第8回 王座戦のストーリーに絡む大プッシュを受ける”マジカルガール”坂崎ユカ ~確固たる実力と秘めた”魔法の力”で、AEWでも奇跡を呼び起こすか?~
怪我による長期欠場からの復帰直後、いきなり女子王座挑戦で観客の大声援に応える坂崎ユカ
– 2024年9月25日(現地時間)ニューヨーク州クイーンズ アーサー・アッシュ・スタジアム –
”魔法少女”に秘められた確かな実力
これまでのコラムでAEW活躍する日本人女子レスラーの志田光、里歩という、いずれも類稀な才能やキャリアを持つ選手を紹介してきたが、実はもう一人。”AEWジョシ3人娘”と称して差し支えないであろう、奇抜なキャラクター性と確かな実力を兼ね備えた日本人女子レスラーが存在する。
可愛らしいルックスと、煌びやかなコスチュームに身を包んだ彼女のニックネームは、まさかの”魔法少女”。「マジカル・ガール!」と実況で紹介されるほど、ファンの間でもすっかり定着している彼女こそ、坂崎ユカ、その人だ。
今回は、自身によるインタビューコメントも交えて、坂崎ユカのこれまでとこれからを深く掘り下げていきたい。
まさかのお笑い芸人出身!?
プロレスラーになったエピソードともなれば、学生時代からスポーツ万能であったり、あるいは柔道などの格闘技のバックボーンを備えており、その延長でといった例が顕著かと思われるが、坂崎のユニークさはその時点からしてかなりの破天荒さだ。なんと坂崎は、もとは専門の養成所に通い、お笑い芸人を目指していたというのだ。
坂崎ユカ(以下、坂崎)「某テレビ番組のイモトアヤコさんがやっている『珍獣ハンター』に憧れて芸人になりたいと思っていました。親には相談なく決めて上京しましたが、”反対してもどうせやるから応援することにした”と、のちに聞きました。」
この時分から、既に芯の強い性格が滲み出ているわけだが、そんな中で今度はプロレスラーへの転身である。お笑い芸人とは違い、一つ間違えれば重大な怪我や命の危険まで覚悟しなければならない過酷な世界。一体どういった経緯から、坂崎はプロレスラーとしての道を歩み始めたのだろうか。
坂崎「お笑い養成所時代、知り合いのすすめでプロレスとアイドルとバンドをミックスさせた怪しいユニットに参加することになり、自然とお笑いから離れていった感じです。そのユニットの中にプロレスラーがいて、プロレスの試合をみたり会場の空気感を感じた時に、わたしもやってみたいと思い大社長に直談判しに行きました。スポーツは特に目立った功績もなく、ただスポーツ好きな子供でした。高い所やあぶない場所にいくので親がハラハラしていたらしいです。学生時代も、部活動をしていて体育は好きだったので、練習自体はやったらやった分だけ身につくので、しんどくてもやり甲斐が感じれて、仲間たちと切磋琢磨してるのが楽しかったです。」
やがて所属団体である東京女子プロレスの旗揚げ戦にてプロデビュー。その後わずか2年で団体で最高峰の王座にも初挑戦を果たすという、実力ぶりを発揮する。ただ、その間も坂崎自身としては確固たる自信を持っていたわけでなく、毎日が試行錯誤の繰り返しだったという。
坂崎「デビューまでは早かったけど、手探りで徐々に成長していったので、自信や自覚というのは東京女子と共に大きくなっていきました。」
だが、そんな急成長ぶりも坂崎の持つマジカルな魅力が炸裂する前の単なる序章に過ぎなかった。坂崎はとある試合の敗戦をきっかけに武者修行と称して、突如無期限の欠場を発表するのだが、彼女が修行に向かった先として公表されたのは、なんと”魔法の国”。
さらに坂崎の欠場中、魔法の国から入れ替わるように突如舞い戻った双子の姉”ミル・クラウン”という、坂崎と瓜二つの選手が代役として、継続して興行に参加することになる。
ミル・クラウン
坂崎「団体にも人が増え始め、自分のファイトスタイルを見つめ直す必要があると思い修行に出ました。ミル・クラウンも東京女子でのカラーや世界観にマッチすることが出来てたし、キャンディス•レラエ(※当時の坂崎のライバル。現WWE。)に敵討ちをしてくれたし、必要な時間だったなと感じています。」
その後、数ヶ月の修行期間からミル・クラウンと入れ替わるようにして”復帰”した坂崎が、初公開となる”マジカル魔法少女スプラッシュ”というアクロバティックな大技で、王座初戴冠を果たしてみせたことから、魔法の国の修行とそのマジカルぶりは、確かな結果をもたらしたと言えるのだろう。また、この頃にこれまでには感じることのなかった、”世界”という存在を意識するようになったという。坂崎は、こう続ける。
坂崎「私が海外でも試合をしてみたいと思ったきっかけの相手が、キャンディスです。視野が広がりました。」
坂崎のキャラクターを受け入れたAEWの懐の深さ
やがて坂崎は数多くの試合にメインイベンターとして出場する活躍を見せ、実力・キャリア共に盤石のスター選手としての地位を獲得するのだが、マイケル中澤氏の回にも触れたAEWの旗揚げに、ケニー・オメガのお墨付きで参画。里歩との旗揚げ戦の試合で本格的なアメリカマット進出を果たす。その際も、坂崎のトレードマークである”魔法少女”としてのスタイルは、AEWに渡っても全く変えられることなく踏襲されている。
これは副社長であるケニーの意向も多分に大きく働いたのに加えて、日本のプロレスにも尊崇の念が高いAEW社長であるトニー・カーンによる判断も極めて大きかっただろう。現に、他のアメリカ団体において日本人レスラーが移籍を果たす場合、よりファンへの受けがいいようにと、キャラクターやギミックをアメリカナイズさせて、ほぼ違うものに作り変えられてしまうのが常だ。
無論、マーケット事情を考えた場合、特に一般的なアメリカ人における日本人の認知度からすれば、極端なキャラクターにイメージチェンジすることは合理的かつ、理に適っているのは疑いない。
だが、AEWにはそうしたマーケット重視の姿勢よりも、むしろレスラー個人へのリスペクトの思いが強く、日本人を含む多国籍のレスラーにおいても、版権の問題などが介在しない限り、最大限の尊重がなされているのだ。
坂崎「アメリカの観客の方達は、私の入場曲に合わせて踊ってくれるファンや歌ってくれるファンもいて、みんなで会場を盛り上げようとしてる感じがします。もちろん日本のファンの方たちは細かい所までみてくれてて私がこだわってる所に気づいてくれたりするので大好きですが、アメリカのファンの方たちのプロレス愛にいつも元気をもらっています。」
その姿勢が功を奏し、いまや会場のファンも日本で活躍したリングネームのままに参戦することが、自然かつ当然のこととして受け入れる土壌がしっかりと醸成されている。かつてのアメリカンプロレスでの日本人レスラーの扱いから比べると隔世の感があるが、坂崎を含めた日本人レスラーのこれまでの活躍こそが、そうしたアメリカマット界の風潮を吹き飛ばしたとも言えるだろう。
だが、当の坂崎はそうしたアメリカマット界の変革とは裏腹に、世界中を襲ったパンデミックの時期には、大変な苦悩を強いられていたという。
坂崎「AEWに参戦できると決まった時に描いていた未来は違って、海外に行くのも難しい状態に世界中がなり、東京女子とAEWの両立がとても難しかったです。」
遂に訪れたメインストリームへの挑戦
そんな坂崎は、2023年末に東京女子プロレスを退団し、本格的にAEWマット一本に絞って活動することを決断する。自分を育て、また自身の活躍で大きく育てあげたともいえる同団体を離れるという決意と覚悟の裏には、どんな思いがあったのだろうか。
坂崎「(AEWへの参戦後は)タイミングや滞在期間の短さなどにより、なかなかチャンスを掴むことが出来てない自覚はあって、中途半端になっているな、と。なので、10周年を機に東京女子を卒業して本格的に1本に絞ろうと思って卒業を宣言しました。けれど、怪我で休業を命じられ卒業ロードも十分には取れなかったなと思います。それでも本当に大切な仲間たちに東京女子を託して、今わたしは自由に動くことができるようになりました。みんなが頑張っているから私がへこたれてちゃいけないと、奮い立たせることができてます。」
その後、不運にも怪我による長期間の欠場を余儀なくされた坂崎だったが、今年9月に遂に復帰を果たして元気な姿を見せたかと思えば、悲願ともいうべき女子王座戦線のストーリーに絡む活躍ぶりを見せている。
さらに驚くべきは、これまで試合だけがクローズアップされてきた坂崎が、魔法少女キャラそのままに現女子王者との舌戦をプロモで繰り広げるまでになっていることだ。確かに、これまでもプロモに絡むことがなかったわけではないのだが、ここまでメインストーリーに絡む登場は初めてと言っていい出来事で、ファンの間では「ユカの声を初めて聞いた!」というSNSの投稿が盛り上がっている事態にもなっている。最後に、プロモでの苦労を聞くと、坂崎は彼女特有のユーモアを交えて、こう話してくれた。
坂崎「英語は難しいです。チャッキーをたくさん観て勉強しています。」
AEW女子初代王者である里歩、女子史上最多となる通算3度の戴冠を果たした志田光に続き、AEW旗揚げ当初からのいわばベテランとも言える坂崎ユカの腰に、初の王座ベルトが巻かれる日も間近なのではと、大いに期待させられてしまうのは筆者だけではないはずだ。異色の経歴を持つ”魔法少女”が、そのマジカルぶりで遂に世界の頂点に登り詰めた光景を、これから世界中のファンと共に見届けたい。
岩下 英幸
(いわした・ひでゆき)
AEWインフルエンサー。ゲームクリエイター。1970年、千葉県生まれ。幼い頃からゲームセンターやファミコンに親しみ、それが高じてゲーム業界入り。プロレスを題材に開発した「バーチャル・プロレスリング」シリーズが国内外で高い評価を獲得し、米ゲームエキスポ「E3」では、格闘ゲーム部門の最優秀賞を2年連続で受賞する快挙を達成。現在、奥深いプロレス知識をもとにAEWにまつわる執筆活動中。最新作は2023年製作の「AEW : FIGHT FOREVER」。