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一度食べたら忘れない! 盛岡『どん兵衛』で酒場界イチうまい鉄火巻きを

さんたつ

【酒場ナビ】どん兵衛_9

たまゆらの東北旅、それでも“レトロ”に恋をする。地元秋田の酒場を旅した後、次の日には同じく秋田県内にある国指定の重要伝統的建造物群保存地区の「増田町」へ行くことにした。まさしく“灯台下暗し”とはいったもので、名前だけは知っていたが私の大好物であるレトロ建築の街であることはつゆ知らず。

「十文字」駅から運賃表も何もないバスに揺られること数十分。そこにはおよそ重要伝統的建造物“群”と言わしめる街並みが広がっていた。

明治大正とまではいかないが、街全体が昭和初期の状態でずっと維持されている感じだ。

ただ、決して廃れている雰囲気ではない。人の気配や街のにぎわいを程よく感じる。うーむ……こんな街は初めてかもしれない。

出桁造(だしげたづく)りの古い建物はもちろん、雪国ならではの“内蔵”の豪奢な建物がずらりと並ぶ。

3軒ほど見学させていただいた内蔵の建物は増田町では身近な存在らしく、その蔵と年季の入った柱一本一本ごと、今なお現役で使用されている家が多く残っている。

『火垂るの墓』に出ていてもおかしくない病院や、逆に現代的な造りの『横手市増田まんが美術館』もすばらしい。興奮しすぎたようで昼飲みをするのを忘れ、営業やってる店がなくなりスーパーでお弁当をアテに缶酎ハイというアクシデントもあったが、本当に、ほんとうに楽しめた街だった。

十文字駅へ戻ってそこから湯沢で酒を飲み、大曲から盛岡へ到着したのはだいぶ夜も更けていた。

ホテルへ行く前にここはイッパツ酒場へ行きたいと思うのが呑兵衛こころってもの。

酒場メモをシコシコ確認しながら歩いていると……おんや?

出たっ、『どん兵衛』だ! 盛岡大通りと映画通りに挟まれた繁華街のど真ん中。外観はこれでもかというほど“どん兵衛”という文字にあふれながらも、シュッと小ぢんまりといい感じ。

暖簾(のれん)に“モーリオ”という文字を見つけたが、調べると盛岡出身の偉人・宮沢賢治がつくった造語で盛岡の意味とのこと。なんだか、イケてるネーミングに、モーダメと辛抱たまらずその暖簾を割ったのだ。

「いらっしゃいませ~」

ヒュ~、いいですねえ! ズドリと奥へ延びた店内は、片方に一枚板のカウンター、その半分にいくつかのテーブル席と奥に小さな小上がりも。落ち着いたウッディ調に、民芸風の灯りがほんのりと店内を照らす。私の、大好きなヤツですよお。

客は他におらず、私はカウンターの一番奥へと酒座を決めた。座って辺りを見渡すだけで満足だが、そうはいきません。酒を、いただきましょう。

KIRINのラガーとASAHIのコップの“他人グラス”がやってきた。瓶を傾けてグラスに麦汁を注ぎ込んでいると、女将さんがそれを止めようとする仕草。うん……? どうしたんだろうか。

「いや、お注ぎしようかと思って……」

なんたる、大失態! 何のために今まで酒のグラスを持ち続けてきたのか……無作法をおわびする。

ごくんっ……ごくんっ……ごくんっ……、タッハああああッウーメオ、モーリオのビーリオがウーメオだ! 普段なら絶対に思わないようなくだらないことも思ってしまう、酒場って最高だ。そんな最高な状態のおつまみをチョーダイしましょうか。

お通しでいただいたのが「切り干し大根」だが……実は、あの独特な臭みがちょっと苦手。とりあえずひと口だけ食べようと、重い箸を口に運ぶと……うまい! あら、なんでしょう、この上品なお味は。太めのダイコンがコリコリと小気味よく、臭みなどなく爽やかに出汁が染みていておいしい。これならおかわりしたいくらいだ。

続いてやってきたのが「刺身三点盛り」だ。上等な鉢植えの様な器に、ビッチリとクラッシュアイス。その上にはカンパチ、ヒラメ、本マグロの強力なラインアップ。

はじめに「うまいぁい!」と叫んだのがカンパチだ。分厚い肉質からモッサリと食い応えのある食感。ヒラメのコリシコといったらない。ジンワリと旨味が滲(にじ)み出る様だ。

本マグロだなんて、こんな贅沢していいのかしら……シュッとした中トロのコクと旨味。この三点に共通しているのが“脂のおいしさ”である。脂のフルコースとでも言おうか、私はただいま幸せであります。

壁に貼り付けられたメニュー札を見て、最初はなんのこっちゃと頼んでみた「田舎つくね」がやってきた。キャベツを土台に寝そべっているそれは、太めの“ひのきの棒”に巻き付けられた感じは、まるで昼間に見た増田町の内蔵にあった柱の色合いのようだが……。

うまい! ニラ、軟骨、ニンジン……カリコリとした食感と甘いタレのマッチングが最高。セブンイレブンのホットスナックコーナーに置いてもらえるように願書を出したいくらいだ。

この夜は雨が降っていたのもあってか、まだ客は他にいない。店的にはよろしくないが……この、おいしい料理と酒を飲(や)りながら酒場を独占している感じが本当に好き。

ここで「山芋鉄火巻」が到着した。単純に鉄火巻が好きなので頼んだのだが、これが大正解だった! 海苔で巻いているのはシャリのようだが、じつはこれ千切り山芋。これにシソで巻いたマグロが巻かれているので、厳密には一般的な鉄火巻きではない——が、ひと口やればパリッとした海苔からシャリじゃないのにシャリシャリとした山芋の食感。ムッチリとしたマグロの質感がすばらしく結合する。

いや、本当においしすぎる。私は日本三大鉄火巻きに認定する。「そんな馬鹿な」というなら一度食べに行ってみなさい。

「今日は予約してながったんだけど……いいかい?」

「いいですよ、いつもありがとうございます」

ついに……といえば失礼だが、ついに他の客がやってきた。いいなあ、この客は今からまたこの酒場を楽しめるのか……いや、“いつも”と言われているのだから、ここの常連客であることが至極うらやましい。

この際、山芋鉄火巻をもう一回頼もうか……うーん、それは野暮か。少なくとも、この美味は忘れることはない。いや、きっといつか「いつもありがとう」と言ってもらえることを夢見よう。

次に訪れる時まで、とりあえずカップ麺の「どん兵衛」の方で我慢……で、モーリオの夜は更けていく。

どん兵衛(どんべえ)

住所: 岩手県盛岡市大通2-4-6
TEL: 019-654-1106
営業時間: 17:00~24:00
定休日: 日
※文章や写真は著者が取材をした当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。

取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)

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