“俳優・坂東龍汰”がいま目指す姿とは?「いろんな経験をさせていただけることが幸せ」映画『ルノワール』ロングインタビュー
第78回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に日本の作品としては唯一、正式出品された『ルノワール』が6月20日より全国公開されます。
自身初の長編作品となった『PLAN 75』が、第75回カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門に出品され、新人監督賞に当たるカメラ・ドールのスペシャル・メンション(特別表彰)に輝いた早川千絵監督の最新作。1890年代後半を舞台に、11歳の少女・フキ(鈴木唯)が過ごした夏の日々が描かれます。
坂東龍汰さんが演じるのは、そんなフキが出会う大人の一人、濱野薫。フキの好奇心から始めたある行動の先にいる人物で、最初はどこにでもいそうな好青年という印象ですが、徐々にその心の奥に抱えた想いが露わとなっていきます。
昨年9月期放送のドラマ『ライオンの隠れ家』(TBSテレビ)で、自閉スペクトラム症の少年“みっくん”こと、小森美路人役を演じ、改めてその演技力に注目が集まる坂東さん。ライオン/橘愁人役の佐藤大空くんとのやり取りも見どころとなっていましが、今回は鈴木唯さん(撮影当時・11歳)を相手に全く違った顔を見せています。
表現するにはかなり難しいキャラクターだったと思われる薫とどのように向き合っていったのか。その想いを語っていただきました。
冒険心が強くて、何も考えていない子どもだった(笑)
――出演が決まったときの印象を伺えますか。
早川(千絵)監督の『PLAN 75』(カンヌ国際映画祭をはじめ、国内外の映画賞を受賞)を観ていて、「ぜひ、ご一緒したい」という気持ちが強かったので、決まったときは本当にうれしかったです。
初めて撮った長編作品(『PLAN 75』)があれだけの評価を受けるってすごいですよね。近い未来、あの作品で描かれた世界が現実になってもおかしくないだろうなと思ったし、最期のときを自分で選択するということについても考えさせられました。
僕はまだ20代なのでピンと来ない部分もありましたけど、「死の準備か……」みたいな。ずしんと来るものがありました。
最初に今回の脚本を読んだときは、映画としてどんな画になるのかがすごく楽しみでした。読みながら自分の中でいろんなパターンの映像が想像できたので。どこまでが夢で、どこからが現実なのかとかも、観た人によって捉え方が違うと思うんですけど、その辺りがどうなるんだろうとか。
――物語の設定が1980年代を描いているというのもありますしね。坂東さんは実際には経験していない時代ですよね。
確かに僕は90年代生まれですけど、何か懐かしい感じはしました。写真とかで見ていた風景と重なる部分もありましたし。それに、描かれているのが小学生のフキちゃん(鈴木唯)目線からの出来事なので、自分が小学生だった頃の記憶とリンクする瞬間はたくさんありました。
僕もフキちゃんみたいな危なっかしさがあったなとか。冒険心が強くて、何も考えていない子どもだったので(笑)。そういうふうに時代を超えて、この映画はいろんな人の心にリンクするんじゃないかと思います。
僕の中でも戦っているし、薫の中でも間違いなく戦っている
――薫はフキが出会う大人の中の一人ですが、演じるのが難しそうな役に感じました。
難しい役だなという印象はありました。でも、難しく考え過ぎないで、普通の男の子だけどちょっと悩みがあるくらいの感覚で演じるようにしました。何か含みを持たせようとかは、早川さんも考えなくていいとおっしゃっていたので。
ニュートラルな状態で、まずはフキちゃんとの電話のやり取りではフレッシュさを大事に。その中で生まれてくる感情を取りこぼさないように集めていくような作業でした。
――世代も、背景もご自身とはリンクしない人物像かと思いますが、薫のことはどのように理解していきましたか。
種類は違うかもしれないですけど、同じような経験や感覚は誰しもあると思うんです。人には言えないけど、自分の中では「それしかない」と思うことって。僕なりのそういう気持ちであったり、過去に感じたことだったりを思いながら考えていきました。
薫が特別なわけでなく、誰もが当たり前に持っている感情の種類が違うだけだという考え方で作っていきました。彼はそういう人生を歩んでいるんだって。認めてあげるところから入っていくというか。
――演じる役として寄り添いたいという気持ちと、ご自身の倫理観との狭間で葛藤するようなことはなかったですか。
それは僕の中でも戦っているし、薫の中でも間違いなく戦っていると思います。だから、僕が葛藤していることは嘘にはならないし、全部を表現として表に出すというよりは、その瞬間、瞬間の状態を出していこうと思いました。
人っていろんな人の影響を受けながら形成されていくものだと思うので、それをもらう瞬間や、与える瞬間が存在すれば、素敵なシーンになるんじゃないかと思っていました。
それに、この映画はフキちゃんの物語で、薫はそこにどういうエッセンスや刺激を与えるかというポジションだったので、作品全体の世界観は絶対に壊したくないと思っていて。
早川さんの纏っている空気感や、オーラのようなものを現場で感じながら、海外のスタッフさんもいる現場だったので、そこの空気を吸っているだけで、自分の体がチューニングされていく感じがありました。うまく伝わるかわからないですけど、農場にいるような空気感というか。僕はすごく居心地が良くて。
だから、ああいう役をやっていると、ぞわぞわしたり、胸騒ぎがしたりするのかなと思っていたんですけど、そんなことは全然なかったです。もちろん、緊張感はありましたけど、唯ちゃんとコミュニケーションを取りながら撮っていきました。
――薫が最初に登場する電話のシーンではある種の純粋さも感じたのですが、そこから徐々に雰囲気が変わっていきますよね。
監督とは電話のところは好青年という感じで、実際に会ったときは全然印象が違うというのを表したいねという話をしていました。フキちゃんも電話の感じと違うことに戸惑うことになるので。
僕自身は演じていて、不思議なものに何か体や心を動かされているような感覚がありました。自分からどう演じようとかは決めずにいて、それが面白く作用したと思います。
奥行というか、厚みや立体感をこんなにも感じるのかと
――フキ役の鈴木唯さんとはどのようにコミュニケーションを取っていましたか。
唯ちゃんとは絵しりとりをしたり、あとは劇中にも使われているんですけど、唯ちゃんが動物の鳴きマネが得意で、それを一緒にやったりとか、早口言葉を作ったり。
――仲良くなることをしていたのですね。
そうですね。自分で言うのもなんですけど、僕に心を開いてくれている感じがしました(笑)。ちょっと不思議ちゃんで、ホントにフキちゃんって感じなんです。
ただ、撮影期間にいろんな話もして、僕は結構仲良くなったと思っていたけど、この間、試写で久しぶりに会ったら「坂東さん、お久しぶりです」と距離が遠い感じの挨拶をされました(苦笑)。
――リセットされちゃったんですかね(笑)。
たぶん、人見知りなんだと思います。でも、去年公開した(坂東が主演した)『ふれる。』というアニメーション映画を観に行ってくれていたり、『ライオンの隠れ家』を観てくれていたりしていて。しかも、今は同じ事務所の後輩にもなったので、これから近くで成長を見られるのは楽しみです。
――完全に外側からの見方なのですが、同じ子どもという存在と触れ合う役でありながら、『ライオンの隠れ家』のみっくんと、今回の薫に差があり過ぎてインパクトがより強かったです。
確かに。でも、僕としては基本的に子どもがめっちゃ好きなので、その感覚で接していました。子どもと言っても人間なので、こっちが心を開かなかったら、相手も開いてくれないとは思うんです。
ただ無理やり開かせようとはしないです。役柄として心を開けないとかもあるだろうし。(『ライオンの隠れ家』ライオン役の佐藤)大空くんに関しては、僕と精神年齢が一緒だったので(笑)。大空くん(6歳)は実際より3割増しぐらい上なんです。
――(笑)。本作の完成作を観たときはどう思いましたか。
物語としては、僕はシンプルにフキちゃんを追う気持ちだったので、自分の過去も回想しながら観て、一番、感情移入ができました。
あとは画がすごく美しいと感じました。フキちゃんが自転車に乗っているシーンとか。ワンカットであの表情が撮れているのがすごいなと。
それから、音が圧倒的に違いました。奥行というか、厚みや立体感をこんなにも感じるのかと。普通、映画とかドラマって、登場人物の会話だけが聞こえて、その他の生活音とかは消されていることが多いじゃないですか。
でもこの映画はその辺りがすごくリアルで、向こう側で話している人の声とか、外を走っている車の音とか、壁とかに跳ね返って聞こえてくる自分の声とか、生きているうえで聞こえている環境音もちゃんと聴けるんです。
その音に違和感がないから気付かないかもしれないんですけど、すべてが整った劇場という場所で聴くと、「うわ~、幸せ!」って気持ちになります。よりイメージが広がります。自分が実際にその環境の中にいるかのような感覚がして、実態が生まれてくるような。
フランス人の技師の方が音を撮っていんたんですけど、現場に見た事のないような環境音を録るためのマイクが何個も並べられていました。「みんな、音を録るから何もしないで」とかって、環境音だけを録るという時間もあって。
――何もしない音を録るって面白いですね。
何もしないことが、その瞬間に起きていることの真実なんですよね。人の声だけを録るとかはよくあるんですけど、環境音だけを録るというのはなかなかないなと。そこに圧倒的なリアリティが生まれるのだと思います。
今回、カンヌのコンペに入ったのも(第78回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に日本映画として唯一出品された)、唯ちゃんのお芝居とか、早川監督の脚本とか、演出とか、みんなの才能やセンスが集結した結果であるんですけど、その中での、映像や音というのも改めてすごいなと感じました。
いつかはカンヌも行ってみたい
――すごくざっくりとした言い方になりますが、『ライオンの隠れ家』のようなマスに向かっている民放のテレビドラマと、今回のようなニッチなタイプの映画と、坂東さんはバランスよく両方の作品に出演されている印象があります。それは意識的な部分もあるのでしょうか。
全部マネージャーさんのおかげです(笑)。ただ僕自身、どっちにもこだわり過ぎずにいたいという気持ちはあります。僕はもともと映画が大好きですけど、だからと言って映画だけやりたいわけでもなくて、ドラマも大好きです。僕がドラマに出たことで、映画を観に来てくれる人が増えたら、それもすごく嬉しいなと思います。
――でも両方できるというのは簡単なことではないと感じます。
僕はドラマでのお芝居も、映画館で観ても恥ずかしくないものにしたいと思っているし、映画でのお芝居も、テレビで観ても伝わる芝居を混ぜていきたいと思っているので、その間に差を感じることはあまりないです。
映画だから、ドラマだからというより、この脚本で、この監督だったら、こういうアプローチがいいかな?と考えます。脚本によって必要とされるものが違うから、そっちのほうが大事だなと思います。
監督や主演の方とかの匂いを感じられるかとか、規模感ではない部分でもっと大事なことがたくさんあるんじゃないかと。僕もまだまだ気付けないところや、知らないところもいっぱいあると思うんですけどね。
どういう仕事がしたいのか、どういう俳優になっていきたいのか、というのは人それぞれでいいと思うんです。僕は今回のような作品にも出られる俳優になりたいし、いつかはカンヌも行ってみたい。映画の面白さや奥行を知って、そこから役者を目指したので、結果的に振り返ると、そういうところに繋がっているのかなとは思います。
でも今後はわからないです(笑)。舞台での演技も楽しいし。今はいろんな経験をさせていただけることが、幸せだなと感じています。
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写真撮影の際、カメラマンさんが用意した参考写真の中に、以前、坂東さんが出演された媒体のカットがあり、「覚えてる! 懐かしい~」と、当時の思い出などを楽しそうに話してくださった坂東さん。ですが、シャッターを切られる瞬間には切り替えて、素敵な表情をたくさん見せてくださいました。
本作の中でも優しい印象から、観ていてゾクッとさせられる姿まで、出演シーンはそんなに長くないながらも、スクリーンの中に強く残る演技を見せてくださっています。ぜひ、作品全体がまとう雰囲気も感じながら、劇場で鑑賞してみてください。
作品紹介
映画『ルノワール』
2025年6月20日(金)より全国公開
(Medery./瀧本 幸恵)