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新潟、酒、ときどきレトロ建築。旅の締めくくりに長岡『十字路』

さんたつ

【酒場ナビ】十字路_3

親戚に酒好きの叔母がいるのだが、なぜ好きになったかの理由が面白い。昔から極度の低血圧に悩まされていた叔母は、病院で血圧を上げるために「少しお酒を飲んだらいい」と言われたとのこと。それまで酒を飲まなかった叔母はそれから酒を嗜むように……どころかドハマりした。平日の晩酌は最低ビールのロング缶を4本、休日前は計り知れず、さらには自分で梅酒まで作って飲むようになったほど。当時の飲みっぷりは、いささか心配になる程だったが、最近になって脳の血管に異常が見つかり、今度こそ酒を嗜む……どころか、スッパリと断酒した。人生の岐路になるほどの出来事が起こると、自分でも予想もしない大胆行動ができるのかもしれない。

半年のうちに2回訪れた新潟の旅。かなり……だいぶかなり、充実と満足な旅であった。新潟市内の都会ぶりとレトロ建築の多さに驚き、そして酒場ではとにかく日本酒で、それに合う絶品の料理たちに感動。特にご当地グルメの「半身揚げ」は、私の中のおいしいもの史上に残る一品であった。

雁木(がんぎ)造りで張り巡らされた高田城の城下町も、ここでしか見れないような光景に、何度も息を呑んだ。直江津の雨上がりの湯気が舞う朝市と昼飲み、長岡の醸造の街めぐりと絶品料理を出す割烹での夜……未だ鮮明に蘇る。

有終の美を飾るべく、長岡最後の酒場は高級料亭に……なんてことはせず、最後だからこそ何も考えず、その街によくなじんだ酒場へ行くのがいいのだ。

駅前に延びる大手通りと中之島見附線のちょうど交差する、まさに十字路にある酒場『十字路』を見つけた。

イイ、ですねえ……かなり控えめな外観だが、電気焼けした白い看板と酒瓶が並ぶショーケースがいい雰囲気。

時刻は15時と少々早い(うれしい)が、「営業中」と掲げられた木板に挨拶をして扉を引く。

「いらっしゃいませ」

おおっ、外観からは想像できないほど、店内は奥へ霞むように長い。温かみのある照明の小料理屋風店内は、左手に十数席のカウンター、右手は畳の小上がりがビシッと並ぶ。

「あ、ここ好き」と心の中で告白をして、これから訪れるであろう素敵な酒場時間を妄想しながらカウンターに腰を落ち着けた。

カウンターの内側の、手書きメニューがヒラヒラと張り巡らされているのもいい。他に客はほとんどいない、ゆっくりと吟味しよう。まずはスカッとレモンサワーから。

しゅわんっ……しゅわんっ……しゅわんっ……、スカ──ッとうんまい! 新潟では日本酒をよく飲んだから、こんなタンサンの酒を飲(や)りたくなる。スカッとしたところで、料理を召喚しよう。

まずは刺し身五点盛りから。なんと、この量で700円! 鮮紅なサーモンはひやりとした舌触りから、とろりとした旨味。

上品なタイの味わいとツルシコのイカ。ドッシリ、ネットリとハマチの脂は最高で、新鮮なマグロはひと口ごとに口の中が若返るようだ。

芳ばしい香りとともにカキフライが目の前にやってきた。「サクッ」と長い店内に衣を噛む快音を鳴らすと、中からトロリと牡蠣の旨汁があふれる。生牡蠣はダメだけど、カキフライなら食べられるという人がいるが、よくわかる。

生とフライはまったく別料理で、生は「牡蠣だぞ!」が強いが、フライはカリッとした表面と中からトロッとした旨味が、タコ焼きっぽく食べやすさもある。

「なーに、子供みたいなの飲んでるんだよ」

「別にいいじゃない、うふふ」

小上がりにいる常連であろうムッシュとマダム。マダムがレモンサワーを頼むのをムッシュがからかうのがかわいらしい。そっと、手前のレモンサワーを隠し、次の料理をいただく。

うわぁ~い! ボクの大好きなエビグラタンだいっ! 酒場で「グラタン」という文字を見つけると、必ずと言っていいほど頼んでしまう不思議。酒場と“子供の食べるもの”のイメージのギャップが萌えるのかもしれない。

あっつ、あっち、ほっち……熱ちちうまいっ! 表面の香ばしい焦げ目をパリッ! 中から優しいクリームソースがあふれ、プリンとしたマカロニとプリリンとしたエビが混然一体となる。たっぷりのチーズもトロ~リ……それこそ、子供のように夢中で食う! ああ、うまい。シビれますねえ……1時間正座したくらいシビれますねえ。

「お兄さん、こっちの人じゃないでしょ?」

ほくほく顔でグラタンを食べていると、女将さんのひとりが話しかけてくれた。いつも不思議に思うのが、酒場のマスターや女将さんは、外から来た人間を言い当てるのだ。何かしらの“センサー”があるに違いない。

「こちらのお店はもうどれくらいですか?」

「創業60年くらいかしら? 手伝いだからちょっとわからないのよね」

「長岡は花火があっていいですね」

「花火は人だらけで地元民は観れないわよ」

筆者の地元・秋田にも「大曲の花火」があるが、街の規模に合わないとんでもない人が押し寄せるらしい。そういえば、地元連中で「大曲の花火を見に行く」なんて、ほとんど聞いたことがないな。

結局、日本酒、長岡限定の特別純米酒「五十六」でシメる。それを舐めながら、ちょこちょこと女将さんと会話するのが心地よいが、そろそろ帰りの新幹線の時間だ。

毎度のことだが、旅の最後に立ち寄る酒場を出る時は、なんとも言えない淋しさに襲われる。このまま勢いで長岡にもう1泊してみるか、黙って帰路につくか──悩む岐路……いや、悩ましい十字路に立たされつつ、とりあえず残り少ない日本酒をチビチビ飲(や)ろう。

十字路(じゅうじろ)

住所: 新潟県長岡市東坂之上町1-4-8
TEL: 0258-32-0911
※文章や写真は著者が取材をした当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。

取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)

酒場ナビ
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