酒場詩人・吉田類と低山の物語をまだまだ味わいつくす! ふたたびの誌上登山へ
酒場詩人・吉田類さん出演のNHKの人気番組「にっぽん百低山」、待望の書籍化第2弾!
吉田さん自らが「まだまだ知ってほしい、ぜひ登ってほしい」30座をセレクトし、読者を「誌上登山」に誘う一冊です。
吉田さんに改めて「低山に登る魅力」を語っていただきました。
※『NHK にっぽん百低山 吉田類の愛する低山30 二合目』より、本記事用に一部を編集しています。
低山に登る魅力
東京の奥座敷・高尾山から下山後の電車で、高齢のご夫婦に「百低山の番組、楽しみにしています」と声を掛けられた。定年を迎えてから登山に嵌(は)まったご亭主は89歳。「高尾山には千数百回登った」と誇らしげで、その矍鑠(かくしゃく)たる姿に感心した。
実は低山歩きのロケ中、シニアの登山者とこんな内容の言葉を交わすことが驚くほど多い。登山を自分の日常に取り込んで、健康維持は元より〝癒やし〟を得るという。山は動かざるにしても、その表情は刻々と変わり続けるから飽きることがない。四季の変化はもちろん、天候や心もようで景色は違って見える。
旅人として生涯を終えた俳聖・松尾芭蕉。かの有名な『おくのほそ道』の冒頭は、酒好きだった李白の詩の一節「光陰者百代之過客」をベースにしている。「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯をうかべ…」を折に触れて読み返す。老いてゆく我が身であれば、文章の味わいも変わってきた。名文は色褪(あ)せたりしない。
芭蕉の辞世句とされる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」も、山旅そのものを象徴しているかのように思う。
「『にっぽん百低山』は、手の届きそうな低山への好奇心を刺激してくれる」
山で出会う登山者からの特別に嬉しい言葉だった。そんな出会いが萎(な)えかけた僕の身体を後押ししてくれる。
ただし、低山といえども時として危うい古道を辿(たど)る。山は〝この世〟と〝あの世〟をつなぐものであり、番組でも山岳信仰の対象の山や、修験道の実践の場としての山を数多く紹介してきた。
低山歩きは古(いにしえ)びとの足跡を発見する旅でもあった。僕も考古学や民俗学的な興味を膨らませつつ登るようになった。
南北にざっと3000キロの距離をもつ日本列島。沖縄の熱帯雨林から北海道の亜寒帯湿潤気候まであり、さらに高山気候が加わる。地質時代に目をやれば5億年前の古生代、ジュラ紀のあった中生代、「チバニアン」の表記も加わった新生代などなど。それらの地質がモザイク状に混在した地層を呈す。そして現在の火山活動で誕生する新山までが「にっぽん百低山」の舞台となる。
海の湿気は山地に雨雪となって水源をもたらし、多くの固有種を含む動植物の命を輝かせる。ストックを手に野草花を愛で、木陰に涼風を求める。神々が集ったかもしれない丘に至ったら、未知なる惑星の絶景を眺めるかの気分に浸れる。
さあ、己が好奇心をザックに詰めて、低山の世界へと旅立ちましょう。
吉田 類
(『NHKにっぽん百低山 吉田類の愛する低山30 二合目』まえがきより)
吉田 類
酒場詩人。俳人、イラストレーター。1949年高知県生まれ。著書に『酒場歳時記』(NHK出版)、『酒場詩人の流儀』(中公新書)、『NHKにっぽん百低山 吉田類の愛する低山30』(NHK出版)など。テレビ出演に「吉田類の酒場放浪記」(2003年~、BS-TBS)、「にっぽん百低山」(2020年~、NHK)。