再開発の岐路に立つ秋葉原駅前。新たな魅力創出となるか、それとも――
NHKスペシャルやクローズアップ現代の特集を手掛けた取材班が、日本全国で相次ぐ再開発計画を徹底検証した『人口減少時代の再開発 「沈む街」と「浮かぶ街」』が発売されました。本記事では、今まさに賛否をめぐる議論が起きている秋葉原の再開発計画を取材した章を抜粋して公開します。
秋葉原の顔が高層ビルに?
電気やサブカルチャーの街として外国人観光客にも人気の東京都千代田区の秋葉原。アニメやゲーム、電子部品の専門店などが立ち並び、多くの人を惹きつけるこの街でも再開発の計画が持ち上がっている。
再開発の対象になっているのは、秋葉原駅前の一角。家電量販店「オノデン」や「エディオン」などが立ち並び、看板には昭和の香りを残すネオンサインも見られる秋葉原の顔とも言えるエリアだ。計画では、家電量販店などのビル群を取り壊してオフィスや商業施設などが入る最大で高さ170メートルの超高層ビルと、ホテルなどが入る最大で高さ50mのビルを建設する。さらには、神田川沿いに船着き場と親水広場をつくって、高層ビル群と遊歩道で結ぶことで回遊性を高めることも狙いとされている。
地元の推進派が訴える、魅力創出
新たなにぎわいをもたらす起爆剤になると期待されている今回の再開発計画だが、これまでの景色が大きく変わり、秋葉原らしさが失われるのではないかという意見も根強く、地元では考え方が分かれているという。
この地区の地権者の一人で再開発準備組合の理事長も務める「オノデン」の小野一志社長を訪ねると「秋葉原の新たな魅力をつくり出すためには必要な再開発だ」と狙いを力説する。この地域では、雑居ビルの老朽化で、防災面への不安に加え、街並みの更新が進まず魅力が低下しているのだという。確かに再開発が計画されているエリアは古くからの量販店や小さな電気店、飲食店などが立ち並んでいるものの、他の秋葉原内の地域と比べると人通りが少なく見える。
多くのビルは老朽化しており、地権者の中には、自費で新たなビルに建て替えるよりもこの一帯をまとめて、高層ビルという形で建て替えるのが、街全体の更新につながると考えている人も多くいるそうだ。また、小野氏は「電気街はもう終わった」と語る。
秋葉原は戦後の電子部品の闇市から始まり、高度経済成長期以降は白物家電を中心に家電量販店が活況を呈し、小野氏の「オノデン」にも連日、多くの買い物客が訪れた。しかし、平成に入ると次々に大型の家電量販店が台頭し、周辺にあった電気店は軒並み閉店を余儀なくされた。価格や品ぞろいの面での優位性が損なわれ、秋葉原は電気の街ではなくて、アニメやゲーム、メイド喫茶などサブカルチャーの街に変化していった。
小野氏も時代の変化に対応しようと、苦慮している。自身の店舗は地下1階から5階まですべて家電を売っていたが、今は家電を売っているのは、1階から3階のみ。他のフロアはアイドルのイベントなどに貸し出すなどして収益を得ているという。
「電気街だったのは20世紀まで。今はアニメが席巻し、外国人も多く訪れているが、秋葉原に来て楽しめる場所は少ない。再開発でできるビルや大型の広場を多くの人がイベントなどで集える拠点にしていきたい」
異を唱える地権者も
こうした推進派の意見に異論をさしはさむのは、同じくこの地区の地権者で長年、電気店を構えてきた「石丸電気」の元社長、石丸俊之氏だ。
「高層ビルは新宿にも渋谷にもある。金太郎飴みたいな街をつくって、魅力があるのだろうか」
石丸氏によれば、秋葉原の魅力の源泉は商売人の自助努力によって形づくられてきた「街の変化」と「混沌」だという。秋葉原が、電子部品の街から白物家電に、そしてアニメ、ゲームの街へと変化を遂げてきたのは、計画的なものではなくて、時代の変化を敏感に感じ取って自由に商売をできる土壌があったからだと説明する。これを高層ビルの建設によって、計画的に新たな魅力をつくろうとしても、これまでの街の個性やたたずまいを損ねてしまい、魅力のあるまちづくりができるのか疑問に感じているという。
老朽化したビルの建て替えについても本来は地権者がそれぞれの責任で行うべきもので、「再開発で高層ビルを建てればいいというのは安易ではないか。それぞれが自助努力で商売をしてできた街だからこそ多くの人が魅力を感じて集まってきていたのではないのか。再開発が本当に街のためになっているのだろうか」と首をかしげる。
賛否分かれるなか、区の議論は
この計画をめぐっては、30あまりの地権者の間で賛否が分かれ、事業を進めるのに必要な地権者の3分の2以上の同意が得られるかが焦点となっている。
千代田区では、これまでに法律に定められた公聴会などを行い、2023年7月、学識経験者らでつくる区の都市計画審議会に都市計画案が諮はかられ、賛成「8」、反対「7」の僅差で了承された。多くの場合、都市計画が審議会で了承されることは計画が実施に向けて大きく前進したとみなされるが、地権者の同意については厳しい状況が続いている。2023年12月の時点で民間の地権者のみの同意率は64%あまりで、計画を進めようとしても東京都から認可を受けることはできない。しかし、区は、態度を保留していた地権者が賛成に回ったことや、この地区の地権者でもある千代田区、東京都、国の3者が同意に回った場合は必要な同意率を上回ると説明している。区は計画に同意するかどうか明確な態度は示してはいないものの、計画は公共的な意義があるものだとして、推進の立場で検討を進めようとしている。
同意率がぎりぎりの中で進められようとしているこの計画は十分な住民合意を取れていないのではないかという見方もある。港区などはおよそ8割の同意率を得ることを独自に目安としている。反対の立場からは「行政が前のめりになっているのはおかしいのではないか」という指摘もあり、石丸氏は「再開発は民間発意のものであり、行政は中立な行司役であるべきだ。行政が3分の2の同意に関するキャスティングボートを握る状況になっていることに違和感がある」と指摘している。
合意形成のプロセスに疑問の声が挙がる中でも再開発計画が進められているのはなぜか。再開発計画の地区内に葬祭場を所有する地権者の1人でもある千代田区は「川沿いの環境向上」、「秋葉原にふさわしい機能の導入」、「建物の耐震化」など、この地区に定められたまちづくりの基本構想の実現を図るものであり、極めて公共性・公益性の高い事業と認識していると説明する。葬祭場などは狭小で老朽化が進んでおり、建て替えが必要だが、代替地を確保して単独で建て替えるのが困難なことも大きな理由だとしている。
また、地権者によって平成27年に再開発準備組合が設立された後、地域や区議会からのさまざまな意見がある中で、区民向けの説明会の開催や区議会での議論など丁寧に手続きを進めてきたともしている。同意率が3分の2に満たない中でも計画の検討を進めようとしている理由については、再開発に関わる事業者に対し、
・複数の地権者から建物の老朽化が激しく地震による倒壊が怖い。
・テナントから設備更新を要請されているが、再開発の話がある中で投資ができない。
などといった声が挙がっているとして、速やかに進めるか進めないか判断する必要があるため、都市計画審議会に都市計画を諮ることになったのだと見解を示している。
持ち出しなしで建て替え――地権者側の思惑
法律で定められる同意率のギリギリとはいえ、およそ3分の2の地元の地権者が同意するのにも大きな理由がある。それは再開発によってそれぞれの地権者が費用を出して自分のビルなどを建て替えるのに比べて、まとめて建て替えて高層ビルにした方が利益のあがる可能性が高いと考えている人が多いからだ。
自分で商売を営む人もいれば、テナントに貸し出す人もいるが、自ら建て替えれば費用を負担した上で、その間の商売や貸し出しによる収入もなくなる。対して再開発事業では建設される高層ビルの保留床をデベロッパーに買い取ってもらうことで、建設費が捻出されるため地権者たちの持ち出しはゼロとなる。新たなビルにはもともと所有していた建物などの価値と同等程度の床を取得することになる。新たなビルの中では、これまでの商売を続けることもできるし、売却したり貸したりすることで収益を得ることもできる。後継者がいない店舗や商売の継続性に不安を抱える地権者にとっては、渡りに船と言える状態になるのだ。
取材をしていると、計画に賛同する地権者からは「老朽化した建物の建て替えは必要だと思っているが、自分たちのお金で建て替えるのは難しい」などという声も聞かれた。区としても防災力の向上や街のにぎわいの観点から建て替えを促したいが、こうした地権者の事情も踏まえて、再開発というスキームを活用することで秋葉原らしさを残しつつ、課題の解消にもつなげたい考えだ。
今やらなければ、秋葉原がダメになる?
実は秋葉原の再開発は計画が持ち上がってから20年ほどが経過している。当初は必要性を感じなかったが、近年の秋葉原の状況を見て、推進の立場を明確にした地権者に話を聞くことができた。「東洋計測器」の八巻秀次社長は1951年に父が創業した会社を引き継ぐ2代目だが、時代の変化とともに秋葉原に人が集まらなくなる危機感を感じていると「以前と同じように見えるお店も商品の中身を変えたり、卸し先を替えたり大きく変化をしている」
八巻氏の会社では以前は店頭での販売が売り上げの大半を占めていたが、今は全体の1割に満たない。その代わりに「アマゾン」などのネット通販に卸すことで売り上げを確保している。しかし、手数料を払う必要があり、利益率は大きく減少しているのだという。八巻氏によれば他のお店も多くが同様の状況で、まだ、店に経営の体力があるうちに再開発を行って秋葉原を再び活性化することが必要だと考え、計画への賛成の立場を明確にしたのだと話した。その代わり、新しいビルの低層部には、秋葉原らしさを残していくことが必須だと主張している。個人商店が並ぶ場所やイベントスペースをつくることで個人の商店主が出店できる機会を確保していく方向で、再開発の事業者などと協議をしていると明かした。
「昔ながらの雑多な街並みが大事だという声もあるが、それは昔ながらの良さを感じてくれる人がいてこそ成り立つ話。このままなにもせず、各店主がどんどん高齢化して自分の土地や建物を売ってしまって秋葉原の良さがなくなってしまうのであれば、まだ各店主が元気なうちに少しでも秋葉原の特色を残すための再開発が必要だと考えている。どちらにしても、今の形がなくなるのであれば、打って出て少しでも残すために再開発をしたい。それはこの街に育ててもらった恩があり、恩返しをしたいと思うから」
著者プロフィール
NHK取材班
2024年1月20日放送のNHKスペシャル「まちづくりの未来 ~人口減少時代の再開発は~」を制作したチーム。また、クローズアップ現代にて「再開発はしたけれど 徹底検証・まちづくりの“落とし穴”」、首都圏情報ネタドリ!にて「急増!“駅前・高層”再開発 家選び・暮らしはどう変わる?」等を制作。ウェブ「NHK首都圏ナビ」内に「不動産のリアル」を連載している。