【岐路を迎えた水泳授業】プールの老朽化や熱中症リスク、教員の負担増などから水泳の実技授業を取りやめる公立中学が相次いでいる。水辺の安全をどう確保していくのか!?
静岡トピックスを勉強する時間「3時のドリル」。今回のテーマは「岐路を迎えた水泳授業」。先生役は静岡新聞の川内十郎論説委員です。
(SBSラジオ・ゴゴボラケのコーナー「3時のドリル」 2025年7月22日放送)
(山田)水泳の実技授業の廃止が公立中で進んでいるということですが。
(川内)そうなんです。さらに小学校を中心に外部委託などの動きも。きょうは、門努さんも6月19日付の静岡新聞「ラジオ号外」のコラムで書いていた「学校の水泳授業」に焦点を当てます。その水泳授業が今、大きな岐路を迎えている状況を、私も先週の静岡新聞1面コラム「大自在」で書かせてもらいました。
(山田)私も見ました。県内では沼津市が先行しているようですね。
(川内)本年度から公立中17校で実技授業を廃止しました。小学校は外部委託を14校に拡大し、将来的には全23校を外部委託とする方針です。
老朽化、熱中症リスク、教員の負担増…
(山田)なぜこういう状況になっているんですか。
(川内)現在、全国にある学校プールの多くは1960~70年代に作られ、老朽化が課題になっています。改修コストは自治体の大きな負担。FRP(繊維強化プラスチック)の加工技術を生かし、学校プールのシェアトップだったヤマハ発動機は昨年でプール事業から撤退しました。少子化などに伴う需要減少で今後の採算維持が難しいとの判断です。
気候変動による猛暑で屋外プールでの熱中症リスクは高まっています。強い日差しでプールサイドが熱くなり、足の裏やお尻をやけどする危険もあります。
(山田)プールサイドの熱さは、水をかけてしのいでいたな。
(川内)プールの掃除、水質や水温のチェックなどの維持管理は、教員の長時間労働や人手不足が課題となる中、現場の大きな負担になっています。
猛暑など、天候の影響で予定通りの授業を確保することが難しいとの声もあります。文部科学省によると、全国の中学の屋外プールの設置率は2018年度の73%から21年度は65%に減少。小学校も同様に94%から87%となりました。
水泳授業普及のきっかけは
(山田)学校の水泳授業が全国で広がった経緯を教えてください。
(川内)修学旅行の小中学生ら168人が亡くなった紫雲丸沈没事故や中学生が海上の水泳訓練で溺れ36人が亡くなるなど、1950年代に子どもの集団水難事故が相次いだことが契機とされています。
(山田)1950年代か。
(川内)国の学習指導要領で、水泳は小1~中2で必修。実技については「適切な水泳場の確保が困難な場合」は実施しないことができますが、事故防止の心得は必ず取り上げるとされています。制度上は座学も可能ということです。
(山田)そうなんだ。
外部委託などの動きが顕著に
(川内)小学校を中心に、民間のスイミングスクールへの委託や校外の公営プールの活用、複数の学校での共用などによって、実技授業を継続する動きが出ています。県内でも沼津市や磐田市、袋井市などで進んでいます。ただ、移動時間を考えなくてはなりません。外部委託といっても授業である以上、丸投げではなく教員とインストラクターの打ち合わせなども必要になります。
(山田)授業時間内で移動もしなければならない。
(川内)民間による小学校の水泳授業に関する全国の自治体調査では、「自校のプール以外で行っている学校はない」とした自治体は41.7%でした。つまり、約6割の自治体では校外プールを使っている小学校があるということです。
(山田)確かに進んでいますね。
教員採用試験にも変化が
(川内)小学校の教員採用試験でも、水泳を含む体育実技を課さない自治体が急増しています。文科省による都道府県と政令市を対象にした調査では、2022年度に体育実技を実施した自治体は12にとどまり、2010年代が50以上で推移していたのに比べ急減しました。
(山田)どんな背景があるのでしょうか。
(川内)以前、このコーナーでも教員の「なり手不足」の話をしました。教員採用試験の倍率が過去最低を更新し続ける中、実技を負担に感じ、受験を敬遠する一因になっているという自治体の判断もあるようです。
静岡県教委、静岡と浜松両政令市の教委も小学校教員の採用試験で体育実技を実施していません。全国的には、採用後に水泳実技の研修を行うというケースもあります。
(山田)リスナーから多くのメッセージが届いています。「実技授業が無くなると、水難事故が心配です」「水泳王国・静岡の危機ではないでしょうか」「学校の先生は水泳のプロではないから限界がある。スイミングスクールなどで通年やった方が良いのでは」「制度上は座学でもよいというのは衝撃。体を使わなければ何も学べない」「母校のプールは自分が小5の時に改修。もう30年以上たっています」など。関心は高いようです。
水辺の安全をどう守るか
(川内)皆さんの声にもありましたが、気がかりなのは水辺の安全確保です。猛暑続きの中、今年の夏も水の事故が相次いでいます。
19日から21日の3連休も全国で10人以上が亡くなったり、行方不明になったりしたようです。昨年の死者、行方不明者を含む水難者は過去10年で最多の1753人に達しました。
(山田)そんなに多いのか。僕は3連休の間に大井川に行きましたが、その前の雨のせいか、水位が高く濁っていました。
(川内)私も安倍川の支流に釣りに行きましたが、そういう状況でも川遊びの人をたくさん見ました。
(山田)全体的には、子どもたちが海や川で水に親しむ機会が減っているように感じます。
(川内)そのせいか、子どもの泳力は二極化が進んでいると言われ、水泳を習っている子と習っていない子の差が広がっているようです。
「水の怖さを知るためにも学校でしっかりプール授業をやってほしい」という保護者の声もあります。日本水泳連盟も事故防止などの観点から水泳事業の継続を訴えています。
(山田)リスナーさんも言っていましたが、実体験が大事ですね。
(川内)私も釣りで川に立ち込む機会が多く、陸上とは違う水の中での適切な行動を身につけるには、体感が大事だと実感します。
例えば、水の冷たさや抵抗感、体が浮く感覚など。それらは水に漬かってみなければ分からないでしょう。夏休みの学校のプール開放も縮小傾向です。
(山田)僕らは夏休みの開放を「自由プール」と呼んでいました。毎日行っていたな。
(川内)確か、保護者の方も監視のお手伝いをしていて、行くとスタンプをもらえました。夏休みといえば、ラジオ体操と水泳のスタンプ。
(山田)そうそう。どれだけためるか、友だちと競争しました。
(川内)中学でもし実技をやらないのなら、小学校の実技授業のレベルアップを図るなどするべきです。バルセルナ五輪平泳ぎ金メダリストで先日、日本水泳連盟理事になった沼津市出身の岩崎恭子さんは着衣水泳の普及に力を入れています。
インストラクターを呼ぶなどして、命を守るための実践的な体験を積極的に取り入れてほしい。
(山田)引き続き多くの声が届いています。「プールが無くなって、小中合同で使用しています」「どこかがやめるという話になって、みんなやめるのはおかしい。学校個別の判断が大切」「改修の必要性は前から分かっていたこと。使えなくなるまで放置してきたことが問題」「浜松伝統の『30分間回泳』はどうなるんだ」など。このテーマ、皆さん熱いですね。
「性認識」など子ども自身に関する現代的な課題も
(川内)今までとは違う角度からの話ですが、子どもたちからは男女を問わず「肌や体型を見せたくない」という声が増え、体を覆うラッシュガードの着用を認める学校もあると聞きます。長袖、膝丈パンツの男女共用の水着も使われているようです。
(山田)僕が高校の時、女性もスクール水着ではなく、そんな水着になっていたと記憶します。
(川内)水着の着用などについて、最近クローズアップされてきた子ども自身の「性認識を巡る課題」への対応も求められます。
そのような変化も含め、現代の社会の課題が集約されているとも言える水泳授業を在り方について、みんなで知恵を絞る時が来ています。都市部と地方ではスイミングスクールの数など、民間委託の環境が異なることも考えなくてはなりません。
(山田)本当にそうですね。先生以外の外部の人に水着姿を見られることに抵抗を感じる子どもたちもいるかもしれません。学校の水泳の実技授業が曲がり角にあることを実感しました。今日の勉強はこれでおしまい!