会社員、育児期間を経て創作活動を再開した木彫作家の「手塚千晴」さん。
思いがけない出会いやできごとが、人生の節目になることがあります。今回ご紹介する木彫作家「手塚千晴」さんにとっての節目は、同級生との再会だったそうです。大学時代に美術を専攻した手塚さんが、再び創作活動に情熱を傾けるようになったきっかけや作家としての心得など、展示会会場にお邪魔して、いろいろとお話を聞いてきました。
木彫作家
手塚 千晴 Chiharu Teduka
1987年阿賀野市生まれ。新潟大学大学院で立体彫刻を学ぶ。就職し、東京の材木を扱う会社で7年間勤務。2017年、ふたり目の子どもを出産するタイミングで新潟に戻る。2019年より友人と三人展を開催。自宅にはテレビがなく、音声だけで楽しめるコンテンツである落語、相撲が好き。最近、宝塚にハマる。
熱量高まった、あの夜。このまま何もせずにはいられない。
――手塚さんは芸術系の学部で彫刻を学ばれたんですよね。
手塚さん:大学、大学院で、計6年立体彫刻を学びました。私、「何かを作りたい欲」があるというより、木を彫る作業がすごく好きなんです。きっと「マラソンを走りたい」とか、そういう気持ちと一緒だと思うんですけど、木を彫りたくて我慢できなくなっちゃうんです。
――社会に出てからも創作活動はされていたんですか?
手塚さん:東京の木材を扱う会社に就職してからは、制作場所も時間もありませんでした。木を彫りたい気持ちはあったんですけど、そうもいかなくて。でも、木材関係の仕事に就いていたので、ある意味、満たされてはいたんです。
――再びものづくりをはじめたきっかけは?
手塚さん:出産を機に、家族で東京から新潟へ移住することを決めました。仕事と住む場所が変わり一旦リセットしたことで、「今だったらできるかもしれない」と、また木を彫りはじめたんです。
――新潟に戻ってきて、気持ちに変化があったのかもしれませんね。
手塚さん:それもあるんでしょうけど、活動意欲が高まったのは、友人と再会したことが大きいんですよ。大学時代、一緒に美術を学んだ友達と3人でお酒を飲んでいるとき、「私たち、このまま何も生み出さず、感動する心を少しずつ失っていくんだろうか」なんて、しょんぼりする話題になって。でもそこで、「私たち3人で、場所を決めて、時間を決めて、企画を決めよう。それまでに展示できるものをそれぞれが用意しよう」という展開になったんです。つまり「自分たちで展示会を主催する」ってことですね。締め切りがあるからと、みんながやっと動き出したんです(笑)
7年目を迎える、大人の青春。
――お友達も作ることに特別な思いがあったんですね。
手塚さん:学生時代にずっと表現をし続けたメンバーですからね。お互い「何かを作りたい」という気持ちを持ち続けていたんだなって、そのとき確認できました。それまでは、なぜかそういう話にはならなかったんですよ。それぞれが、自分なりに職場や家庭で頑張っていたからなんでしょうけど。
――最初の展示会では、どんな作品を用意したんですか?
手塚さん:それほど大きいものは作れないので、両手におさまるくらいの木片を彫刻刀で彫った作品を展示しました。大学時代は、チェーンソーで丸太を彫っていたんですよ(笑)。それがもう、楽しくて。今は自宅で少しづつ作業しているんですけど、いつかまた大掛かりな作品づくりをやってみることが目標のひとつです。
――抽象的な作品なのか、何かをモチーフにしたのか、どうでしょう。
手塚さん:山をモチーフにした作品をたくさん彫りました。東京にいた10年間、故郷の山々がとても恋しくなって。その気持ちを昇華させるために、気が済むまで山を彫ったんです。
――初回の3人展は、どうでしたか?
手塚さん:「医学町ビル」の貸ギャラリーで、こじんまりと開催したんです。私は木彫、友人はインスタレーションと写真を展示して。「3人でスペースを埋められた」「無事に開催できた」だけで、もう嬉しくて、嬉しくて。
――大人の青春って感じです。
手塚さん:ほんと、そんな感じですね(笑)。2019年の初回から今まで、計6回開催したのかな。いろいろな声をいただくようになって、最近はギャラリストがいるギャラリーで開催しているんです。
――ギャラリストですか?
手塚さん:展示会のコーディネートや作品を販売してくれる、ギャラリーの案内役ですね。3人で企画をしていると、どうしても部活動みたいになってしまって。外部の力も借りて、「3人で展示会を主催する意味は何なのか」をしっかり考えていかなくちゃいけないと思っています。
続けること、その難しさがわかるからこそ。
――久しぶりの創作活動だったと思います。学生時代との違いは、ありましたか?
手塚さん:とにかく時間がない(笑)。学生時代は日中にできたことを、家事、育児、仕事の合間にはめ込まなくちゃいけないのでね。運転中や夕食を作っているときに考えごとをして、それをギュッと凝縮して15分、30分に詰め込むんです。
――意外な答えでしたけど、納得です。でも、いい張り合いになっているのでは?
手塚さん:それはありますね。展示会に向けて、「今のままじゃダメだ。別の考え方をしなくちゃ」って、繰り返しものづくりをしていると「生きているな」って感じます。生活だけに集中していた頃とは違って、「人生にテーマがある」っていうか。
――展示会を重ねていくうちに変わったことは?
手塚さん:ギャラリーで作品を販売する前は、「私が作ったものなんて……」と自信を持てずにいました。でも、そんな作品をギャラリーに持っていっては失礼ですし、ちゃんと意味があるもの、伝えたいものがある作品にしなくちゃならないと思うようになりました。学生の頃は、木には芽や朽ちている部分があるから、自分の意思とは違う物質なんだなって感じていたんですよね。素材としては、主張が激しいタイプっていうか。そのままの姿でできあがっているものを作品に仕上げるわけなので、どこを彫るか、ありのままの姿をどう生かすかって、けっこう考えるんです。そういう材料なので、「自然からかけ離れた作品にはしたくない」という気持ちがあって。その考えは、今も変わっていません。ちなみに、今回展示している作品も自然をイメージしています。
――それぞれの作品について、解説をお願いしてもいいでしょうか。
手塚さん:ひとつは雪をイメージして作ったものです。木の年輪は時間の積層でもありますよね。雪が降り積もったときの丸さ、柔らかさを時間の積み重ねとともに表現しています。もうひとつは雨がモチーフ。年輪を彫り込んで、波紋のように見せています。
――作家としての活動する上での心がけを知りたいです。
手塚さん:見る人が作品に入り込みやすいように、「場に合わせて作る」ことを意識しています。実りの秋には稲穂、今時期は雪といった具合です。
――作品にはどんな思いを込めていますか?
手塚さん:人の感情って、けっこう揺らぐものですよね。なので、私の作品が常に「すごくいい」なんてことは、ありえないと思っているんです。でもきっと、ふとしたときに何かを感じてもらえる瞬間があると思うので、「『手塚千晴』という木彫作家がいる」と覚えていてもらえたら十分です。
――この先は、どんな活動をしていきたいと考えていますか?
手塚さん:続けることが難しい分、継続を意識したいと思っています。一時期、育児に加えて介護もして、「もしかしたら、作り続けることはできないかも」って恐怖感を抱きました。だからやっぱり「やりたい」「やるんだ」って気持ちを持ち続けることが、いちばん大事かなって思うんです。「情熱が消えることは怖い」と思いながら、生きていたいです。今は、気力と体力でカバーできているけれど、そうじゃなくなるときがきっとくるんでしょうね。それでも自分のペースを保っていたいな。「気がついたら作品づくりはやっていなかった」って、ありそうだから気をつけないと。
手塚千晴