「DevRelの目的は、採用ではなくブランディング」ZOZOのDevRelが目指すのは、業界への恩返し
今、「DevRel」が話題を集めている。元々は開発者との関係構築に特化した活動として始まったDevRelだが、日本では採用やブランディングにまで役割が広がり、企業ごとにその捉え方や実践内容が異なる。その点について、「DevRelの役割が広がりすぎ、本来の意義が見えにくくなっている」という声が、エンジニアの間で議論されているのだ。
そんな中、「エンジニア文化の発信」の一環としてDevRelを導入し、採用や技術ブランディングで成果を上げているのが、株式会社ZOZOだ。同社の技術戦略部ディレクターであり、Developer Engagementブロック長の諸星一行さんは「企業ブランディングと採用において、DevRelは今後ますます重要性を増していくだろう」と語る。
DevRelが担う役割の変化と、ブランディング・採用文脈におけるDevRelの効果的な活用方法について、諸星さんに話を聞いた。
株式会社ZOZO
技術本部 技術戦略部 ディレクター
諸星一行さん
2019年に株式会社ZOZOテクノロジーズ(現・株式会社ZOZO)に中途入社。技術戦略部ディレクターを務めるとともに、ZOZOで働くエンジニアの発信を通し、ZOZOの技術ブランディングやひいては採用力の向上に繋げることをミッションとするDeveloper Engagementブロックのブロック長を兼任する。長らくXR領域を追いかけていて、最近は自作キーボード界隈にハマり気味
目次
DevRelは企業ブランディングに欠かせない存在へ技術情報の積極的な発信は、採用強化につながる技術ブランディングは一日にしてならず。継続が肝要
DevRelは企業ブランディングに欠かせない存在へ
ーーZOZOでは23年2月にDevRelチームを立ち上げ、社内外への技術広報に注力していますよね。なぜチームを立ち上げるに至ったのでしょうか?
はい。それまでも当社では、エンジニアのエンゲージメント向上のためにテックブログなどを運営していたんです。ただ「やりたい気持ちはあるけど、時間が取れなくて更新が滞ってしまう」という課題を抱えていました。もちろんブログを書いたり、さまざまなイベントで登壇したりしていましたが、十分な発信量ではありませんでした。
この状況を改善するには、専任のメンバーを置いてしっかりとリソースを確保する必要があると考え、23年にDevRelチームを立ち上げました。最初はブログ記事のテンプレートを整備したり、カンファレンスの登壇資料のひな形を充実させたりといった、基盤づくりからスタートしました。
ZOZO TECH BLOGhttps://techblog.zozo.com/
ーーDevRelは本来「エンジニアに向けた自社製品の広報」を担うポジションでしたが、ZOZOのDevRelは少し違う役割を担っているのですね。
そうなんです。最近は当社に限らず、技術広報の強化を目的にDevRelチームを設置する企業が増えてきていると感じます。これは今後、業界のデファクトスタンダードになっていくんじゃないでしょうか。
もちろん、情報発信に力を入れなくても安定した組織運営ができる企業もあるでしょう。ただその状況にあぐらをかいているようでは、これから情報発信に注力していく企業に足下をすくわれる可能性が高い。
ーーそれはなぜですか?
技術の進化のスピードがどんどん速くなっているからです。
新しい技術やツールが次々と出てくる中で、エンジニアは常に情報収集が必要な状況ですよね。そんな中で「この会社がどんな技術を使っているのか」「どんな課題にどう向き合っているのか」という情報の重要性が増しています。
特に若手のエンジニアは、技術情報を積極的に発信している企業に魅力を感じる傾向が強いと思います。実際の開発現場での取り組みや、技術選定の背景が見えることで、「自分が入社してからのイメージ」が具体的に描けるからですね。
ーーDevRelを立ち上げた後、実際にはどのような良い変化がありましたか?
以前は記事が完成しても、レビューに時間がかかって公開が遅れるケースがありました。特に技術情報は鮮度が命ですから、タイミングを逃すと価値が半減してしまう。レビュー体制も改めて整備し、鮮度の高い情報をタイムリーに発信できるようにしたことで、記事への反響も大きくなり、エンジニアもより積極的に情報発信するようになってきています。
ーーDevRelの取り組みが一定の成果を残せた理由は、どのようなところにあったと感じていますか?
技術広報の支援の仕方には、大きく分けて二つのアプローチがあると思います。HRやPRが主導するパターンと、エンジニア出身のメンバーがプロジェクトを進めるパターン。ZOZOは後者を選んだのですが、これが非常にうまくハマりました。エンジニアの文化や考え方を深く理解しているメンバーが関わることで、スムーズに取り組みを進められたんです。
それと、ZOZOには互いを強くリスペクトし合う文化があるんですが、これも大きかったですね。新しいことを始める時に、周りが積極的にサポートしてくれる。エンジニア全体で技術広報に取り組めた点が、うまくいった大きな要因だと感じています。
技術情報の積極的な発信は、採用強化につながる
ーーZOZOは、毎年「開発者体験の優れた企業」としてエンジニアから高い評価を得ています(*)。この評判には、DevRelチームの貢献も寄与しているのでしょうか。
手前味噌で恐縮ですが、テックブログでの情報発信や技術カンファレンスへの協賛、社内エンジニアによるイベント登壇など、エンジニアコミュニティーへの様々な関わり方が、評価されている理由の一つだと考えています。
エンジニアリングの世界では、会社の枠を超えてコミュニティーを作り、活発に情報交換する文化が根付いています。そんな中で、コミュニティーで積極的に技術情報を発信している企業や個人は、自然と信頼関係を築きやすいんですよね。「企業の広報より、現場のエンジニアが発信する生っぽい情報の方が学びが多い」という声もよく耳にします。
またこういった活動は、採用面でもいい影響を与えています。実際に、テックブログやカンファレンスを通じてZOZOの技術への取り組みや社風を知り、興味を持って応募される方が増えてきました。新卒・中途に関わらず、「企業がコミュニティーにどう関わっているか」を会社選びの判断材料にする方も多いようです。
加えて、応募者が私たちの技術スタックや開発の進め方をよく理解した上で選考に来てくれるので、採用面接もスムーズになりました。限られた面接時間の中でお互いの認識を擦り合わせやすくなった点は、とても大きいですね。
(*) 日本CTO協会 | エンジニアが選ぶ「開発者体験が良い」イメージのある企業「Developer eXperience AWARD 2024」ランキング上位30を発表https://cto-a.org/news/developer_experience_day_2024_release
ーーなるほど。開発者体験の向上は、採用戦略としても重要性を増しているといえそうです。
そうですね。テックコミュニティーへの積極的な関わりは、確かに企業の技術的な評価を高めますし、優秀なエンジニアを惹きつける効果があります。
ただ、私たちはDevRelの活動を「採用のため」だけに行っているわけではないんです。
ーーと、言いますと?
少なくともZOZOの場合は、「エンジニアの役に立つ情報を共有したい」「技術コミュニティーをもっと盛り上げていきたい」という思いが強いんです。コミュニティーへの恩返しというか、貢献したいという気持ちが原動力になっています。
実際に私たちのプロダクトも、様々なオープンソース技術に支えられていて、それでビジネスが成り立っています。ただそれらの技術を使うだけの「Taker」で終わってしまうと、業界全体の発展は止まってしまいますよね。確かに、ノウハウを企業秘密として持っておけば、競争優位性は保てるかもしれません。
でも、ZOZOはコミュニティーへ「Giver」としても貢献していきたいんです。同じ思いを持つ企業は他にもたくさんあると思いますが、私たちは特に業界全体への還元を大切にしたいと考えています。
ーー採用が前提ではなく、コミュニティーへの貢献を重視した結果、採用が強化されるわけですね。
その通りです。技術カンファレンスへの協賛やブース出展も、「Giver」としての活動の一環なんです。まあ、外から見ると「結局は採用が目的でしょ」と思われるかもしれません。でも、それだけなら、これほどの費用と人的リソースは使わないと思うんです(笑)
やっぱり根底には、技術コミュニティ全体の発展に貢献したいという思いがあるんですよね。
技術ブランディングは一日にしてならず。継続が肝要
ーーいざテックブログを運営したり、カンファレンスへ登壇したりしようと思っても、継続するのが難しく、中途半端で終わってしまう企業も多いですよね。継続するためには、どのような取り組みが大切なのでしょうか?
ブログ執筆やカンファレンスの登壇資料の作成を、エンジニア個々に任せきりにするのは避けたいですね。日常業務と並行して行うものなので、しっかりとサポート体制を整えることが大事だと感じます。
エンジニアも人間ですから、「面倒だな」「時間を取ってまでやりたくないな」と感じてしまう時はどうしてもある。ですからそこは、できる限りサポート側の人間が歩み寄って根気強くフォローするしかないですね。
例えば、パートを分けて複数のメンバーに執筆を依頼して編集を行ったり、テーマや要素を用意して書きやすくしたりと、発信しやすい環境を作るようにしています。そうすることで、少しでも発信できる記事の質や量を向上させられると考えています。
そういった意味でも、エンジニア部門とは別にDevRelのような専門チームがあることは大事だと思います。
ーーDevRelがサポートするからこそ、より効果的なコンテンツを発信できるということでしょうか?
仰るとおりだと思います。ZOZOでは各技術領域ごとに「技術共有会」を行っているのですが、その場にDevRelメンバーが必ず1名は参加するようにしているんです。そういった場で取り上げられた内容や共有されている内容って、クローズドな情報交換で終わってしまうケースってよくあるんですよね。
ですのでDevRelが第三者視点から「その情報って発信できるのではないか?」「このカンファレンスで取り上げるテーマとして扱えそうだ」と指摘をすることが重要です。このような取り組みを通してアウトプットの量と質を高めていくことが、引いては開発者体験の向上にも繋がっていると思います。
ーーなるほど。ではZOZOがDevRelの活動を継続していく上で、特に気を付けているポイントはありますか?
発信に積極的なメンバーもいれば、控えめなメンバーもいるので、そういう人たちが無理なく発信できるようにサポートしていますね。どうしても「自分が書いていいのかな」とか、発信の場に慣れていないエンジニアもいますので、その点に気を配るようにしています。
例えば、「インターナルテックブログ」という社内向けのブログを設けていて、まずは社内で気軽に情報を共有できる場を作っています。これなら、フィードバックも社内からもらえるので、エンジニアも「書いてみたら意外と好評だった」という感じで少しずつ自信がついていくんですよね。そうやって発信に慣れてきたら、今度は外向けに発信することにも前向きになってもらえたりします。
また、社内で「これいいね」となったブログ内容があれば、それを外部向けに発信してみないかと提案することも多いです。内容を整理したりまとめたりするのはDevRelがサポートするので、エンジニアとしては負担も少なく発信できるのがメリットだと思いますね。
こういったサポートを通じて、自然な形で発信が増えたり、外向けに役立つ情報として届けられるよう工夫しています。
ーーDevRelは地道なサポートが肝心なポジションだと言えそうですね。
そうですね。技術ブランディングというのは、当然ですが一日や二日で出来るものではありません。小さなことの積み重ねが大切なので、継続することを第一に考えて取り組むと良いと思います。
日々の開発業務って、全てが真新しいことばかりではありませんよね。小さな進化だったり、些細な仕様変更だったり、決して大きな変化ばかりじゃない。でもその取り組みの全てに、何かしら開発者たちの工夫や努力が隠されている。その見えない部分の頑張りやこだわりを、いかに発信していけるかどうかが、最終的には企業の技術的なブランディング強化に繋がるのだと思います。
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撮影/赤松洋太 取材・文・編集/今中康達(編集部)