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【手と足に特化した妖怪伝承】 日本各地に伝わる異形の世界

草の実堂

画像 : 小袖の手 草の実堂作成

人類は進化の過程で、四足歩行から直立二足歩行へと歩行様式を変化させた。

この変化により「手」が自由となり、石を投げ、火を起こし、道具を作り出し、やがて文明を築くまでに至ったのである。

人類はまさに「手に特化した」生き物と言っても過言ではないだろう。

一方で、世の理から外れた妖怪の中には、「体の一部に特化した」存在が多数見られる。

今回は「手」や「足」に特化した妖怪伝承について紹介していく。

1.頬撫で

画像 : 頬撫で 草の実堂作成

頬撫で(ほおなで)とは、山梨県、長野県、宮城県、そして東京都などに伝わる妖怪である。
夜道を歩く人間のほっぺたを、青白い手がネットリと撫でてくるという。

実にシンプルな妖怪ではあるが、撫でられた人間はたまったものではない。
下手をすれば、一生もののトラウマになるだろう。

その正体は、茅などの植物の穂が頬に触れたものを、妖怪と誤認したのではないかとされている。
しかし、東京都西多摩郡檜原村には、次のような伝承が残っている。

天保の時代。とある兄弟が夜道を歩いていると、頬撫でに遭遇した。
まず最初に弟が撫でられ、次に兄が撫でられた。
兄弟はこれを怪しみ、刀を抜き、一閃してみたところ、真っ二つに切り裂かれた茅の穂が地面に落ちた。
その切り口からは、赤い血が滴り落ちていた。

一説には、人々の強い恐怖心が茅の穂に宿り、血を流させたのではないかとも伝えられている。

2.馬の足

画像 : 馬の足 草の実堂作成

馬の足(うまのあし)とは、その名の通り、馬の足の姿をした妖怪である。

この妖怪は夜道を歩く人々の前に、木の枝にぶら下がった状態で現れると伝えられている。
もしも不用意に近づけば、強烈なキックを浴びせられるという。

馬に蹴られた人間は、場合によっては命を奪われるほどの重傷を負うことがあり、この妖怪は非常に危険な存在であるといえよう。

福岡県久留米市原古賀町の伝承では、この妖怪は「狸が化けたもの」と伝えられている。

3.小袖の手

画像 : 小袖の手 草の実堂作成

小袖とは、袖口の小さい着物のことである。
その袖口から幽霊のような手がニョキニョキと生えてくる…これが妖怪・小袖の手(こそでのて)だ。

この妖怪は画家・鳥山石燕の「今昔百鬼拾遺」など、江戸時代の様々な文献に登場する。

「今昔百鬼拾遺」の中で、石燕は次のように解説をしている。

ある遊女が亡くなった。
知人たちは彼女の遺品である小袖を見て、彼女が元気だったころを思い出し、嘆き悲しんだ。
しかし、その遊女は身請けされずに惨めに死んでおり、その無念が怨念として小袖に乗り移った。その怨念が袖から手を伸ばす様子は、まるで身請けの金を求めるかのようだった。

江戸時代の遊郭は劣悪な労働環境であり、金持ちに身請けされなかった遊女は、多くの場合、悲惨な末路を迎えることが多かった。

鳥山石燕は、そうした遊郭の現実に対する風刺として、この妖怪を描き上げたのではないかと言われている。

4.手長婆

画像 : 手長婆 草の実堂作成

手長婆(てながばばあ)とは、非常に長い手を持つ老婆の妖怪である。

下総国(現在の千葉県北部から茨城県南西部にかけての地域)の伝承によれば、手長婆は水辺で遊ぶ子供をその長い手で捕らえ、水中に引き込む恐ろしい妖怪とされている。

しかし実際には、水辺で遊ぶ子供たちに注意を促すための、いわば躾の一環として生まれた妖怪だとされている。

それとは別に、手の長い老婆の伝承は日本各地に伝わっている。

青森県の伝承では、手長婆は貝守ヶ岳という山に住む神秘的な老婆とされている。
彼女は腹が空くたびに、その異常に長い手を海まで伸ばして貝などを採り、食べていたという。

千葉県の千倉町にも同様の伝承が残されている。
昔、ある洞窟に手の長い老婆が住んでおり、人々はその老婆を恐れ、誰も近づくことはなかった。
老婆は洞窟から手を伸ばし、魚介類を採って生きていたと伝えられている。

5.足洗邸

画像 : 足洗邸 草の実堂作成

東京都墨田区の本所には、江戸時代から伝わる「本所七不思議」と呼ばれる怪談・都市伝説が存在する。

その中でも、特に強い印象を残す怪談が「足洗邸(あしあらいやしき)」である。

ある旗本の屋敷では、夜になると天井をバリバリと突き破って、毛に覆われた巨大な足が出現するという恐ろしい出来事が起こっていた。
足の主は大声で「足を洗え!」と恫喝し、屋敷の人間がその命令に従って足を丁寧に洗うと、足はすっと天井裏へと消えていったという。

このような出来事が毎晩続いたため、屋敷の住人たちは次第にうんざりし、足を洗わずに放置することもあった。
しかし無視すると、足の主は怒り狂い、天井を踏み抜いて大暴れしたため、屋敷の修繕費用がかさむばかりであったという。

「ありがとう」の一言もなく、恩知らずなこの妖怪は、無断で他人の屋敷に現れては横暴な態度を取るというのだから、全くもって厄介である。

最後に

これらの妖怪伝承は、単なる恐怖話としてだけでなく、当時の社会や文化、あるいは人々の心理を反映したものとしても興味深い存在である。

人類が進化の過程で築き上げた文明の一方で、妖怪たちはその文化や風習の中に深く根付いており、今なおその存在感を示している。

参考 : 『怪異・妖怪伝承データベース』『南房総市HP』

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