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「中学生の不登校11%」大分県玖珠町で“理想の学校”づくりに挑んだ! ある文科省職員の挑戦

コクリコ

「中学生の不登校11%」大分県玖珠町で“理想の学校”づくりに挑んだ! ある文科省職員の挑戦

九州初の「学びの多様化学校」立ち上げにかかわった文部科学省職員・上田椋也さんインタビュー。自身の海外経験から注目したイエナプラン教育と、日本の学校が抱える課題、これからの教育が進むべき未来について。「学びの多様化学校」連載4回目。

【▶画像を見る】タブレット純 「学校でうまくやれなくても生きてればいい」

九州で初めての「学びの多様化学校」として開校した、大分県玖珠町の「くす若草小中学校」。町の教育長や、初代校長とともにその立ち上げを支えたのは、文部科学省から教員として赴任していた上田椋也さんです。

学校づくりの核として、対話を重視したオランダの教育法「イエナプラン」の理念を取り入れた背景には、上田さん自身が日本の学校教育に抱いていた強い危機感がありました。

学びの多様化学校は、これからの公教育のスタンダードになるのか? 日本の教育が今まさに直面する課題と、進むべき未来について伺いました。
(「学びの多様化学校」連載4回目)

上田 椋也(うえだ りょうや)
文部科学省総合教育政策局政策課企画調整係長。1996年生まれ、静岡県浜松市出身。2019年、文部科学省に入省。2023年より同省の研修制度により大分県玖珠町に派遣され、中学校教員として勤務しながら、九州の公立学校で初となる学びの多様化学校「玖珠町立くす若草小中学校」の設立を推進。2024年より同町教育委員会参事を務めた後、2025年4月より現職。

不登校は子どもにとって災害級の出来事

──文部科学省職員の上田さんが大分県玖珠町(くすまち)で「学びの多様化学校」の立ち上げにかかわられたのは、どのような経緯だったのでしょうか?

上田椋也さん(以下、上田さん):玖珠町には、2023年に文部科学省の研修制度で中学校の英語の教員として赴任しました。

玖珠町には中学校が1校しかないのですが、当時の中学校の不登校生徒が全体の11%に上っていたんです。そこで梶原敏明教育長から「玖珠町に多様化学校を作れないだろうか」という相談を受けました。

「不登校は子どもの人生に関わる災害級の出来事だ。今、目の前で川に流されている子どもを放っておくことはできない」と。そこで、中学校で教員として働きつつ、多様化学校の設立準備を進めることになりました。

玖珠町立くす若草小学校校舎。「みんなが主役の学校」という教育目標を掲げ、生徒と対話の時間を朝夕必ず設けています。  写真提供:くす若草小中学校

──イエナプランの考え方を取り入れた学校づくりを提案されたのも上田さんだと伺いました。なぜイエナプランだったのですか?

上田さん:僕は小中学校時代に6年間アメリカで過ごし、外国人としてマイノリティの立場を経験しました。

帰国後は故郷である静岡県の浜松市に戻ったのですが、ここは外国人労働者が多く、異文化に馴染めずドロップアウトしていく人たちも目にしてきました。

そんな中で、自然と“多様性”について考えるようになっていったんです。

学校は社会の準備期間じゃなかった! オランダで180度変わった教育観

上田さん:大学時代は比較教育学を専攻し、日本と海外の教育政策について学びました。

インクルーシブ教育に関心を持って調べる中で、異年齢学級を基本とし、国籍、文化、発達特性もフルインクルーシブな教育を行っているイエナプランという教育法がオランダにあることを知りました。

上田さん:卒業後、入省前にオランダの研修に参加してきたのですが、実際にイエナプランの学校を視察してみると、学校や教育に対する考え方が180度変わりました。

それまで学校は、子どもたちが社会に出る前の準備期間だと思っていたんです。子どもは未熟な存在で世の中のことを知らないから、学校で社会のルールを学ぶのだと。

でもイエナの教室では、子どもたち一人ひとりが自律的に活動し、教室がすでに理想の社会として成立していたんです。好きな場所で黙々と勉強している子もいれば、何人かのグループで相談しながら作業している子どもたちもいる。学びの在り方がとても多様なんです。

大人が会社で働くのと同じように、子どもたちが自分に合った学び方を選択し成長することで、最大限に個人の能力を発揮して学級に貢献している。子どもたちによって民主主義が実現していることに驚きました。

「理不尽の我慢」ではなく「理不尽をなくす方法」を学ぶ場所へ

上田さん:その様子を見て、改めて日本の学校教育について考えさせられました。

今まで学校では、“社会に出て困らないように”と子どもたちにたくさんの理不尽なことを我慢させてきました。でも、社会に理不尽があることを前提にしていいのでしょうか。

子どもが理不尽を自分の中にインストールして、我慢ができるようになったり、理不尽を再生産するようになるのは、本来教育が目指すことではないはずです。

むしろ理不尽なことがあったら、それをなくすためにどうしたらよいのか、みんなが気持ちよく安心して過ごせるようにするにはどうしたらよいか、を学ぶことこそ大切なんじゃないかと思うようになりました。

なぜ方法より「対話」が大切なのか

──くす若草小中学校では、イエナプランの中でも「対話」を特に重視されていますよね。対話にフォーカスされたのはどうしてですか?

朝夕に行われる対話の時間の様子。  写真提供:くす若草小中学校

上田さん:イエナプランは素晴らしい教育法なのですが、日本で実現しようとすると制度上の制約もあります。

例えば、オランダの場合、小学校で学ぶ内容は卒業までにカバーできればよいことになっていますが、日本は学年ごとに学習内容が決められているので、縦割りのクラス編成はハードルが高いというのが現実です。教員の配置もオランダは生徒20人に対して1人くらいですから、日本に比べてだいぶ少ないですよね。

しかし、大切なことはメソッド(方法)ではなく、根幹にある理念だと思っています。それは、先生も子どもも分け隔てなくお互いを尊重し合い、みんなで一緒に生きていく、ということ。つまり、民主主義を実現することです。

その理念を肌で感じやすいのが対話なんですよね。対話の場では、参加している全員に平等に発言権があり、自由な個人として尊重されます。先生や生徒といった立場の違いも、正解も不正解もありません。だから、対話の時間が好きという子がとても多いんですよね。

本当は「人と関わりたい」 学校が持つべき本当の役割

上田さん:「不登校の子は人と関わるのが苦手だから、個別のほうが良いのでは」という声も聞きますが、くす若草の子どもたちを見ていると、必ずしもそうではないと感じます。本当は仲間と関わりたい、でも関われない。みんな根源的には「人と一緒にいたい」という欲求を持っているように思うのです。

「人と関わるのが苦手」という表面的なニーズに応えつつ、知識を効率的に与えるだけなら、個別学習でも動画配信でもよいのかもしれません。でも人としてどう成長してほしいのか、どうしたら幸せに生きられるのか、という教育の根本に立ち返ると、やはり人とかかわることを諦めてはいけないような気がします。

YouTubeでも学べる時代に、改めて「学校って何のためにあるのだろう」と考えると、それは多様な他者と共に学び生活することであり、社会で生きていくことそのものを意味するのだと思います。くす若草でも、そこを大切にして対話を続けてきました。

子どもの背景は「教育的資産」 多様性が学校の価値になる

上田さん:実はオランダの教育学で、「ファンド・オブ・アイデンティティ」という考え方があります。子どもたちの社会的背景やアイデンティティは、それ自体が資産であり、教育的価値だということです。

外国籍の子どもがいることで異文化に触れることができるし、障害を持った子がいることで多様なものの見方や感じ方に気づかされ、その子を通じて社会に足りないものを発見することもできる。多様性というのは、まさに学校こそ持つべき価値なんですよね。

──ここ数年、日本でもイエナプランを導入したり視察する学校や自治体が出てきましたね。

上田さん:子どもたちの多様性はこれまでも当たり前に存在していたわけですが、見て見ぬふりをしてきたところがあると思います。しかし、そこに向き合わないと学習が成立しなくなってきたという現実があるのではないでしょうか。

【図:35人学級における子どもの多様性】初等中等教育における教育課程の基準等の在り方について

上田さん:今、次の学習指導要領の改訂に向けて議論が進められていますが、そのキーワードとなっているのが「多様性」です。柔軟でインクルーシブな学びの在り方を考える上で、イエナプランからは学ぶことが多くあると思います。

日本の先生は世界一! あとはシステムをアップデートするだけ

──学びの多様化学校の取り組みは、これからの学校のスタンダードになっていくのでしょうか?

上田さん:そうですね。今は不登校の子どもたちの最後の砦のようになっていますが、やはり公立学校全体が変わっていかないといけません。多様化学校は、そのトライアルとしての役割を担っていると思います。

実際、次期学習指導要領では、学び方の自由度を高めたり、授業時数や学習内容の学年区分について弾力性を持たせようという議論も上がっています。

上田さん:不登校の問題をはじめ、今の学校には課題が山積みですが、玖珠町の梶原教育長はいつも「ピンチはチャンス」と言っています。僕もこの状況は、日本の教育が生まれ変わるためのチャンスだと思っています。

日本の学校は画一的だとか抑圧的だとか批判されることもありますが、日本ほど先生が生徒指導に熱心な国はありません。家庭環境や友人関係まで気にかけ、子どもの表情の変化を見取り、心に寄り添う姿勢はどの国の先生にも負けません。それは、民主主義の学校をつくる上でかけがえのない財産です。

子どもたちの多様性を認めていきたいという思いも、すべての先生の根底にあるものだと思います。先生方が本来持っている子どもたちに向き合う力や、教育者としての思いを存分に発揮できるように、老朽化したシステムをアップデートするときが来ているのではないでしょうか。

───◆───◆───

「ピンチはチャンス」。不登校の急増という大きな課題に直面している日本の教育。しかし、上田さんの言葉は、それが子ども一人ひとりの多様性に向き合い、教育全体が生まれ変わるための好機であることを示唆しています。

くす若草小中学校の「対話」を大切にする教室から、日本の新しい教育のスタンダードが生まれていくのかもしれません。

撮影/日下部真紀
取材・文/北京子

玖珠町立くす若草小中学校
住所:大分県玖珠郡玖珠町森3889
電話:0973-72-4141

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