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大江千里「Pleasure」あの頃の大学生の無邪気でジューシーで甘酸っぱい雰囲気がギッシリ

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1984年03月23日 大江千里のアルバム「Pleasure」発売日

リア充な男子大学生のようだった大江千里


80年代レトロブームと言われて久しい。ネットやTVで垣間見られる昭和後期の風景は、良いところだけピックアップされたものだ。昭和50年代は映像に残すものというのはおもに “ハレ” であって、一般市民が日常を映像に残す方法はポラロイドを含むスナップ写真だった(一般市民が動画を撮れるビデオカメラのハンディカムが発売されたのは昭和60年 / 1985年)。そこに残る “ハレ” の集大成は、現在の40代以下にとっては新鮮なのかもしれない。

バブル期以前の1984年、昭和59年3月。2024年からは40年も前になる。当時の、いまでいう “リア充” な男子大学生を雑誌から引き抜いてきたかのようなシンガーソングライターの1人が大江千里さんだ。ポップでキュートでアイドル的な面を持つ男性シンガーソングライターというのは、まだまだ珍しい存在だった。

兵庫県西宮市の関西学院大学経済学部4回生だった千里さんは、前年の1983年にシングル「ワラビー脱ぎ捨てて」、アルバム『WAKU WAKU』でデビューし、“日本一忙しい大学生” と言われていた。移動中に新幹線の中で書いた曲もあるという。今回取り上げるセカンドアルバム『Pleasure』のB面4曲目、「BOYS & GIRLS」はそんな1曲だ。

一生懸命 “神戸っ子” になろうとしていた大江千里


ⓒKWANSEI GAKUIN University

1960年9月生まれ。幼少期からピアノに親しみ、色々な音楽を聴き、ジャズを含む洋楽にも傾倒し、ポップスの曲を書き、ヤマハのポプコンに応募した。そんな音楽好き少年だった千里さんは、1980年に憧れの関西学院大学に入学した。スパニッシュ・ミッション様式の洋風建築の校舎の真ん前に広大な中央芝生を持つ、緑に囲まれた美しいキャンパスで人気のある学校だ。

入学してすぐ軽音楽部に飛び込んだ千里さんは、バンドを組んで、その年の秋ごろからは、神戸・三宮に出来たばかりのライブハウス「チキンジョージ」をはじめとした関西のあちこちのライブハウスで演奏するようになり、女子大生やサーファーの間で人気を得ていたという。大学2回生の時、ソニーの『SDオーディション』で最優秀アーティスト賞を獲得。その後、芦屋のメルティングポットというお店を一晩借り切って録音したテープがEPICソニーのプロデューサーである小坂洋二さんの手に渡り、デビューにつながった。

大阪の南河内出身の千里さんは、憧れていた関学に入り、一生懸命 “神戸っ子” になろうとして、阪神間から神戸の辺りを散策していた。曲のモチーフ探しもあったが、純粋に、この街に馴染みたかったという。

“男ユーミン” と言われるカラフルでポップなメロディ


ネットに転がっている当時の千里さんの写真を見ると、本当にあの頃関学にいた普通の大学生にしか見えない。同じ軽音楽部だった女性は “デビューが決まってからどんどん肌がツルツルになって可愛いイメージになっていった” と、後年千里さんのFBにコメントしていた。

その一方で、EPICソニーのプロデューサー・小坂洋二さんに「君は作詞が弱いから、映画を見て研究したほうがいい」とアドバイスを受け、大阪の飛田の3本立て400円の映画館に入り浸って一日中映画を観て、ノートに印象的な台詞をメモしていたという日々だった。

幅広いジャンルの音楽に親しんで育ってきた千里さんのつくるメロディは、決して単調ではない。カラフルで、ポップで、時々驚くような動きのあるメロディは、明らかに洋楽の影響を受けている。“男ユーミン” と言われるひとつの理由だろう。

ショートムービー的な作品が10曲収められた「Pleasure」


千里さんが大学を卒業する3日前、1984年3月23日に発売された2枚目のアルバム『Pleasure』は、神戸出身のギタリスト・大村憲司さんがアレンジャーとして参加したポップなショートムービー的な作品が10曲収められている。いま聴くと幼い部分も多いが、あの頃の大学生の、無邪気で楽しい日々、ジューシーでどこか甘酸っぱい雰囲気がギッシリ詰まっている。

1980年代前半の大学生を中心とした若者の風俗や心情、日常やデートの風景がスナップ写真のように盛り込まれた歌詞は、往時を知る人には懐かしくもあり、いまはじめて聴く若い人にはファンタジックで、こんなおとぎ話のような青春時代を送りたい、と思われるかもしれない。

阪神間から神戸。山と海に囲まれた街を舞台にした、スリリングな駆け引き、ほろ苦い経験、うっとりするようなシーン。大人が聴くとどこか懐かしく思えるテーマの楽曲が並ぶが、アルバムB面のラスト2曲「BOYS & GIRLS」「ふたつの宿題」は、大人になってもずっとわたしのなかに刺さっている。

「ふたつの宿題」については、千里さんは “私小説が洋楽の上着を着て居心地悪そうに手をこまねいている、そんなかんじだった” と、2013年にリイシューされたベストアルバム『Sloppy Joe』のライナーノーツに記していたが、そこが千里さんの良さだ、とわたしは思っている。

大学生の千里さんが忙しそうにしている『Pleasure』のアルバムジャケット。名前の下に書かれている、“Boys And Girls You Can Get Pleasure” という言葉は、色褪せない、永遠に消えない千里さんからのメッセージだ。

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