1976年創業の目黒『スパゲティ ダン』。たらこスパゲティの味を守る2代目はパパ友だった!?
目黒駅から徒歩1分の場所にある1976年創業のスパゲティ専門店『スパゲティ ダン』は、たらこスパゲティが看板メニューだ。45年以上店を切り盛りしていた創業者が2022年に引退し、現在はそのあとを引き継いだ島崎弘(しまざきひろし)さんが妻の明子(あきこ)さんと店を営んでいる。創業者のレシピを忠実に引き継いだたらこスパゲティの味と、現在の店主夫妻のホスピタリティが、『スパゲティ ダン』さらに魅力的にしている。
このたらこスパゲティの味を無くしたくないとアルバイト開始
『スパゲティ ダン』の創業者と、現在の店主である島崎さんとの関係は「パパ友っていうの? 先代の娘とうちの息子が幼稚園から同級生なの」。家族以外が継いだお店はいろいろあるけれど、パパ友始まりとはずいぶんとレアケースだ。
子供たちが縁で知り合った先代と島崎さんは11歳違い。先代は店から近い誕生八幡神社の例大祭で行われる子供神輿の世話に島崎さんを誘い、大人の神輿も一緒に担ぎ始めるとますます家族ぐるみの付き合いに。
たらこスパゲティが好きで、ひと月に1度は『スパゲティ ダン』に食べに来ていたという島崎さん。そんな島崎さんに「俺、70歳になったら『ダン』をやめようと思う」と先代が話したのが2010年ごろ行われた神輿仲間の打ち上げだ。しかも後継ぎの当てはないという。「じゃあ、俺がやってやる」と冗談混じりで島崎さんが言うと、その言葉への返事が「そう言ってくれるだろうと思ってた。明日からアルバイトに来い」だった。
島崎さんは、祖父の代から続く高輪の町工場の経営者という顔も持ち、現在も時間の折り合いをつけながら機械部品を作ってもいる。そんな島崎さんがなぜ『スパゲティ ダン』の継承に本気に取り組んだかというと、背景はこうだ。
『ダン』の後継に誘われた2010年ごろ。リーマンショックから間もなく、社会全体に元気が乏しく、島崎さんの工場も激しい変化にさらされていた。そんなときに、定期的に通っていた『スパゲティ ダン』がなくなるかもしれないと聞かされ、「この味をなくすのは惜しい」と考えたのだ。そして工場の経営と並行しながら、週に2日、3日と『スパゲティ ダン』でアルバイトを始め、そして2022年、ついにお店を引き継いだ。
レシピを忠実に守ったたらこスパゲティ専門店に
『スパゲティ ダン』といえば、以前からたらこスパゲティが名物。ほとんどの人がたらこスパゲティを注文することもあって、島崎さんが継ぐタイミングで、注文が少なく材料が無駄になることもあったミートソースやボンゴレなどはメニューから外し、現在はたらこスパゲティ専門店と銘打っている。
それでもイカや納豆、キムチに大根おろしと、たらこと組み合わせる具材は豊富で、メニューの総数は50近い。たらこスパゲティの味は先代のレシピを忠実に守っていて、たらこの仕入れ先も、スパゲティの麺も一切変更していない。
使っている麺は、2.1ミリと太め。ゆで時間は12分と、一般的なレストランで使われるロングパスタに比べると長いため、注文してから提供されるまで15分ほどかかることもある。
「だから、調理中にこっち(厨房)の様子を見ているのは、初めて来たお客さんだってわかる。『本当に注文入ってますか?』って聞いてくる人もいるね」
このスパゲティは、低温で長時間乾燥させた業務用の麺で、同じ太さのものはネット通販もされていない。「仕入れ先に聞いたら、この太さの麺は、うちだけのために仕入れてるっていうんだよ。うちは他の店のスパゲティと違って、野菜や肉がいっぱい入ってるとか、スープがあるとか特徴があるわけじゃない。だから麺がおいしくなくなっちゃうと、この味が出せないから使い続けているんだ」。
その大切な麺と秘伝のたらこペーストを合わせた、たらこスパゲティをいただこう!
たらこイカスパゲティ1080円と、たらこウニスパゲティ1100円にいくらをのせてプラス400円。「写真撮るんだろ? いくらをのせたら華やかになるよ」と島崎さんのすすめに従った。
食べ応えある太さのスパゲティは、もっちりとした歯応えと喉越しが格別。たらこイカスパゲティは、麺にムラなく絡んだたらこと相性ぴったりの、イカの食感もよし。いくらをのせた、たらこウニスパゲティは、たらこの味とウニの味が溶け合って奥深くなったソースに、ときどきいくらがプチッとはじけてアクセントになる。
少し甘めのたくあんが2切れ付いていて、口直しになる。「和風スパゲッティですからね」と明子さん。
卓上調味料がずらりと並んでいるのも『スパゲティ ダン』のおもしろさ。塩とタバスコ、ふりかけのゆかりと九州のユズスコ レッドは先代の頃から置かれていた。そこに島崎さん夫妻が旅先の京都で見つけた梅しそ辛味しずく、アンテナショップで見つけた小笠原諸島のオガスコが加わって全部で6種類。味変もいろいろ試したくなる。
明るいコミュニケーションもお店の魅力
元々常連客は近隣のオフィスワーカーがメイン。働き方改革の影響もあって、島崎さんがアルバイトに入ったばかりのコロナ禍前ほどの混雑はないが、今でもランチタイムだけで70食ほどたらこスパゲティが出ることも。
夜はお酒を飲みながらゆっくりスパゲティを食べる人もいるが、ランチタイムの常連客たちは、「食べたらパッと帰るみたいな感じ」だそうだ。それでも、何人もの客が「継いでくれてありがとう」と島崎さんに声をかけていく。時にはランチを食べにきて、また夜にもたらこスパゲティを食べにくるという人もいて、島崎さんが「また来たの?」と笑いながら迎えることもあるのだとか。
島崎さんの話ぶりはまるで噺家(はなしか)のようにテンポがよくエネルギッシュ。滞在時間は短くても、ちょっとしたコミュニケーションがどこか心地よい。医療機関に長く勤めていたという明子さんの、明るくて包み込むような接客も安心感たっぷり。たらこスパゲティの味が忘れられなくなるだけでなく、別の味わい深いものが『スパゲティ ダン』にはあるのだ。
スパゲティ ダン
住所:東京都品川区上大崎2-15-5 長者丸ビル1F/営業時間:11:30~14:30・17:30~20:30/定休日:土・日・祝/アクセス:JR・私鉄・地下鉄目黒駅から徒歩1分
取材・撮影・文=野崎さおり
野崎さおり
ライター
2016 年よりライターとしての活動を開始し、複数のweb媒体で食べ物やお出かけネタを中心に執筆。おいしいものはもちろん、作る人とその背景に興味あり。都内をバスか徒歩で移動するのが好き。