「いたいた!」「クマ目視できました」マチの中心部にクマ…どう対応? 北海道・占冠村の取り組み
「いたいたいた!」住民が指さします。
「クマ目視できました」ハンターの一人が、無線で報告。緊張感が漂います。
茂みの中に潜むクマ………
に、見えますよね?
すごくリアルですが…この“クマ”は、中にヒトが入っています。
北海道・占冠村。道の駅のすぐ裏手に、クマが現れたら…
手加減なしの、リアルな訓練が行われました。
無線からは、ハンターと、指揮を執る役場職員の間で、こんなやりとりが聞こえてきました。
「確認ですが、現在も発砲不可の状況?」
「そうです。クマスプレーを持って」
ことしはクマが指定管理鳥獣に追加され、銃による出没対応にかかわる法律の改正も検討されるなど、国レベルでクマ対策の転換点に来ています。
だからこそ、地域に求められることがあります。
占冠村の取り組みから考えます。
連載「クマさん、ここまでよ」
クマを住宅地では撃てず…いまの法律にある課題
現在の鳥獣保護管理法では、原則、夜間や住宅地での発砲が禁じられています。
そのため、クマが連日現れても追い払いを繰り返すことしかできず、被害が長期化したケースもありました。
そのため、クマが連日現れても発砲できず、2か月も被害が長期化したケースもありました。
7月、環境省の専門家検討会は、人身被害のおそれがあるときなどに、一定の条件のもと、住宅地でも銃を使えるよう緩和する方針をまとめました。
法律が変わったとしても、求められるのは、現場の判断です。
クマの生態にくわしく、地域の対策などにもかかわっている、酪農学園大学の佐藤喜和教授は、改正によりスムーズな対応ができるケースもあるのではと期待する一方で、こう話します。
「地域住民の安全を確保して、かつ事故のないような捕獲ができなくてはいけませんので、その判断を誰がするのか、責任を持って判断をするために必要な知識とか技術は何か、または事前に調整しておくべきことは何かなど、まだ課題は多いと思います」
また、どこで発砲できるかについて国が一律のルールを決めるのは難しく、地域の事情に合わせた対応が必要と指摘。
「いろいろな自治体で出没対応訓練などが行われるようになりましたが、そうした事前の協議をしておいたほうが、いざクマが出没したときに、スムーズな協議と判断ができるんじゃないかと思います」と話していました。## 占冠村の「わたしたちのヒグマ対応」
北海道の占冠村では、役場の職員として、「野生鳥獣専門員」を雇用しています。
浦田剛さんです。
「役場が専門員を用意してるってことは、役場の地域住民に対する一つの姿勢を示すものでもあると思うんですよね。クマへの対応は、もちろん捕獲だけではございませんし、日頃からの被害防止のための活動であったり、『みんな』で取り組まないといけない」
占冠村では、ドローンなどで畑の被害状況を調査したり、大学の調査を受け入れてクマにGPSをつけて行動を追ったりしています。そうした日ごろのモニタリングで得た地域のクマの「生の情報」を、住民に伝えるようにしています。
たとえば、「ヒグマミーティング」。住民と一緒に「クマに強い地域づくり」を考えるため、「判断材料」として情報を共有し、質問に答えていきます。
GPSでは住宅の近くまで来ていたクマもいましたが、それだけを伝えて不安をあおるのではなく、目撃情報や痕跡調査も合わせて、人の食べ物には手を出さず、フキやアリなど自然のものを食べて、ひっそり動いていることも伝えていました。
「クマはどうしてそこにいたんだろうかとか、そこで何をしているんだろうということによって、リスクの程度とか、それを避けるための対応の方法も変わってくると思うんですね。どんな対応をすべきかとか、それを被害と見るかどうかっていうのを、地域の方々が判断する材料としてヒグマミーティングだったり、広報誌での折り込みっていう活動があるんです」
イベントや学校の授業で、子どもにクマの頭骨や毛皮に触れて感じ取ってもらったり、村の広報誌の折り込みで、最近の出没情報や季節ごとに注意すべきことを知らせたり。
そうした積み重ねで目指すのは、村全体で取り組む「わたしたちのヒグマ対応」です。
緊張感のある、リアルな出没対応訓練
6月に行ったクマ出没対応訓練には、役場職員や警察、振興局、近隣市町村、消防やハンター、住民など50人ほどが集まりました。
野生鳥獣専門員の浦田さんは、ひとり一人の紹介から始めました。
「顔が見える関係を作って個々の連携に活かしたい」など、それぞれが意気込みを話します。
取材に訪れた私まで紹介していただいたのですが、みなさんに向けて挨拶をすることで、自然と「メディアもクマ対策の一員」「参加するからには学びとり、伝えなければ」と自覚されました。
浦田さんになぜ全員を紹介したのか訊ねると、「ただ傍観するだけではなくて、せっかくその場にいる人たちが本当にその場にいることをちゃんと重みがつく扱いをしなくては」と話していました。
全員が責任感を持って臨む訓練は、緊張感が高まります。
ハンターでもある浦田さんが、人や車の配置を無線で指示。
協力して、クマが住宅地に近づかないよう、少しずつ圧力をかけます。
生い茂る草に、身を隠すクマ。
クマの姿を確認できた人が、無線で「河川を越えようとしていますので注意を」と、全体に呼びかけます。
川を越え、山の方向に近づいたようです。
山のほう、発砲可のエリアに入ったクマ。ハンターらが駆け寄ります。
茂みで息を潜めていた浦田さんが、何かに気づいて動きました。
「来た!」
発砲音が響きます。
訓練は、具体的な課題をあぶり出し、率直に話し合える機会を作ったようです。
合間の時間に、役場職員と警察とハンターが、輪になって話す様子も見られました。
ハンターの一人は、「今回は6人もハンターがいたので、見張り役などを配置できましたけど、1人とか2人とかでやらなきゃいけない状況というのは多分、実際には多くある。今回うまくいったこと以上に、いろいろ課題というか考えなきゃいけないことがあるんだろうなというふうには思いました」と話します。
発砲不可の場所で、クマ役が茂みから一歩近づいてきた瞬間があったそうで、そうした至近距離で、銃以外のクマスプレーなどを使ったプレッシャーのかけ方も練習しておきたいと、具体的な気づきを話してくれました。
また、「クマがよく出る場所、過去に出た場所とかでこうした実地訓練をやって、きょうは『あの場所なら撃っていいよ』というのが、具体的に警察の方にもいる場所でハンターの僕らも理解できた。そこで地形とか民家の位置関係とか法令とかを理解している鳥獣専門員の方が指揮をとってくれてるってことが重要」と話していました。
ハンターも考えさせるほどリアルな動きを見せたクマ役は、実は専門家が務めていました。
酪農学園大学の伊藤哲治講師です。
ハンターの動きについて、「野生鳥獣専門員がいるので普段のコミュニケーションがとれてるし連携がとれている。クマから見てもわかるくらい」と高く評価していました。
終了後には全員が円になり、警察や振興局、近隣市町村もそれぞれの学びを語り合いました。
訓練の様子を間近で見ていた住民は、「自分たちが住んでいる村の中で、クマが出没したときにどういうふうなプロセスで駆除しているのか疑問を感じたので参加しました」と話していました。
専門員を置き、村のクマ対策の先頭に立つ役場。
そして役場任せにせず、課題に向き合おうとする関係者や、住民たち。
専門家の伊藤さんは、最後に「一般の方々も、『ここはちょっとヤブがあって、きょうの訓練でクマがすごく隠れていた。もう草を刈り払っちゃおう』などの気づきもあったのでは。クマがいづらい環境、隠れにくい環境を作っていくというのも一つそれぞれができる対策になると思います」と呼びかけていました。
浦田さんは訓練の成果について、「訓練のシナリオだけではなく、誰がどんなふうに取り組んでるかっていうことを見ていただけたことが関係機関同士の信頼関係を作っていくことに繋がっている。訓練一つでどうなるということではなくて、日常のやり取りも含めてきちんと積み重ねて、思いやりながら協力していくっていうことが大事なんじゃないか」と振り返ります。
当事者は地域の住民
住宅地や農地など、人の暮らしのすぐ近くで起きている、クマとの課題。
国全体で転換点を迎えている今も、浦田さんは、「当事者は地域の住民だ」と意識しています。
「実際に、そこにクマと隣あって暮らす人たちの気持ちというのが一番の大元に根っこにあってしかるべき。住民の方々の願いを叶えるために住民の方々のご協力を集約する先として、役場があって、担当者がいる」
酪農学園大学の佐藤教授は、野生鳥獣専門員について、「クマの専門知識を持ち、地域のことをよく知っていて、信頼関係のある人が役場にいるのは、ひとつの理想的な状況」と見ています。
①経験と技術を持ったハンターが減少している今、そうした人が安定的に雇用される状況は大切なこと
②捕獲以外の対策もすべて含め、日頃から地域のクマの生息数や被害状況を調査・分析し、どんな対策や普及啓発が必要なのか考えられる人がいることも重要
としていますが、浦田さんのように2つの役割を1人で担える人材を配置するのもよければ、それぞれの役割を複数人で担う形でもよく、地域にあった形が求められると話していました。
浦田さんにも、野生鳥獣専門員が全国のほかの自治体にも置かれるべきかと訊ねると、「それが唯一の選択肢ではない」とした上で、「専門員は捕獲能力があればよしっていうことではなくて、地域としての当事者意識のもとで、より一歩前に出て、汗をかいてくださる人という意味合いかなと思っています。その場の状況に応じて、地域の体制作りを考えていくというのが大事なんじゃないか」と話していました。
浦田さんはこれからも、「対策した結果として、どんな暮らしを私達は望んでいくんだろうかというのを、当事者である地域の方々と語らって決めていきたい」と話していました。
連載「クマさん、ここまでよ」
文:Sitakke編集部IKU
※掲載の情報は取材時(2023年2月~202424年10月)の情報に基づきます。