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【静岡の高校サッカー戦後史Vol.83】私立の新鋭校・静岡北が全国総体県予選を勝ち抜く!退部者が相次ぐも諦めず「5年以内で県制覇」へ

アットエス

【静岡北①】部員13人で新人戦準V

※2011年3月〜11月に「静岡の高校サッカー 戦後の球跡」のタイトルで静岡新聞に掲載した連載を再掲しています。年齢等も掲載当時のままです。静岡サッカー応援アプリ「シズサカ」でまとめてご覧いただけます。

創部3年目、1966年度の面々

藤枝東、清水東、清水商、浜名といった公立校がしのぎを削った1970年代前半、私立の新鋭校が県代表の座を初めて勝ち取った。73年(昭和48年)度の自動車工(現・静岡北)で、全国総体県予選を勝ち抜いた。学校創設は団塊の世代の高校進学が始まった63年度。1年後、生徒の声を反映して、サッカー部が誕生した。

部員確保をはじめ土台づくりに奔走

初代部長を務めた杉山昌弘(静岡市葵区在住)によると、3人の生徒が声を上げたのがきっかけとなった。3人の生徒の1人だった五十右悦男(静岡市葵区在住)は「人数は集まったが力はなく、野球部と試合をやるとかなわなかった」と苦笑する。部長を引き受けた杉山は、「藤枝市出身だから」との理由で就任要請を受けた。

だが、サッカーどころに育ったとはいえ、競技経験はなかった。そこで、外部の経験者に指導を依頼し、部員確保をはじめとする、土台づくりに奔走した。創部6年目の69年度、国士大を卒業したばかりの体育教師、高橋節夫(静岡市葵区在住)が監督に就任する。

杉山が知人を通して高橋の存在を知り、「三顧の礼で招へいした」という。高橋は福島・安積高出身。郷里での教師を志していたところ、福島県教委の試験日が大学リーグと重複した。

主将を務めていた高橋は、悩んだ末に大学リーグを優先、郷里で教壇に立つ夢を断念した。そんな時、杉山から熱い声が掛かり、静岡行きを決断。「5年以内に県で優勝できなければ、福島に帰る」と心に誓って、異郷の高校に赴任した。

「5年以内」の決意もあり、指導はし烈を極めた。ために、退部者が相次ぎ、「気が付いたら3人しか残っていなかった」。それでも練習は休まなかった。 赴任2年目の70年度、10人が新たに加わった。総勢13人。対外試合も可能になり、「5年以内で県制覇」への歩みが始まった。

冬の県新人大会で大健闘

春の県スポーツ祭は3回戦で敗退したが、冬の県新人大会(71年1、2月開催)で大健闘をみせる。日大三島、富士、浜松北、浜松工を退けて決勝に進出、藤枝東と対戦した。

藤枝東は正月の全国選手権優勝校で、新チーム発足直後とはいえ、全国クラスの実力校だった。 藤枝東の壁はさすがに厚く、前、後半に1点ずつを奪われ、0-2で跳ね返された。だが、大いに善戦して会場を沸かせ、「前途が楽しみ」との評価を受けた。(敬称略)

1970年度県新人大会決勝先発メンバー

GK
柴口武

FB
天野栄
岡本茂
小泉修
高柳優

HB
江端浩史
片平猛夫

FW
牧野和己
大塚正明
神戸政人
山田利彦

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