【てぃ先生×三浦瑠麗①】無償化だけの子育て支援政策は危ない。子育て支援を実現するたった一つのルート
現役保育士のてぃ先生と、国際政治学者であり一児の母でもある三浦瑠麗さんが「子育て支援政策」「母親のキャリア」をテーマに対談。前編では、7月に行われた東京都知事選での候補者の政策をもとに、お二人が考える理想の子育て政策について伺いました。
第一子からの保育料無償化。無償化に潜む危険とは
ーー最初のテーマは、子育て政策についてです。7月に東京都知事選が行われ小池百合子さんが3期目の当選となりました。小池さんは、今回新たに第一子からの保育料無償化や無痛分娩費用助成など、いくつかの子育て支援政策をあげています。
てぃ先生:保育料無償化は親御さんにとってありがたい話ですよね。ただ一方で、今騒がれている子ども誰でも通園制度含め、受け入れる保育園側の都合をどこまで考えてくれているかは気になります。
現状、東京都では待機児童問題は落ち着いていますが、保育料無償化になるにあたって今まで通っていなかった家庭の利用も増えるかもしれない。それによって保育園の空きがまた少なくなってしまったとしたら、すでに人材不足で大変なのに「また負担が増えるのか」と施設側が不安に感じてしまうことはありますね。
ーーでは、第一子からの保育料無償化に合わせてどのような政策があれば、よりよくなると思いますか?
てぃ先生:僕が16年間保育をやってきたなかで、国や自治体として教育にはお金をかけ始めている実感がありますが、保育に対しては、重点的に予算を確保して何かを行うという意識が、まだまだ高くないのかなという気持ちが正直あります。お金をかけてもらうことはあまり望めないとなると、保育士の日々の膨大な業務をひとつひとつ削減したり、効率化したりする仕組みができたらいいなと思います。それはお金がかからないことなので。
三浦さん:小池さんは、ユーザーである都民にダイレクトに満足感や支援を届けるのがうまい方なんですよ。ただ、保育や教育に関するいずれの政策も、どんな環境でどのようなことを教え、夏休みはどうするか、子どもたちをどのくらい預けるのをスタンダードにするのかとか、ライフスタイル全般や業界の労働条件までを含めたものでは必ずしもないんですよね。
もちろん都民として無償化は嬉しいし、最近は産後のママに対する支援が増えていたりして、それ自体は素晴らしい取り組みだと思います。ただ、少子化を含めたさまざまな問題を解決しようというよりは、「東京都ができることをやってしまおう」というように見えるんですよね。だから、よい政策ではあるけれど、もっと根本から考えてほしいなと思います。
実は無償化という言葉は、けっこう危険なんです。たとえば政府が最近打ち出したアイディアとして、「出産費用を無償化」というのがありましたが、帝王切開の費用はどうなるか、出産の基本的な費用をはみ出して個室に泊まったベッド代や食事代はどうなるのかなど、細かく見ていくと、いろいろ複雑な問題があるんですよ。
だから、無償化という言葉がひとり歩きしてしまうと、たとえば保育料無償化のなかでは時間外の延長はどうなのか、特別なカリキュラムがあるような意識の高い保育園のサービスについてはどうなのか、とさまざまな問題が後から出てきます。無償化という言葉は、全部をひっくるめてお金は何もかからないという風に受け取られてしまうので。
無料が基本になると競争が働きにくくなるし、サービスは下げれば下げるほどよくなってしまいます。でも、親御さんにとっては大切な子どもを預けている場所であり、保育士さんにとっては働く環境だから、無償化という言葉だけに引きずられて、そこまで考えが及ばなくなってしまうのは危険だなと思います。
てぃ先生:おっしゃるとおりで、無償化は嬉しいことではあるけれども、それによって学校教育や保育の質が担保できなくなるのではないか、という不安が現場にはあります。無料だからといって入った保育園が、極端な話、不適切な保育をしていたとしたら、入らないほうがマシですらあるわけで。無償化というのはそこまで考えないといけないですよね。
少子化対策をお金で成功させた国はひとつもない
ーー今回の都知事選では落選された方々も、さまざまな子育て支援を打ち出していましたね。
てぃ先生:このようなさまざまな政策や細かい部分も大事ですが、保護者の方々のお話を聞いている限り、そもそも親の金銭的な余裕や時間の余裕があれば、ある程度満足できることが多いんですよね。だから、まずは働く人々の労働時間や賃金の改善を抜本的にやってほしいです。
それが、子育て支援に対するルートとして正解なんじゃないかなと思います。保護者が働く時間が短くなれば、我々保育士の負担も軽減しますし。「働く人の待遇改善」に触れている方はいますが、僕は一番にやってほしいと思います。
ーー三浦さんはいかがですか?
三浦さん:まず大前提として少子化対策なのか、子育て中の人の支援なのか、あるいは子どもの才能を伸ばしたり幸せ度を高めるための支援なのか、この3つはしっかりと分けて考えるべきだと思います。そして、掲げられているこれらの政策が少子化対策ということであるのならば、おそらくどれも効果はありません。
先進国で見てみると、少子化対策として効いたのは、結婚を経ずに子どもを産むことなどの多様な家族スタイルに対する社会の偏見をなくすこと。しかし、それも本当にごくわずかな効果でしかなくて。基本的にお金を使って少子化対策を成功させた国はありません。
それなのに、ほとんどの候補者はお金の話ばかりをしていて。教育や保育への投資というのは、別に教育費を下げるということではありません。中身の話がもっと出てきてほしいと思います。
てぃ先生:これもお金の話にはなりますが、田母神俊雄さんが挙げていた出産後の給付金についてはどうですか?
三浦さん:それは人気のあるアイディアで、子どもは将来的に税金を払って国に貢献するから、そのくらいの子育て費用は保障してあげようよという考え方ですよね。ただ残念ながら、子どもを多く産める人ってすでに金銭的に余裕のあるカップルか、あるいはさまざまな手厚い支援を受けている生活保護世帯や住民税非課税世帯なんですよね。
つまりお金持ちの人か、支援をたくさん受けているから産める人、この2つのセグメントばかりに利益があって、その中間の人を助ける結果にはならないのです。子育て世帯支援は子どもを産まない人の税金が使われている部分もあり、公平性がいつも問題になりますよね。だから、その政策を入れることで何が促進されるのかを考える必要があって。
仮に田母神さんの出産後給付金の案を採用して、所得制限をつけるとします。そうすると、妻は働かず世帯収入を少なくして、子どもをたくさん産んで給付金をもらおうという考えを促進する可能性がありますよね。せっかくウーマノミクスで女性の労働者がぐっと増えたのに、働き控えを生んでしまうとしたら、どうなのかなと。
つまり右手では子どもを増やすための政策、左手は女性の活躍推進の政策をやっていて、それが効果を相殺してしまう可能性があるんですよね。
てぃ先生:ただでさえ扶養から外れるかどうかを、悩んでいる人がたくさんいるのに、その動きを加速させてしまいそうですね。そもそも1,000万円もらったとしても、どう考えても子どもを育てるには1,000万円以上かかりますからね。
三浦瑠麗が見る石丸伸二の子育て支援政策
てぃ先生:今回の都知事選で石丸さんが出てきたときには「なんか面白い人が出てきたな」と思って、子育てや保育についてどんな意見なんだろうとすごく気になっていました。ただ、話を聞いてみると候補者の中でも子育て政策については薄い印象があったんですよね。三浦さんはどのように見られましたか?
三浦さん:石丸さんは安芸高田市市長を現役でやっていたので、子育てに関する問題はもちろんご存知だと思いますが、東京都の子育て問題を勉強する時間があまりなかったのかもしれません。だから、一度見当違いなことを言って炎上してしまったりしたので、ダメージコントロールの観点で、あえて触れないという戦略を取ったのかなと予想します。
また、石丸さんの政策理念のほとんどは、地方を競争させて人口を取り合って、なんなら東京から人口を他の地域に寄せていくというような、国全体の話をしているんですよね。国全体でいうと、結局少子化対策は何をやっても効果がないとファクトとしてわかっているので、石丸さんとしてはポピュリズムに見えるんでしょうね。でも都民を地方が奪うと言ったら誰も投票してくれないし。
てぃ先生:石丸さんは子育て政策についてお話しするときに、必ず最後に「いや、でもこれは抜本的な解決にはなりません」と繰り返しおっしゃっていました。だから、やる必要があるのはわかるけれども、根本的には意味がないということを言いたかったのかもしれないですよ。
三浦さん:そうですね。人々が選挙で政治家を選ぶとき、正しいことを言う人ではなく、自分の気持ちをわかってくれて信頼できると感じる人へ投票するんです。例えば蓮舫さんの場合だと、特に70代の高齢者に受けたわけです。これからお金を稼げる可能性の少ない人に寄り添った発信をしたから、70代の投票がすごく多かったんですね。
石丸さんが若者に対して一見厳しいことを言っているのに受けたのは、「まだまだ俺たちの将来は明るく開けている」というメッセージを伝えたことで、意識改革を求めているような若い人たちに受け入れられたということですね。
私立に行っていい大学に入るのが幸せ?
ーーお二人は、もし自分が政治家だったらこういう子育て支援策を掲げたいと考えることはありますか?
てぃ先生:本当に何でもいいのなら、僕は保育業界の人間なので、保育士の給料が3倍になるようにします(笑)。それは冗談だとしても、保育や教育業界に使う予算を増やしたいです。それが保育や教育の質の向上につながって、それを受ける人にとってもメリットになるはずなので。
あとは、潜在保育士さんの活用。現場に戻るのではなく、別の形で活躍できることがあると考えています。たとえば、東京都内の子育て世帯10軒にひとり専属の保育士をつけて、子育ての悩みを相談できるとか。現代の保護者の悩みって、情報が溢れている社会だからこそより多様化していて。潜在保育士が、気軽に相談できる相手として活躍できたらいいんじゃないかなと思います。
三浦さん:私は、結婚と出産を切り離すことをやりますね。少子化対策に現状唯一有効性があると分かっているので。結婚と出産を切り離して、それに必要な手当てさえあれば、産みたい人はたくさんいると思います。子どもを産んで育てることよりも、適切な相手を見つけるのがまず難しいという方もたくさんいるので。
てぃ先生:子どもが生まれるまでは最高のパートナーで幸せだと感じていたのに、子ども生まれたら「子育て全然しないじゃん!」と悩んでいるママは本当に多いですからね。
ーー確かにパートナーありきで結婚と出産がセットになってしまうと、機会はどんどん減っていきそうです。そのあたりの支援が潤沢になれば子どもの数は増えそうですよね。
三浦さん:あと、保育や教育の質を上げたいです。この2つの質が高ければ、シングルペアレントも安心できると思うんですよ。特に女性は特有の罪悪感のようなものがあって、他人に預けずに自分が愛情を持って子どものお世話をしてあげないとよい母ではない、みたいな意識がまだあるじゃないですか。
でも、預けたほうが素晴らしく色々な経験ができると思えたら、安心して働きに行けますよね。だからまずは公立教育や保育の質を優先的に改善してほしいと思います。
ーー現状の、質の高い教育や先生のサポートを受けたかったら、多額の費用を払って私立に行くのがよい、という構図はなくなるかもしれないですね。
三浦さん:私立は受験には適しているかもしれないけど、それがいいとは限らないですよね。私はずっと公立で、大学受験も一校だけで、すごい投資効率のいい子だったんです(笑)。それで得られた自由時間は、本を読んだり、自然に触れたり、その豊かさもあったわけです。
大学受験に適した私立の学校に行って、いい大学に入ったからといって、必ずしも幸せは保証されないし、子どもの体験を極大化させたいのなら他の道のほうがいいかもしれないですよね。
てぃ先生:保育園も同じで、最近の園は習い事やカリキュラムなど、カタログ上のスペックだけがどんどん高くなっているんです。でも、肝心の保育の内容はどうかというと、鳥にエサをあげるみたいにおもちゃをカゴからバーっと出して「これで5分遊んでいいよ」ということをやっている園もあるんです。もう本末転倒ですよ。
特に小さいうちは、お子さんそれぞれが好きな遊びに集中できるように、時間や環境が保証されていることが優先なんじゃないかなと思います。