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【シンガー・ソングライター高野寛さんインタビュー】新アルバム、新刊を同時期に発表。YMOへの憧憬と愛着

アットエス

静岡県出身のシンガー・ソングライター高野寛さんが、デビュー35周年記念アルバム「Modern Vintage Future」を11月末に出した。同じ11月には自身のキャリアを振り返る新刊「続く、イエローマジック」(mille books)を発刊。YMOへの愛着がにじむ両作品を入口に、高野さんの音楽人生をたどった。(聞き手=論説委員・橋爪充) 

「ステイホーム」の時期にテクノ的なアプローチで曲作り

-1988年にデビューし、2023年が35周年でした。「Modern Vintage Future」はそれを記念したアルバムとのことですが、制作前にどんなコンセプトを立てていらっしゃったのですか。

高野:その時々に感じたものを日記のように曲にしているので、曲がたまって(録音するうちに)「こういうアルバムだったんだ」と自分で気が付くんです。いつもそういう作り方をしているんですね。だから最初にコンセプトがあったわけではありません。

-制作期間が新型コロナ禍と重なっています。

高野:制作開始の時期がコロナ禍の始まりでしたから、影響がありました。「ステイホーム」で何もできなかった時期は、自分を落ち着けるために曲を作っていたところもありました。テクノ的なアプローチにトライし、だんだんそういう曲が増えていきました。当初はYMOを強く意識したわけではなく、自分がかつて聴いていたものが自然に音に出てしまった、という感覚でした。ただコロナ禍の始まりと同時期に(高橋)幸宏さんや坂本(龍一)さんが療養生活に入られて。だんだんオマージュ的な要素が増えていきました。

-そのお二方は2023年に相次いで死去しました。

高野:お二人が亡くなった後に書き下ろしたのは(アルバム収録曲の中の)2曲しかないので、直接の影響はそれほど多くはありません。ただ収録曲を選ぶ時の基準が、自分にとって一番気持ち良く聴ける1980年代のテイストを持った曲が中心になっていって。聴き返すとYMO的なボキャブラリーが曲にいっぱい入っていました。

-今回の作品制作でセルフプロデュースを選んだのはどうしてですか。

高野:これまでのアルバムは自分のサウンドメイキングに納得がいかないところがあって、サウンドプロデューサーを立てることが多かったんです。でも今回は、今までにないほど時間をかけることができて、自分の納得できる音が作れるようになってきた。プロデューサーの必要性を感じませんでした。これは初めての経験かもしれない。サウンド面は最後の砦でなかなか崩せなかったが、今回はそこに到達できたんです。大きな成果かもしれません。

緊急事態を生き延びるすべとして「一人で宅録」を選択

-一人でやる、という点においては1999年の「tide」発表後の弾き語りライブと共通するところがあるのではないでしょうか。

高野:弾き語りツアーのきっかけは1995年の阪神・淡路大震災なんです。アコースティックギターを持って、停電してもライブができる人になろうと決意しました。コロナ禍の時期「外に出るな」と言われましたよね。リモート会議が普及し、パソコンが苦手な方もネットに頼らざるを得なくなった。僕自身、今度はコンピューターを使って生き残らなくてはならないという課題をもらいました。道具がアコギからパソコンに変わりはしましたが、緊急事態を生き延びるすべとして選択したのが「一人で宅録」だったんですね。この前、そのことに気付きました。両方とも「サバイブするための手段」だったんだと。

-アルバム収録曲の中で、特に「青い鳥飛んだ」「Isolation」「サナギの世界」あたりはキラキラした1980年代のシンセの音が耳に飛び込んできます。音の選択についてどう考えたのでしょう。

高野:それはもう、原体験ですよね。「静岡県で育ったからお茶とミカンが好き」みたいな話です。いろんなものが並んでいる中からチョイスすると、自然に手が伸びるわけです。

-いろいろな方に言われたと思いますが、「The River」は特に楽曲や歌に高橋幸宏さんの影響を感じますね。

高野:意識している部分と無意識の部分が入り交じっています。歌うときには無意識に思い出すことがあります。デビューアルバムの録音の時に、幸宏さんに英語の発音を指導していただいたんですよ。幸宏さんはクイーンズイングリッシュでね。

-歌い方などは意識されていないわけですね。

高野:そうですね。歌詞のテーマや曲の雰囲気も含め、意識下にはありませんでした。ただ、曲が出来上がってから幸宏さんっぽいねと言われることは確かに多いですね。幸宏さんはフライフィッシングが好きだったので、川をテーマにした曲がいっぱいあるんですね。(THE BEATNIKSの)「River In The Ocean」、スケッチ・ショウの「FLY ME TO THE RIVER」、(YMOの)「希望の河」もあった。そうした曲をいっぱい聴いてきたから、どうしても出てしまうんですよね。

-最終曲「Windowpane」からボーナストラック4曲につながるアンビエント的な楽曲群がとても印象的です。高野さんがこういう楽曲を作る、という意外性もありました。どういう流れでこうした楽曲が出来上がっていったのでしょうか。

高野:ああいう曲は、実は折に触れ作ってきたんですよ。ただ、発表する場はなかった。J-POPのシンガー・ソングライターとして認知されているから、ファンはそういう曲を望んでいるだろうと考えていたので。今回の作品は誰にも相談せずにコロナ禍に作り始めたので、いつになくああいう曲が増えていったんですが、(音楽配信プラットフォームの)Bandcampで発表したらボーカル曲でなくても受け入れてもらえている実感がありました。それで今回、CDのボーナストラックに入れてみたんです。CDのユーザーは熱心な音楽ファンだから、コアな部分を打ち出してみようかなと思って。

-「青い鳥飛んだ」「PLAY▶再生」「STAY,STAY,STAY」は、このアルバムの中ではこれまでの高野さんに近いイメージです。作り方が違うのでしょうか。

高野:その3曲だけはギターで作りました。アルバムの発売前からライブでは弾き語りで演奏しています。 エレクトリックなアレンジですが、歌とメロディーはいままで通りかなと思います。

音楽キャリアを単行本に。YMOからの影響を再認識

-続いて、新刊「続く、イエローマジック」についてうかがいます。この本は、2018年10月から始めたウェブマガジン「ずっと、音だけを追いかけてきた」の記録が基になっているということでしょうか。

高野:テキストはゼロから書き起こしていますので、ウェブマガジンを推敲したものではありません。編集者から企画をいただいた時に、できるだけ固有名詞を減らし、1章ごとに誰かとの出会いを中心に話をすすめていきましょうと言われました。ウェブで細かく書いた事象や人物を極力割愛し、音楽が詳しくない人も脚注なしで読める形にしました。

-ご自分の音楽キャリアを単行本としてまとめるのは初めてでしょうか。

高野:そうですね。「2度とない作業」という気持ちでした。デビュー35周年もありますが、YMOのお二人が亡くなったタイミングというのも大きかった。YMOの影響は音楽人生の中で欠かすことができないので、一度それを客観的に見るのもいいかなと。書いてみたら、思っていた以上に影響を受けてきたことを再認識しましたね。

-YMOは漫画「すすめ!! パイレーツ」で知ったと書かれていますね。音楽ではない、という点が興味深いです。

高野:最初はそうですね。YMOは「ポップアイコン」みたいなところがあって。音楽界、芸能界に忽然と現れたエイリアンみたいに見えていたんですね。

-ラジオでYMOのワールドツアーのライブ音源を聴き、高校の進学祝いとしてもらったレコード券でYMOの「ソリッド・ステイト・サヴァイバー」を購入する場面も印象的です。

高野:浜松駅前のヤマハで買いました。レコードで聴くYMOには、強い衝撃を受けました。今もたまに聴き返すことがありますが、ほとんどの音が記憶に染みついちゃっていますね。

「ひな形」を作った高橋幸宏さん。坂本龍一さんとの世界ツアーは「大きな分岐点」

-YMOのメンバーとの関わりも詳しく書かれています。高橋幸宏さんが一番早いんですね。幸宏さんが設立した音楽レーベル「テントレーベル」の、1988年のオーディションだったそうですね。

高野:幸宏さんは審査員として壇上にいらっしゃいましたが、その日に何を話したか、全く記憶にありません。授賞式でベストパフォーマンス賞の賞状を手渡されたんですが、幸宏さんだったかどうか。それさえ覚えていないぐらい舞い上がっていました。

-当時は大学生で、初めての上京だったとか。

高野:一人でライブをやったことはほとんどない時期でしたし、東京に知り合いもいない。(オーディション会場の)FM東京ホールの客席は結構埋まっていて、多分300人ぐらいは見ていました。そんな中で1曲だけの勝負だったんです。なかなかハードルが高かった。

-高橋幸宏さんは高野さんのファーストアルバムのプロデュースも担っています。生みの親と言っても差し支えない存在ですが、ご自身としてはいかがですか。

高野:幸宏さんは「シンガー・ソングライター高野寛」のひな形を作った人なんですよ。大学生の頃のデモテープにはいろいろな音楽性の曲が混じっていたし、半分はインスト曲でした。その中から幸宏さんがチョイスした曲でファーストアルバムが作られて、それを懐かしいけれど新しいといった感覚で(ファンに)受け取ってもらった。ここでシンガー・ソングライター高野寛のイメージができあがったんですね。それまでは歌うことに積極的でなかったから、幸宏さんの後押しがなかったら音楽活動は全然違ったものになっていたことでしょう。

-大きな影響がうかがえますね。

高野:デビュー以後ずっと、幸宏さんが作ってくれたシンガー・ソングライター高野寛の姿をキープしてきた。ところが、今回のアルバムでその枠がついに外れたのかもしれません。アンビエントなボーナストラックもそうかもしれない。でも、もし幸宏さんがこの作品を聴いてくれたら「高野、こんなのも作れるようになったのか」と喜んでくれると思います。

-坂本龍一さんとの関わりでは1994年のレコーディングや、世界ツアーにギタリストとして同行したいきさつに紙幅を取っていますね。

高野:坂本さんのツアーに参加できたのは、幸宏さんとの出会いに次ぐ、大きな分岐点でした。一度はあきらめかけたギタリストの夢を現実に引き戻すことができて、とてつもない自信につながった。ツアーの直前にシングル「夢の中で会えるでしょう」を坂本さんのプロデュースで作ったんですが、今でも自分にとって重要な曲の一つです。

-ちょうど30年前ですね。亡くなった今、どんなことを思い出されますか。

高野:生前、長時間お話しする機会がなかったのが悔やまれます。とはいえ一つのツアー26本を一緒に回った経験は得がたいものでした。ミュージシャン同士は、言葉よりも音のほうが情報量が多い気がするんですよ。音はその人そのもの。音の会話は外の人には分からないコミュニケーションなんですね。坂本さんとそれを一つのツアーで一緒にできたのは貴重な経験でした。

-高野さんご自身のプロデュースワークについての話も興味深いものでした。

高野:1990年代末からいくつかのバンドを手がけていました。

-シンガー・ソングライター、プロデューサーという二つの顔の使いわけについてどう考えていましたか。

高野:何の疑問もなく、両方やるものだと思っていました。自分の好きなアーティスト、例えばYMOの3人やトッド・ラングレンはアーティストであり、プレイヤーであり、プロデューサーであり、シンガーでもある。かっこいいミュージシャンとはそういうものだと、子どもの頃から思っていました。

-SUPER BUTTER DOGの「サヨナラCOLOR」が出来上がるまでの逸話は衝撃的でした。

高野:プロデュースというのは完全なクライアントワーク。オファーがないと成立しない仕事なんです。だからそういう場面に巡り会えるのはタイミングと運ですね。運はいいと思っています。

多感な時期を静岡で過ごす。高校時代はベーシスト

-静岡で過ごした小中高校生時代の話を聴かせてください。お生まれは三島なんですね。

高野:はい。その後、神奈川県に行って小学1年の2学期から沼津でした。5年生から中学2年まで(当時の)周智郡春野町にいて、以後は高3まで浜松市内でした。一番多感な時期に静岡にいましたね。東西で言葉を含め文化が全然違うので苦労しましたよ。

-高校時代はバンド活動もされていたそうですね。

高野:浜松西高の仲間と、今はもうなくなってしまった(楽器店)「ワウ・ミュージック」で練習していました。中学時代はアコースティックギターを弾いていたんですが、高校ではベーシストだったんですよ。当時のメンバーのやりたい曲をリストアップして、レインボーやクイーンなどハードロックの曲を演奏していました。

-ご自身の好みとはだいぶ違うようですね。

高野:当時はYMOをやりたくてもできないですからね。編成も無理だし、曲の難度も高いし。その代わり、自宅でアコースティックギターを弾いてYMOをカバーしていました。今、YouTubeで当時の「中国女」を聴くことができます。

<DATA>
■高野寛アコースティックワンマン in 大阪「now」
会場:大阪・島之内教会(登録有形文化財)
日時:12月28日(土)午後4時開場、4時半開演
料金:前売5000円 整理番号付き自由席)

■Next To 湯(You)#3
会場:大阪・島之内教会(登録有形文化財)
出演:高野寛MVF UNIT with 白根賢一、TESTSET(砂原良徳×LEO今井×白根賢一×永井聖一)、LAUSBUB
日時:2025年2月8日(土)午後5時15分開場、午後6時 開演
料金:一般5500円(ドリンク代別)、学割4000円(学生証必須、ドリンク代別)
※詳細は高野寛公式サイト(https://www.haas.jp/)参照
 

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