと思いますね。
──今日こたけさんにお話を伺い、議論というアクションの「本質」に近づけた気がしました。ありがとうございました。
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( https://tenshoku.mynavi.jp/content/declaration/?src=mtc )
取材・文:生湯葉シホ
写真:小野奈那子
編集:はてな編集部
制作:マイナビ転職