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新国立劇場にて上演中の『テーバイ』 ギリシャ悲劇の基礎知識や魅力を解説した、船岩祐太×ギリシャ悲劇研究家・山形治江インタビューが公開

SPICE

(左から)船岩祐太、山形治江

1年間という期間の中で、参加者が話し合いや試演を重ねて作品理解を深めながら、より豊かな作品づくりをおこなっていく「こつこつプロジェクト」。このプロジェクトから誕生した、船岩祐太が構成・上演台本・演出を務める『テーバイ』が2024年11月7日(木)に開幕し、現在新国立劇場 小劇場にて上演中だ。

ソポクレスによる、知らずのうちに近親相姦と父親の殺害に手を染めたテーバイの王オイディプスの物語『オイディプス王』、テーバイを追放され放浪の途にあるオイディプスの神々との和解とその生の終幕を描いた『コロノスのオイディプス』、そしてオイディプスの娘であるアンティゴネが兄弟の埋葬をめぐり、テーバイの王・クレオンと激しく対立する『アンティゴネ』。

同じ時系列の神話をモチーフとしながらも独立したこの3作品を、船岩は「こつこつプロジェクト」の中で一つの戯曲として再構成し、現代における等身大の対話劇として創り上げました。古典と現代社会との接点を見つめ続け、単なるギリシャ悲劇三作品のダイジェストではなく、オイディプスやアンティゴネに加えて、三作に共通して登場するクレオンにフォーカスすることで「国家と個人」を巡る人間ドラマへと進化。三作それぞれの作中では、一介の脇役に過ぎなかったクレオンが、なぜ王座に座り、国を亡ぼすことになったのか……。法と平和を理想に掲げる統治者が、恐怖と防衛心にさいなまれるさまを描きだす。

この度、『テーバイ』の構成・上演台本・演出を務める船岩祐太と、ギリシャ悲劇研究家の山形治江が、ギリシャ悲劇の成り立ちをはじめとした基礎知識から、舞台『テーバイ』の創作過程や魅力などを語り合ったオフィシャルインタビューが届いたので紹介する。

ギリシャ悲劇の成り立ちなどの基礎知識から、今回の『テーバイ』でコロスが登場しない理由、『テーバイ』の魅力などを語っている。なお、本記事は、「ギャラリープロジェクト」の一環で行った対談インタビュー動画の内容を凝縮し、テキスト化したものとなる。動画全編は新国立劇場Youtube公式チャンネルで公開されている。

『テーバイ』


【オフィシャルインタビュー】

ギリシャ悲劇研究家・山形治江さんがその魅力を解説 ギリシャ悲劇から『テーバイ』へ

『オイディプス王』『コロノスのオイディプス』『アンティゴネ』という3つのギリシャ悲劇を再構築し、「一つの国が没落していく姿」を描く『テーバイ』が、11月7日より新国立劇場 小劇場にて開幕した。『朝日選書 ギリシャ悲劇』『ギリシャ劇大全』などを著書に持つ、ギリシャ悲劇研究家の山形治江さんと、『テーバイ』の構成・上演台本・演出を務める船岩祐太さんが、ギリシャ悲劇を解説する。

ギリシャ悲劇はお祭りの期間にしか観られない、演劇コンテストだった

船岩:まずはギリシャ悲劇にあまりなじみのない方々に向けて、ギリシャ悲劇とはどういったものなのかを簡単に教えていただけますでしょうか?

(左から)船岩祐太、山形治江

山形:ギリシャ悲劇は、今から約2400年前、紀元前5世紀くらいに都市国家アテネで上演されました。場所は、アクロポリスの丘の斜面にあるディオニュソス劇場です。オーガナイズするのは国家ですが、実際にお金を出し、演技をするのは市民です。題材は、神話伝説。酒の神のディオニュソス、別名バッカスへの奉納行事として上演されました。現代的な感覚では、演劇は毎日でも観られると思われるかもしれませんが、当時は奉納行事でしたので、お祭りの期間しか観られません。そして、その上演方法は、演劇コンテストでした。国家の中で委員会のようなものができて、応募された中から優秀者3名が選び出され、その3名がそれぞれ4本の劇を上演して優勝を競うという形でした。もちろん、審査員も市民です。ギリシャ悲劇の題材はギリシャ神話ですが、上演されたのはアテネだけですので、正確にいうと“アテネ劇”でした。
ギリシャ神話と現存しているギリシャ悲劇は、題材的には同じものです。もともとアテネ以外の地方にあったギリシャ神話が第一の素材となり、三大悲劇作家と呼ばれる詩人たちが作品を描いて、神話となって現代まで伝わっています。ただ、一つだけ違いをあげるとすれば、ギリシャ劇はアテネで上演されていたものなので、目線が全てアテネを中心としているということです。アテネ出身の英雄が出てくると盛り上がる。そこが神話とは違うところです。

3本の悲劇と1本のサテュロス劇からなる演劇コンテスト

船岩:演劇コンテストとはどういったものなのですか?

山形:先ほど選ばれた優秀者3名がそれぞれ4本上演すると言いましたが、その4本とは、3本の悲劇と1本のサテュロス劇です。サテュロスは、半身半獣の神で、ディオニュソスの取り巻きの酒好きなちょっとエッチな神様です(笑)。なので、サテュロス劇とは、酔ってはエッチなことをしてしまうという滑稽な劇を指します。つまり、3本は非常に真面目な、人生のことを扱った作品を上演し、その後に少し息抜きとなる短くて軽い劇を観て終わる。その4本で競いました。コンテストになってはいますが、選ぶのは一般市民で、もちろん市民は演劇評論家でもありません。毎年、輪番制で選ばれた部族の代表が観て投票します。投票されたものを全て開票するのではなく、その中からたまたま引いたいくつかの票で決めていたので、必ずしも良いものが選ばれていたのかは分かりません。評価と今、我々が考える出来は必ずしも同じではないのです。

ギリシャ悲劇はコロスから始まった

船岩:ギリシャ悲劇にはコロスが登場するというのが大きな特徴の一つです。コロスはどのような成り立ちで登場するようになったのでしょうか?

山形治江

山形:そもそもギリシャ悲劇はコロスから始まったものです。ギリシャ劇の成り立ちは諸説ありますが、祭礼で酒を飲んで騒いだことが始まりだと言われています。村祭りにたくさんの人が集まり、合唱舞踊として歌って踊っていたのですが、その内容がギリシャ神話だったのです。そしてあるとき、トリップしたように「我こそはディオニュソスだ」と言い出す人が出てきた。そうすると、みんなが面白がって「なんのためにここに?」と尋ね、言い出した人は「自分の信仰を伝えるために」と返す。最初に「我こそは」と言った人が最初の俳優です。その俳優の周りの人たち、つまりコロスがまた何かを聞いて、それに対して俳優が応える。一人のカリスマ的な俳優とそれを取り巻くコロス。そうした形式からギリシャ悲劇は出来上がっていきました。ただ、劇を作っていくうちに一人対マスの話がつまらなくなってきたのでしょう。アイスキュロスが俳優を2人立てたことで、今度は俳優同士の会話になり、それを取り巻くコロスという構図に変化しました。さらに物語を複雑にしていくうちに俳優が3人になる。そうすると、必然的にコロスの出番やセリフが激減しました。ただ、非常に興味深いのは、エウリピデスの作品などはコロスのセリフが非常に少なくなったことで、幕間の合唱舞踊の歌詞や踊りに力を入れ、結果として演出された作品としてはとてもおもしろいのです。今回上演される『テーバイ』にはコロスは登場しませんよね?

船岩:今回は全面的にカットさせていただきました。その替わり、コロスが担う要素をさまざまな登場人物に割り当てて挿入しています。そうすることによって、主要な登場人物のストーリーラインをはっきりさせることができるのではないかと考えました。そして、それぞれのコロス的な登場人物に対して、人格を付与することによって、それぞれの関係性が生まれ、それが物語そのもの、あるいは主要な登場人物の成り行きに膨らみを持たせることができるのではないかと思ったのです。

(左から)船岩祐太、山形治江

山形:コロスには「合唱舞踊団」という音楽的な要素や踊りの要素と物語の解説をし、劇の最初から最後までを見届ける目撃証人のような立場もあります。コロスを全てカットするということは、見届け人は登場しないということですか?

船岩:全編を通して見届けるというより、各シーンで見届ける役割を担う登場人物はいます。コロスという存在が担った劇的な効果を合唱や舞踊ではなく、関係性、あるいは対話の中で同じような効果を持つ膨らみができないかというのが今回の構成のミソです。

山形:今回の作品は、『オイディプス王』『コロノスのオイディプス』『アンティゴネ』という3本のギリシャ悲劇を再構築していますよね。『オイディプス王』と『アンティゴネ』はとても有名でファンが多いのでわかるのですが、『コロノスのオイディプス』も取り入れたことに非常に驚きました。『コロノスのオイディプス』は日本どころかギリシャでもあまり上演されていないのではないかと思います。どうしてこの作品を選ばれたのですか?

船岩:『コロノスのオイディプス』を上演することでアンティゴネというキャラタクターが持つ多義性を生かせるのではないかとまず考えました。ただ、『コロノスのオイディプス』を足しただけでは難しい。そうすると、オイディプスの物語の始まりがあった方がいいのではないかと。それで、実際に並べてみたら、人間の形相を表せるようになったのではないかなと思います。

山形:三部作を一気に観られるというのはすごくお得ですね。テーバイ王家の物語がこれ一本観れば分かるわけですから。脚本をお書きになるときに、オイディプスが関係するその他3本の作品の要素も取り入れられているので、すごくおもしろいと思います。ギリシャ悲劇を観たことがある方は、原作と設定が違うという感想も持つかもしれませんが、6作を全て読むと神話の素材が入っていて、脚本家が創作したものではないと分かります。原作から逸脱するような会話はしないので、非常に見事だと思います。

(左から)船岩祐太、山形治江

文:嶋田真己

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