室町時代から受け継ぐ、小田原鋳物のブランドを高める
柏木 照之
株式会社 柏木美術鋳物研究所 代表取締役
◆「鳴物(なりもの)」に特化して、小田原唯一の鋳物業を営む
柏木美術鋳物研究所では、小田原鋳物の伝統を受け継ぎ、現代生活にマッチした鳴物や花器、楽器、仏具、文具などを制作しています。小田原鋳物は、室町時代に遡ります。北条早雲が小田原城を奪取し相模国を平定、二代氏綱の時代に城下町が整えられると、日用品としての鍋、釜などの「鋳物」が必要とされました。肥前国唐津の大久保氏が佐倉藩を経て小田原城主になると、従属した柏木家も小田原鍋町に移り住み、1686年(江戸時代、貞享3年)から小田原で鋳物業を営んでいます。
明治以降他の地域で鋳物の大量生産が可能になると、地場での需要が減り、もともと得意だった鳴物に特化してきました。風鈴の涼やかな音色や、仏壇に置かれた「おりん」を鳴らした時の、「りーん」という澄み切った余韻のある音がでる鳴物にこだわっています。
空間に凛とした響きが冴えわたる「風鈴」や「おりん」の秘密は、「砂張」にあります。「砂張」は、もともとは「沙波理」と書き、シルクロードを渡って奈良時代に入ってきました。正倉院御物の中にも「沙波理」製の仏具や食器がありますが、茶道具として取り入れられるようになると「砂張」と書くようになったようです。「砂張」は錫を含んでいるため、硬くて脆く鋳造や加工、色付けなどは非常に難しく、制作には高度な熟練の技術が必要とされます。しかしその分音色の優れた製品に仕上がります。そして使い込むほど音も良くなるといわれています。
例えば黒澤明監督の映画『赤ひげ』(1969)の浅草寺のシーンでは、無数の風鈴が一斉に鳴り響くシーンがありますが、この場面をより印象深いものにするべく、最高の音色を持つ風鈴を探し求めた黒澤監督に使われたのが、当社の風鈴でした。(工房にはその場面写真が飾られている)
▲炉の中で炎が燃えたぎる作業現場は、熱さとともに緊張感もピークになる。溶けた金属を鋳型に流し込み、 金属は鋳型の中に充填され、冷え固まり製品の形状になる。
◆寄木細工など工芸品同士のコラボで新たなニーズを生み出す
柏木美術鋳物研究所として、会社組織にしたのは1952年(昭和27)でした。私は大学生の頃からアルバイトで手伝うようになり、27歳の時社長に就任しました。大きな産地なら、型を作る人、色付けをする人と分業しますが、型の制作、型への鋳込み、加工、着色、仕上げ、という一連の作業をやっています。少しでも手を抜いてしまうと、形はよくても最終的に音が鳴らないといった致命的な欠点に繋がります。溶けている金属の表面の頃合いを見ながら温度を判断し、流し込みをしていきます。「砂張」は硬そうですが、脆いので大切に扱わないと加工中でも割れてしまうことがあります。これこそ職人技になりますが、工房に若い社員も入り育てているところです。
「風鈴」や「鈴」など当社の商品も、時代時代にあったものを提供していかなければなりません。デザインや機能性を高めることも必要です。
古くから「鈴」は、魔を祓う祭具として用いられたもので、江戸時代後期には全国各地で作られお土産や玩具としても人気がありました。当社でも「猫鈴」「小槌鈴」「ワニ鈴」「マサカリ鈴」「虎の印鈴」など様々な形をした鈴が人気です。以前から風鈴の短冊を作っていた会社とのコラボで新たな商品をつくり出したり、箱根寄木細工の露木木工所さんとのコラボでは、風鈴の短冊に寄木細工を使用し、工房独自の配合による真鍮で製造しました。こちらもよく響く風鈴だと評判です。
コロナ禍は、ピンチの時期でしたが、新たな商品開発を手がけました。たとえば、風鈴を掛けるスタンドも鋳物で制作しセットで販売したところ、小田原市のコンクールの景品として使われるなど、贈り物や記念品にも喜ばれています。
「鳴物」の良さをネットでは実際に音を聞くことができないのでコロナ禍以前は消極的でした。ところが、食物にしても味見をしないでネットで売れるわけですから、ネット販売で販路を拡げたところ思わぬ需要があり助けられました。少々値の張る商品も、箱根の高級ホテルではインバウンドのお客様が買っていって下さるのもありがたい。考えれば空港や観光地などまだまだ需要は掘り起こせるに違いありません。これからも代々受け継がれてきた柏木家の小田原鋳物の伝統を絶やすことなく守り拡げていきたいと思っています。
▲一連の作業を経て、デザイン化された商品が、工房に隣接する「砂張ギャラリー鳴物館」やネットで販売されている。ひらがなで「まよけ」と入った猫の形をした「猫鈴」が人気だ。工房独自の配合で、鳴物用真鍮を使用した「松虫風鈴」「鈴虫風鈴」は涼やかな虫の鳴き声を感じる風鈴だ。形状が特徴的な「吊鐘風鈴」「小田原提灯風鈴」などもある。写真中央は、小田原伝統工芸の寄木細工とコラボした「御殿風鈴」。それぞれの風鈴は好みの短冊に替えることもできる。海外からの観光客にも喜ばれている。
柏木 照之(かしわぎ てるゆき)
1978年神奈川県小田原市生まれ。中央大学理工学部を卒業し、株式会社柏木美術鋳物研究所入社。2005年社長就任。「砂張ギャラリー鳴物館」では、工房で作られた鳴物を実際に聞くことができる。
株式会社 柏木美術鋳物研究所
住所 小田原市中町3-2-1
問い合わせ 0465-22-4328
開館:9:00~17:00
定休日:第2・4・5土曜、日曜・祝日