湯木慧 表現者として新たなフェーズの扉を自らの手で開いた、湯木とファンの熱くて一番長い日
『W/O』
2024.07.20 代官山SPACE ODD
新コンセプト“RE:NATURE”を掲げ、2年ぶりのアルバム『O』を7月17日に発売し、始動した湯木慧。自己愛・満足・戦争をテーマにしたこの渾身の一作は、前作『W』と地続きで、“W/O(with out~)”というメッセージが込められている。そのメッセージを直接ファンに届けるべく、約一年振りのステージ『W/O-ウィズ アウト-』に臨んだ。7月20日代官山SPACE ODDは、彼女の生の歌を待ちわびていたファンで満員だった。そんな中、大きな拍手に迎えられ登場した――。
「リハーサルから泣いてしまいました」――アンコールでそう語っていた湯木。それほどこのステージに立つことへの緊張と渇望、様々な思いを抱えてこの日を迎えた。オープニングナンバーは「331」。静かな幕開けだ。ピアノ一本で、最初は語りかけるように歌う。緊張しているのが伝わってきたが、切実な思いを“まっすぐに”駆け付けたファンに届けようと、懸命に歌う。あることをきっかけに「人生で初めて自分のことを心の底から信じられなくなりました」とインタビューで語ってくれた湯木。その当時の思いを吐露するように紡いだ歌詞を客席と、そして自分に向け歌っている。「苦しくてどうしようもなくなった時、気がついたら歌を作っていた」と語ってくれたように、自分の歌に救われていた。しかしそれはこの曲を聴いた誰かのことも救っている。その凛とした歌に、客席は引きつけられる。
「魚の僕には」をギターの弾き語りで披露する。そして「去年私は前にも進めず、しゃがむこともできず、ただ時が進むだけの状態だった。そんな自分に歌ってあげたい」と語り「火傷」を披露。《こんなんじゃどこにも行けない 変わる不安を飼いならす 大胆に生きて行けよ 生きて行けよ》と、精神的に足踏みをしていた時間を過ごしていた自分を、鼓舞するように歌っていた。ここでバンドが合流。ベントラーカオル(KeyB)、ヒロシ(Per)、楠美月(Cho)という2020年のワンマンライブ『選択』を共に作り上げたメンバーだ。リリック映像と共に「ありがとうございました」を届け、コーラスが印象的な「Answer」は客席と大合唱。久々のライブで全員で歌えることの歓びを湯木もファンも感じていた。
「生き急ぎすぎた自分への歌です。自分で作った曲に励まされている」と「存在証明」を披露。やわらかな光に包まれながら《なにも聞こえなくなった時には 光の方へ》《自分で決めたこの道なんだと明日へ一歩踏み出すのです》と強いメッセージを届けると、客席では涙を流しながら聴いている人も。ひとりでステージに残り、バーチャルアーティストIAに提供した「どんな世界だと知っても」は、様々な風景を切り取った映像と共に真っすぐ言葉を届ける。
パーカッションのヒロシと二人で披露した「金魚」は、本番前にどう演奏するのか決めないで、純粋にセッションを楽しむ。美しく儚い春を描いた「春に僕はなくなる」は、キーボードのベントラーカオルと二人で披露。キーボードを弾く手元だけにスポットが当たる光の演出に引き込まれる。
久々にライブができる歓びからか、この日の湯木は最初からテンションが高かった。「本当の自分を曝け出してる。私、変なコなんです」と語ると、客席も笑顔だ。キーボードとパーカッションとアイコンタクトを取りながら楽しそうにセッションを楽しむ「網状脈」、そしてバンドが全員揃い「選択」を歌った。コーラスが重なり、繊細で強いメロディを乗せ《愛と苦しみと明日を、選ぼう。》という言葉を一人ひとりの心に運ぶ。
緊張感と嬉しさを抱え臨んだこの日。いつもにも増して言葉、一つひとつを丁寧に、感情を乗せ届けているように感じた。それが聴き手の心に響き、共鳴し、感情を激しく揺さぶる。客席はそんな一人ひとりの思いが溢れ、その感情の海の中で湯木はまた溢れる思いを届ける。まさに感情の交感の空間、時間になっていた。
《精一杯の声を聴かせて》と歌う「二人の魔法」では客席から大合唱が起こり、湯木は客席の声を全身で感じ、感動している。パーカッションが激しいリズムを刻む「一匹狼」は、襲いかかってくる不安や孤独の中で、立ち上がろうとする決意を歌う。色々な感情の狭間で揺らぐ感情を表現した「スモーク」もやはり言葉が“向かってくる”。
「とてもとてもお待たせしました。時間がかかったけど、みんなに直接言葉で伝えたかった。一年以上かけてたどりついた場所です」と、この日のライブへの思いを改めて伝え、「こんなにもたくさんの人がついてきてくれました」と、自身の現在地を再確認し感激した様子だった。そして「自分のために、みなさんのために歌を作り、歌い続けていく」と力強く語り、“再生”の曲ともいえる自己愛を歌った最新曲「LOVE ME」を披露。ここで本編は終了。
鳴りやまない拍手に応え再びステージに登場すると、17曲を歌い切り芽生えた思いを改めて客席に伝える。「重たいことは置いておいて、ゼロに戻った気持ちでリスタートするんです。ゼロに戻ったのにここには300人もいる。みんなを引き連れて突き進んでいく」と、高らかに宣言し「愛real life」を披露した。鳥のさえずりが流れ、明るい陽射しのような照明の中で全てを包み込むように歌う。最後に愛が勝つのだ。ハッピーで強さも感じるエンディングになった。表現者として新たなフェーズの扉を自らの手で開いた湯木とファンの、熱くて一番長い日が幕を閉じた。
取材・文=田中久勝 撮影=安部 大智
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