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ソクラテスの時代から変わらない?「よりよく生きるにはどうすればいいか」を人はずっと考えている。昔と比べると「幸せのかたち」が変わってきていて‥‥

ほぼ日

生きるため、はたらくための教科書のように使っている人もいるし、どことなく「俗流の哲学本」みたいに敬遠している人もいるのが「自己啓発本」。これについて語り合おうと、座談会が開かれました。
『嫌われる勇気』の古賀史健さん、『夢をかなえるゾウ』の水野敬也さん、『成りあがり』(矢沢永吉著)の取材・構成を担当した糸井重里。そして『14歳からの自己啓発』の著者である自己啓発本の研究者、尾崎俊介さん。にぎやかな、笑いの多い座談会になりました。ソクラテスの時代からみんな「どうしたら幸せになれるか」を考えてきた。だけどいま、昔と比べると「幸せのかたち」が変わってきていて、そこで「自己啓発」の評価も変化しているかも。 連載第12回目です。


糸井
尾崎さんは自己啓発の前に「ハーレクイン・ロマンス」(ロマンス専門の小説レーベル)の研究をされていて。そこにも自己啓発本の研究に至る予感はありますよね。「俗なるものに正当な視線をあげたい」というか。
尾崎
そうですね。だって僕、もともとサリンジャーから文学に入ってますから。最初はほんとに王道なんですよ。
古賀
へぇー。
尾崎
だけど王道の研究をしていたなかで、たまたまアメリカにおける文庫本みたいな「ペーパーバック本」の研究を10年やったんです。
アメリカのペーパーバック文化って、1950年代で終わるんです。その理由はテレビの時代がやって来て、読書の時代が終わったことなんですけど。
だけど1社だけ、1960年代にはじまって急激に売れるペーパーバックが出たんですね。それが「ハーレクイン・ロマンス」で。
ペーパーバックの研究者としては「どうして他のメーカーが全部ダメになるなか、ハーレクイン・ロマンスだけ支持されるのか?」って、当然解決すべき問題なわけです。
だからペーパーバックの研究を10年やったあと、今度はハーレクインの研究をはじめました。
ハーレクインって「イギリスで作って、カナダでペーパーバック化して、アメリカで売る」という非常に複雑な手続きがいるものなんですが、なぜこれだけが売れるのか。
その研究のなかで、女性と男性とでは読書の仕方がまったく違うことに気づいたんですよ。


糸井
それも読み解くんだ。
尾崎
はい。驚くほど読み方が違うんです。
でも普通はそうは思わないですよね。男だろうが女だろうが、本は同じものを見てると思いますから。だけど全然違うことがわかって。それもかなり面白い研究だったんですけど。
そういうことを10年やって、本も2冊ぐらい書きました。
水野
へぇー。
尾崎
で、ハーレクイン・ロマンスって、99.8%ぐらい女性しか読まない文学なんですね。書いている方も全員女性で。
だから今度は「男しか読まない文学ジャンルってあるのかな?」と思って、「じゃあ自己啓発本だ」と研究をはじめたのが10年前なんです。自己啓発本って、昔は基本的に出世がテーマで、1960年代以前は男しか読まなかったですから。
だから実はずっと、ひと続きの道を歩いているんですよ。
糸井
その感じは伝わります。で、そういう道をたどってきたのも、きっと面白かったからですよね?
尾崎
そう、やっぱり面白かったんです。だから「なんでみんな注目しないんだろう?」と、蔑まれながらもずっとやってきてて(笑)。
糸井
昔の人が「もっと飯を食えるようになりたい」「もっとお金を得たい」とか言ってても、当たり前のことのように受け取られますけど、いま同じことを言うと「見苦しい人」みたいになるのが不思議なところで。
人ってずっと同じことを考えてきてるんですよね。「よりよく生きるにはどうすればいいですか?」みたいなことをソクラテスに訊いてたわけで。
古賀
そうですね。
糸井
それをみんながいま「自己啓発というだけで否定する」みたいな思考停止ぶりに対して、揺り返しが尾崎さんにもあったし、僕のなかにもあった気はするんですよ。
なんだろう、またこの話に戻りますけど、どうしてみんな馬鹿にするんだろうね?
古賀
いまの糸井さんの「ソクラテスの時代からみんな同じことを考えてる」って、ほんとにその通りだと思うんです。結局、「どうすれば幸せになれるか」という話じゃないですか。
で、昔は幸せのかたちが「お金を稼ぐ」「社会的に成功する」みたいなことだったから、「幸せを追求する」って、生々しい欲望を叶えることであり、かっこ悪い、みっともないことだったんだけど。
でもいまはその幸せがマインドフルネスみたいなほうに行って、「内面を浄化して心の平穏をどう作るか」とかになってきてるから、「幸せの追求」が恥ずかしいことじゃなくなって、大っぴらに言えるようになってきたのかなと。
その意味では、いまだに「金持ちになろう」「成功しよう」とか言ってる自己啓発本だと、ちょっとかっこ悪く見えちゃうとかはあるのかなと思いますけど。
水野
そういえば僕は一時期、西麻布みたいな場所で友達に紹介されるときに「こいつの本、累計何百万部でさ」みたいな感じだったんですよ。「(あれ? 部数しか言わないな。読んでないだろ‥‥)」とか思いながら僕は聞いてて(笑)。たぶん芥川賞だったら違ってて。そういう、ほんとに日陰者の歴史があるんです。
だけどいま、あんなに虐げられてた「自己啓発」というジャンルの扱いが、なんだか変わりつつある気もするんですよね。最近だと「自己啓発? あ、そういうものもありますよね」くらいの感じがあって。
だからいま古賀さんが言ったように、みんなの興味が「心の平穏をどう作るか」とかに変わっきてて、そのための役に立つ道具のひとつとして、自己啓発も価値が認められてきてるのかなと。尾崎先生の本みたいなものが登場するのも、そういう流れのひとつという気がするんです。
だから実は自己啓発本って、これからだんだん気持ち悪い扱いをされなくなっていくんじゃないかとも思ってて。希望的観測ですけど。

古賀
さっき糸井さんがマルクス主義の話をちょっとされましたけど、冷戦が終わったときにフランシス・フクヤマという人が、『歴史の終わり』という本を書いているんです。それは「イデオロギーで対立していた時代が、どうやら民主主義の勝利に終わるようだ」みたいな話なんですけど。
その彼が2019年に『IDENTITY─尊厳の欲求と憤りの政治』という本を書いているんですね。これは「経済的な格差やイデオロギーの対立がなくなっても、世の中から争いや戦争は決してなくならないだろう」といった話で。
なぜ争いがなくならないかというと、「みんなが最後に求めるのは自尊感情のようなものだから」という。
「自分が蔑まれて、ちょっと馬鹿にされてる」「あっちの国のほうが偉そうにしてる」「マイノリティである」そういったことでアイデンティティが傷つけられる人はこれからもいる。だからそこで自分のアイデンティティを守るための戦いが繰り広げられていくだろう、といった内容なんですけど。
糸井
へぇー。
古賀
なにが言いたいかというと、いま、自己啓発の市場がこれだけ成熟して、尾崎先生の本のようなまとめが登場するのも、結局、アイデンティティの話だと思うんですよ。
みんなのなかに「自分をもっと大切にしたい」「自分は粗末に扱われてはいけないはずだ」みたいな気持ちが昔以上に出てきてて、そのための希望として自己啓発があるんじゃないかと僕は思ってて。
自分のアイデンティティを確立したり、アイデンティティを守ったりすることが、いろんな人にますます重要視されていく。そこで、そういう行為をサポートしてくれる便利な道具として、自己啓発が注目されていて。
だから自己啓発って、今後もずっと残っていくジャンルかなと思うんです。

(出典:ほぼ日刊イトイ新聞 「自己啓発本」には、かなり奥深いおもしろさがある。(12)「よりよく生きるにはどうすれば?」)

古賀史健(こが・ふみたけ)
株式会社バトンズ代表。1973年、福岡県生まれ。九州産業大学芸術学部卒。メガネ店勤務、出版社勤務を経て1998年に独立。著書に『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』(岸見一郎共著、ダイヤモンド社)、『さみしい夜にはペンを持て』(ポプラ社)『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』(ダイヤモンド社)、『古賀史健がまとめた糸井重里のこと。』(糸井重里共著、ほぼ日)、『20歳の自分に受けさせたい文章講義』(星海社新書)など。構成に『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』(幡野広志著、ポプラ社)、『ミライの授業』(瀧本哲史著、講談社)、『ゼロ』(堀江貴文著、ダイヤモンド社)など多数。2014年、ビジネス書ライターの地位向上に大きく寄与したとして「ビジネス書大賞・審査員特別賞」受賞。編著書の累計は1600万部を数える。

水野敬也(みずの・けいや)
1976年、愛知県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒。著書に『夢をかなえるゾウ』シリーズほか、『雨の日も、晴れ男』『顔ニモマケズ』『運命の恋をかなえるスタンダール』『四つ話のクローバー』、共著に『人生はニャンとかなる!』『最近、地球が暑くてクマってます。』『サラリーマン大喜利』『ウケる技術』など。また、画・鉄拳の絵本に『それでも僕は夢を見る』『あなたの物語』『もしも悩みがなかったら』、恋愛体育教師・水野愛也として『LOVE理論』『スパルタ婚活塾』、映像作品ではDVD『温厚な上司の怒らせ方』の企画・脚本、映画『イン・ザ・ヒーロー』の脚本など活動は多岐にわたる。

尾崎俊介(おざき・しゅんすけ)
1963年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科英米文学専攻後期博士課程単位取得。現在は、愛知教育大学教授。専門はアメリカ文学・アメリカ文化。著書に、『14歳からの自己啓発』(トランスビュー)、『アメリカは自己啓発本でできている』(平凡社)、『ホールデンの肖像─ペーパーバックからみるアメリカの読書文化』(新宿書房)、『ハーレクイン・ロマンス』(平凡社新書)、『S先生のこと』(新宿書房、第61回日本エッセイスト・クラブ賞受賞)、『紙表紙の誘惑』(研究社)、『エピソード─アメリカ文学者 大橋吉之輔エッセイ集』(トランスビュー)など。

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