北村翔太郎が初監督作で描きたかった『負けヒロインが多すぎる！』の「空気感」①

8/27(火) 12:09配信

TOPICS2024.09.20 │ 18:00

北村翔太郎が初監督作で描きたかった

『負けヒロインが多すぎる！』の「空気感」①

失恋した女の子＝「負けヒロイン」たちと主人公との風変わりな交流をコミカルかつ情感たっぷりに描き、話題を呼んでいるTVアニメ『負けヒロインが多すぎる！』。本作で初監督を務める北村翔太郎に制作の裏側を聞く全2回のインタビュー。第1回は、自身のルーツとともに、本作をどのような方針で演出しようとしたのかを尋ねた。

取材・文／太田祥暉

アニメクリエイターインタビュー_TOPICS北村翔太郎負けヒロインが多すぎる！

「尖ったドラマ性のある作品を手がけたい」と思っていた

――作品の話題に入る前に、まず、北村監督がアニメ業界を志したきっかけを教えてください。
北村　子供の頃からアニメは好きだったんですよ。とくに好きだった作品は『少女革命ウテナ』なんですけど、雑誌やガイドブックを見るのも好きで、スタッフさんのインタビューなどを読んでいるうちに「楽しそうだな」と思って、自然とアニメ業界に行きたいなと考えるようになりました。やるからには監督になりたいと思って、OLMの門を叩きました。

――演出家としてのイロハを教わった「師匠」のような存在はいますか？
北村　師匠だと思っている方は何人もいるんですけど、中でも密に教わったのは高橋ナオヒトさんと須藤典彦さんですね。子供向け作品に制作進行・演出として携わりながら、いろいろなことを教えていただきました。

――その頃は、監督になったらどういう作品を手がけたいと考えていましたか？
北村　尖ったドラマ性のある作品をやりたかったんです。この思いは今も変わっていないですね。子供向け作品をやりながらも、いつかそういう作品をやるんだと闘志を燃やしていました（苦笑）。いち演出家としても、シナリオをもとに作品の雰囲気になじませつつ、どれだけ面白いコンテを描けるかを意識しながら仕事をしています。

原作の「切り口の新しさ」をきちんと表現したかった

――そんな中で『負けヒロインが多すぎる！』の監督の話が来たときは、どのように感じましたか？
北村　A-1 Picturesさんのスタッフって、とにかく皆さんアニメが大好きで、作品を面白くするために頑張っている印象があったんです。これまで何作か参加させていただく中でそんな雰囲気を感じていたので、「ぜひやらせてほしい」とすぐに快諾しました。

――原作を読んで、監督として本作をどのような方向性にしようと考えましたか？
北村　最初に原作を読んだときは、「自分たちが大好きだったラブコメラノベだな」という印象でした。描かれている内容はとても王道なんですよね。でも、切り口が新しいので、感じたことのない読後感があるわけです。その印象をきちんと表現していきたいなと思いました。

――主人公の温水和彦がヒロインたちに好かれる、いわゆるハーレム展開ではなく、あくまでヒロインたちの観測者であり続ける構成が異色ですよね。
北村　温水は3人の負けヒロインをちょっと引いた目で見ているけれど、同じ日陰者でもあるのでじつは負けヒロインと同格である……そんなメッセージ性も面白かったです。なので、第1話から4話までは、負けヒロインたちを温水が観測し、また温水も負けヒロインたちから観測されているという位置付けが際立つように構成していきました。

――シナリオ面では、シリーズ構成の横谷昌宏さんとどのようなやりとりがありましたか？
北村　メリハリをつけるために、各話でオチを用意することは真っ先に決めましたね。あと、説明描写はなるべく避けるようにしています。キャラクターの気持ちが一義的にしか受け取れなくなってしまいますから。でも、（原作者の）雨森たきび先生の書かれた独特の表現が好きな方もいらっしゃいますから、地の文に書かれたニュアンスはなるべく残すようにしています。

「いちばん売ってやろう」と思っていたのは八奈見ではなく……？

――ビジュアル面ではいかがですか？
北村　主に夏の期間の物語なので、画からも視聴者の「夏の記憶」を呼び覚ませるようにしたいと思っていました。この作品では方向性を固めるためにビジュアルボードをたくさん描いてもらったのですが、舞台となっている豊橋でのロケハン写真を元に、より「夏っぽい」色味を目指して描いてもらっています。たとえば、木が茂っている場面では緑色をより強くして、蒸し暑さが伝わるようにする、といった具合ですね。その空気感をつかむために、何度も豊橋に行っています。中には、絵コンテを書いてからそのカットに合う写真を撮りに行ったこともありました。スタッフにキャラクターと同じ位置に立ってもらって、3Dレイアウトならぬ写真レイアウトを作成したんです。

――ロケハン写真を見ていて、キャラクターと同構図の人が写った写真が使用されていたのは、そういった理由だったんですね。また、キャラクターもその雰囲気に溶け込むように描かれていると感じました。
北村　そうですね。ビジュアルボードを作成してから、やはり空気感を重視した作品にしたいなと感じたので、キャラクターデザインの川上（哲也）さんには設定を描いていただく前に、その方向性をお伝えしています。そのうえでとくにお願いしたのは、八奈見と温水の表情ですね。じつはこの作品って、あまり「ギャグ顔」を描いていないんですよ。なので、愛嬌を出さないと、辛辣なことを言う彼らが冷たい子に見られてしまう可能性があるわけです。そこで、表情はかなり豊かになるように描いていただきました。

――なるほど。絵コンテからはとくに温水の表情に意識が割かれているなと感じました。
北村　一歩間違えてしまうと、ただのやれやれ系主人公になってしまいますからね。負けヒロインたちに心の中で辛辣なツッコミを入れているけど、別に彼女たちのことが嫌いなわけではない。その雰囲気を表情で出すために、かなり温水の表情に関しては修正を入れました。そういった意味でも、やはり八奈見と温水は大変なキャラクターでしたね。でも、じつは放送前には、こんなに八奈見が皆さんに好かれると思っていなかったんですよ（笑）。

――えっ!?
北村　個人的には檸檬をいちばん売ってやろうと思っていたのに、予想以上に八奈見が早く人気ヒロインになっていって……。意外ではありますけど、本当にうれしいですね。