歌謡曲とジャズの融合!由紀さおりによって新たな息吹が吹き込まれた昭和の流行歌たち
日本人の心にささる多くのヒット曲を連ねてきた由紀さおり
1969年に東芝レコードから最初に出したシングル「夜明けのスキャット」がミリオンヒットとなり、以来「手紙」「生きがい」など、我々日本人の心にささる多くのヒット曲を連ねて活躍を続けてきた由紀さおり。歌謡曲歌手としては本名の安田章子名義でキングレコードから「ヒッチハイク娘」を1965年に出しているから、今年はデビュー60年にあたる。さらにそれより前、少女期からの童謡歌手としての活動から数えるととてつもなく長い芸歴となる。
2011年にピンク・マルティーニとコラボしたカバーアルバム『1969』のヒットは記憶に新しく、昨今の昭和歌謡の再評価に大きな役割を果たしたといえるだろう。オリジナルはもちろんのこと、これまでいくつか出されてきたカバーのアルバムも由紀さおりの潤いに満ちたボーカルが存分に活かされた秀作ばかりであった。そんなレジェンド歌手が今回新たに挑んだのが、戦前〜戦後の早い時期にかけての名曲たち。歌謡曲がまだ流行歌と呼ばれていた時代の作品群である。自身が童謡歌手としてのキャリアをスタートさせた頃に巷で大ヒットしていた曲に最新アレンジが施され、新たな息吹が吹き込まれている。
歌謡曲とジャズの見事な融合「Show (昭)Time!」
昭和100年に相応しいアルバムのタイトルは『Show(昭)Time!』。編曲にジャズピアニストの林正樹、2024年のNHK大河ドラマ『光る君へ』の音楽を担当した冬野ユミを迎え、ジャズポップス界を代表するミュージシャンが参加してのスーパーセッションが繰り広げられることになった。林はまだ40代だが、渡辺貞夫や菊地成孔、椎名林檎など、様々なジャンルのプロジェクトに参加。作曲・編曲の能力も高く評価されているというだけあって、今回も繊細かつダイナミックな演奏が由紀さおりの至極の歌唱と相まって歌謡曲とジャズの見事な融合を聴かせてくれる。この中から注目すべき4曲を採り上げてみよう。
服部良一の代表作のひとつ「青い山脈」
今回収録されている曲の中で最も古いナンバーは、昭和11年にテイチク時代の藤山一郎が歌った「東京ラプソディ」。古賀政男が作曲した都会調の明るいメロディーは、いわばシティポップの源流ともいえる。ちなみに山下達郎も1989年に本曲をリスペクトしたオリジナル曲「新・東京ラプソディー」をシングルリリースしている。中西俊博のバイオリンの音から導入される冬野ユミの軽快なアレンジに、由紀さおりの弾んだ歌声が映える。
「月がとっても青いから」は菅原都々子による昭和30年のヒット曲。独特なビブラートが特徴的なオリジナルだが、高音の美しさという共通点が活かされた由紀さおりのカバーも魅力的。これはおそらく自らの選曲であったに違いない。アドリブ的なスキャットも聴けて終始楽しさに満ちている。スイングするジャズ・アレンジは林正樹が担当している。
オリジナルは藤山一郎と奈良光枝が歌った「青い山脈」は昭和24年の作。同名の東宝映画の主題歌として映画と共にヒットし、流行歌のエバーグリーンとなった。ピアノがフィーチャーされて洒落た林のアレンジは合唱曲向きでもあるオリジナルとは趣が異なる。服部良一の代表作のひとつが絶妙に料理された小粋なカバーだ。つまり今回のアルバムでは古賀メロディーと服部メロディーがしっかり押さえられているということになる。
「ここに幸あり」は昭和31年に大津美子がヒットさせた歌。高橋掬太郎と飯田三郎が作詞と作曲をそれぞれ手がけた名曲中の名曲である。映画音楽を想わせるような冬野の美しいアレンジで、ボーカリスト・由紀さおりの本領が遺憾なく発揮される名唱となった。朝川朋之が奏でるハープの音色がなんともいえない余韻を残して曲が終わり、清々しい気持ちにさせられる。
長年第一線で活躍してきたエンターテイナー由紀さおり
以前、『1969』のヒットから数年後に取材させていただいた際に印象的だったことがある。それはご自身が影響をもたらしたであろう昭和歌謡のブームをどう見られているかという質問に対し “昭和歌謡の歌い手と言われることにはちょっと抵抗がある。自分は昭和も平成も関係なく、ただ歌謡曲を歌い続けてきただけだから” という返答であった。
長年第一線で活躍してきたエンターテイナーにしか言えない台詞だ。その格好よさに思わず襟を正したことは言うまでもない。ずっとブレずに歌謡曲を歌い続けている由紀さおりへの尊敬の念が、今回のアルバムでまた一段と高まることになった。